「とじたりし上のうすらひとけながら さは絶えねとや山の下水」

(水面に張り詰めていた氷がやっと解けましたのに、それでは山の水の流れも絶えてしまえというおつもりなのでしょうか。やっとあなたと打ち解けた仲になったばかりなのに。縁を絶とうというのですか)と。

これまでの強気な態度から一転。式部は弱気にも見えるような、退く体勢に入ります。宣孝の強硬な態度に、さすがにビビったのでしょう。

この式部の歌に対する宣孝の返歌も「こち風にとくるばかりをそこ見ゆる石間の水は絶えば絶えなむ」

(打ち解けたなんて言っても、どうせ見せかけだけ。情の薄いことは見え透けているから、絶えるのなら絶えても惜しくはない)というもの。

宣孝、かなり攻めてきます。とは言え、式部も負けてはいません。

「言ひ絶えばさこそは絶えめ何かそのみはらの池をつつみしもせむ」

(お言葉のように、罵り合って2人の仲を絶ってしまうおつもりなら、それもいいでしょう。腹が立っていらっしゃるのを、怖がってはいません)と返すのです。

宣孝が突如折れて降参する

これでとうとう2人の仲も決裂かと思いきや、その夜に、宣孝から次のような歌が送られてきます。

「たけからぬ人数なみはわきかへり三原の池に立てどかひなし」

(たいしたこともできない人間である私は、腹の中は波立つように沸き返りますが、腹を立ててみても、仕方がないこと)と突如、宣孝は折れたのです。

宣孝の「降参」によって、この夫婦ゲンカは収束を見せたのでした。

それにしても、紫式部もなかなかの気の強さであります。そして、宣孝が強気に出てきたところで、いったん引いてみせるというのも、才女というべきでしょうか。

(主要参考・引用文献一覧)
・清水好子『紫式部』(岩波書店、1973)
・今井源衛『紫式部』(吉川弘文館、1985)
・朧谷寿『藤原道長』(ミネルヴァ書房、2007)
・紫式部著、山本淳子翻訳『紫式部日記』(角川学芸出版、2010)
・倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社、2023)

著者:濱田 浩一郎