1990年代のバンドブームで必ず名前が上がる1つにLINDBERG(リンドバーグ)がある。アイドルから転向した渡瀬マキをボーカルに、1988年に結成。1990年にドラマ主題歌となった「今すぐKiss Me」の大ヒットでブレイクした。2002年に渡瀬の出産、子育てを機に一度は解散したが、2014年に完全復活。今年はメジャーデビュー35周年になる。現在は二児の母となっている渡瀬にリンドバーグの音楽と子育ての記憶を振り返ってもらった。(前編/全2回)
■「今すぐKiss Me」の大ヒット。リンドバーグの名前に追い付こうと必死だった日々
――アイドルを2年で辞めて、バンドに転向。この当時のことは色々な場所でお話されています。事務所の社長さんも軽いノリだったとか。
そうそう(笑)。松田聖子さんに憧れて念願のアイドルデビューをしたんですけど、どうにも違和感があったんですよね。「なんかしっくり来いへんなぁ」って。あれは聖子さんだからよかったんで、私は違うんだって分かりました(笑)。で、社長に相談したら、「じゃ、バンドにしてライブハウスでやろっか」みたいな感じでした。
――音楽も衣装もガラッと変わって…。
アイドル時代のファンがサーッといなくなりました(笑)。求めているものがもう全く違ったんでしょうね。
――その光景にどんなお気持ちになりましたか? ガッカリしたのか、それとも反骨心が芽生えたのか。
どちらでもなくて、「・・・」みたいな。「あれえ? そうなんや?」って。別にやることが変わっても私は私。音楽のスタイルが変わることが大事件みたいに思っていなかった。けど、みんなにとってはそんなに違うことなんや、みたいな感じでしたね。
――バンドスタイルでの音楽に、ご自身の感触はどうでしたか?
バンド自体はものすごく楽しかったです。初めて音を出して歌ったときは気持ちよさに感動しましたね。バンドが私に合わせてくれるというか、そんな感じが初めてでしたから。だって、鳥羽(三重県。渡瀬の故郷)での練習、上京してのレッスンもカラオケで歌うのしか知らなかったから、新鮮なんてものじゃなかったです。
――ファンが消えたという一方、ブレイクするのも早かったです。2枚目のシングル「今すぐKiss Me」が大ヒットして、一気にリンドバーグの名前が世間に知れ渡りました。
それはもう、周りの世界はガラッと変わりましたね。テレビにもたくさん出させてもらいましたし。でも、相変わらずメンバーはお風呂のないアパートに住んでいたんですよ。
――あの当時で、ですか?
そう。だって「夜のヒットスタジオ」に出るときも、当時フジテレビは曙橋にあって、男子3人はリハーサルと本番の間で商店街の銭湯に行っていたんですよ。渋谷公会堂でライブをするときも、川添くん(川添智久[ベース])、渋谷に来る電車賃がなくて、部屋中探して小銭をかき集めて、やっとのことで150円集めて会場に来たんですよ。でね、今度は帰りの電車賃がないからスタッフに借りてた(笑)。
曲はヒットしても私たちはそんな感じで変わらずだったから、「ドラマの主題歌を歌っているリンドバーグ」っていう存在に追い付くのに必死でしたね。自分たちの状況が周りの状況に全く追い付いていなかった。世間的にはリンドバーグっていうバンド名が知られて、どうやらバンドで4人組らしい。その4人はこういう人たちらしい、みたいな感じで、リンドバーグという名前が私たちのずっと先を走っていたんです。どうにも身の丈が合っていないようなギャップ。それから1年くらいはずっとそんな感覚でいましたね。
――確かに特別大きなプロモーションがないまま主題歌を歌って、いきなりブレイクして出てきたという記憶があります。
だからすごいのは、私たちを主題歌に起用してくれたドラマのプロデューサーなんですよ。それまでアルバムを2枚出していたけど全く売れなくて、全然無名。レコード会社的にも、そろそろリンドバーグはいいんじゃないか、みたいな空気が流れていたんですよね。そんな中で私たちの音楽をたまたま聴いてくださって、私たちの音楽で主題歌を作りたいと思ってくださって、曲の発注が来て。本当、よく私たちを見つけてくださったという思いです。
■ライブ後のアンケートで知った、思いもよらなかったファンの感想
――渡瀬さんたちがリンドバーグの名前に追い付いてきたと感じたのはどの時期ですか?
やっぱり初めて30本以上の全国ツアーに行くようになったときですね。ライブハウスからホールになって、どこの会場も満員になっている光景を目の前にして、そのときにようやく自分たちがリンドバーグの名前に並んだという実感を持てたと思います。
――当時のことで強く印象に残っている出来事というと、なにが挙げられますか?
当時って、客席にアンケート用紙を置いていたんですよね。それに今日の感想とかを書いてもらう。私たち、それを1枚1枚全部読んでいました。まだ携帯電話もない時代だから、みんなびっしり書いてくれてね。で、打ち上げ会場でご飯を食べながら読むんですけど、年齢を見ると中学生、高校生の子たちがたくさんいたんですよ。
自分たちではターゲットをティーンエイジャーにしているつもりはなくて、その子たちを元気づけたり、勇気づけたりみたいなことって、1ミリも考えたことがなかったんですよね。なのに、「マキちゃんの声を聴くと元気になる」「この曲を聴きながら受験を頑張った」とか、そういうことがたくさん書いてあったのにびっくりで。「ええ! そうなんや!?」みたいな。自分より少し年下の、そういう時期の子たちにそんな影響を与えているなんてそれまで全く知らなかったから、全員すごく驚いたのをよく覚えています。
それがその後のリンドバーグのテーマにもなって、歌詞を書くにしても曲を書くにしても、「前向き。」ということがバンドのコンセプト、カラーになっていきました。聴いてくれる人の気持ちを知るってとても大切で、そのときのツアーはリンドバーグにとって本当に大きな収穫をくれたものでした。それからアンケートを読むのは毎回の楽しみになっていましたね。
■苦しかった機能性発声障害を乗り越えて。今、作詞するならそのときの体験を
――「今すぐKiss Me」もですが、初期は提供曲。そのあと渡瀬さんの作詞曲に移っていったのは、そういうファンたちに向けて、リンドバーグのカラーを自分で発信したいと思ったからですか?
それはそうなんですけど、作詞自体はアイドル時代からずっとしていたんですよ。でも、全く採用されなかったというのが現実です。プロの作詞家が書くものはやはりすごく洗練されていたし、すごくキャッチーだし。私はそういう手法をなにも知らずにノートに気持ちを書くだけでしたから。なるほどね、と。だけど、達也(平川達也[ギター])にそのノートを見せて、彼がメロディーを付けてくれた初めての曲「MINE」が1stアルバムに収録されて、その後も1曲、2曲しかない私の歌詞をすごく良いと言ってくださるファンがいてくれたから、ものすごく燃えていましたね。書きたいこともいっぱいあったし、伝えたいこともたくさんあったから。
――そういう渡瀬さんの歌詞だからか、リンドバーグには身近なバンドという印象を受けます。テーマはどう見つけて書かれているのですか?
色々な書き方があるので一概には言えませんけど、当時すごく意識していたことで言うなら、たとえどんなに悲しい歌詞であっても、最後には絶対救ってあげる。それはプロデューサーからもつねに言われていましたね。「これで終わるんではなくて、最後は救おうよ」って。だから聴いてくれる人が必ず立ち上がれるように、前向きな歌詞、救ってあげる曲。そこに当てはまる、そのときそのときの想いがテーマなんだと思います。
――今だとどんなことに対しての想いが強いですか?
もし今新しい曲を書くなら、どんなことを書くやろうなって。私、いつもそういう風に考えるんですよね。1つ思うのは、数年前に発症した機能性発声障害のこと。あのときせっかく復活したリンドバーグを休止して、本当に身も心もボロボロになってしまって。そこからようやくここまで元気になりました。だから、今書くならやっぱりこのときのことを書くやろうなあ…。生きているとそこら中に石ころが転がっていて、誰もが絶対つまずくときがあると思う。そんなとき、時間はかかっても絶対に立ち上がれるんだって伝えたい。だって、私自身がそうだったから。
■35周年ツアーは胸アツなセットリストを予告。あの曲は何位に入る?
――今年でメジャーデビュー35周年。長く愛されるバンドになりましたが、これからのリンドバーグの音楽で伝えたいことはどんなことでしょう?
歳は重ねましたけど、相変わらず私たちのテーマは「前向き。」で、これはこれからも根底にあり続ける言葉です。最近もファンレターをいただきますが、昔からのファンの子がお母さん、お父さんになっているんですよね。その人たちの声を聞いていると、リンドバーグの音楽がいつもそばにいて、いつも支えてくれていたって。そういう存在になれていたことが分かるんです。
音楽という形で人の人生に関われたって、すごく素晴らしいこと。だから、これからもそういう存在であり続けたい。ファンの人たちと一緒にリンドバーグの音楽を育て続けないとっていう思いが強くありますね。
――リンドバーグは仲違いのような話もありませんね。
全然ないです。むしろ今、一番結束力がありますよ。なんていうのか、私たちももう人生折り返していて、明日どうなるか分からない。もしかしたら今日のライブが最後かもしれへんって。最近は悲しいニュースも多いから、特にそんな気持ちが強いです。若いときにこんな気持ち、湧きませんでした。昔のファンで今は聴かなくなったという人も、またライブに来てほしいです。今のリンドバーグは本当にすごいステージを見せられるから。
――4月19日から35周年ツアーが始まります。今回はどんなセットリストで迎えようと考えていますか?
今回は「私の背中を押してくれた曲」というテーマでリクエストを受け付けて、その順番でセットリストを考えています。もうすぐ集計が終わるので(取材時)、どんな曲が出てくるか楽しみです。下から順番にやっていくつもりなので、さあ、1位の曲はなんでしょう? 絶対胸アツなセットリストになりますよ。
――ちなみに渡瀬さんが一番好きな曲というと?
この質問は本当に答えられないんですよ。だって、どれも自分の大切な子どもたちだから。
――ライブで歌っていて気持ちがいい曲というのではどうですか? ファンの方でもライブだから聴きたい曲があります。
それでも難しいなあ。けど、気持ちがすごく入るのは「GANBAらなくちゃね」「Over The Top」とか。けっこう熱くなって歌っていますね。
――どちらも人気曲なので、それもセットリストに入ってきそうですね。
いやいや、分からないですよ。以前ファンの人からのリクエストライブをやったときに、「今すぐKiss Me」が入ってこなかったから。そのときMCで言ったんですよ。みんなのリクエストでセットリストを作ったけど、帰りの道で「あれ? 今日あの曲なかったな」っていうのが絶対あるからねって。多分、「今すぐKiss Me」は絶対入るから、自分は違う曲にしておこうって。そうしたらなかったっていうね。そんなことがあるかもしれませんね、また(笑)。
取材・文:鈴木康道
渡瀬マキ「絶対立ち上がれると伝えたい」苦しかった発声障害の事、勇気を与え続けるリンドバーグの35年
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