日米開戦を告げる瞬間に立ち会った人物。

真珠湾攻撃を経験した元アメリカ軍人は残り19人に

 AP通信は2024年4月2日、真珠湾攻撃で沈没した戦艦「アリゾナ」の最後の乗組員だったルー・コンターさんが、米カリフォルニア州グラスバレーの自宅で死去したと報じました。102歳でした。

 コンターさんは、日本時間1941年12月8日未明に発生した旧日本軍による真珠湾攻撃で、爆撃が弾薬庫に直撃し、爆発を起こし沈んだ戦艦「アリゾナ」で生き残った乗組員のひとりでした。日本海軍機が戦艦を攻撃した際、コンターさんは操舵室に立っていたそうです。

 真珠湾攻撃を生き延びたコンターさんは、その後、PBY「カタリナ」を黒く塗った夜間哨戒専門の特殊部隊である「ブラックキャット」のパイロットとして、日本海軍の潜水艦監視に当たりました。

 1943年9月にはニューギニア沖で撃墜されるも、サメを撃退しつつ、安全な場所まで泳いだという逸話をもつ人物でもありました。第二次世界大戦後は朝鮮戦争にも参加し1967年に退役。最終階級は中佐でした。

 AP通信によると、コンターさんが亡くなったことにより、真珠湾攻撃を経験したアメリカ軍人で存命している人は合計19人になったとのことです。