地下鉄が走る日本の都市といえば、いずれも人口100万人以上の大都市ですが、それ以外で計画が浮上したことはあったのでしょうか。本命だったミニ地下鉄を中心に、地方での構想の経緯を振り返ります。

100万都市の広島には地下鉄がない

 地下鉄といえば大都市の交通機関です。実際、日本で地下鉄が走る都市は、三大都市圏の東京、横浜、大阪、神戸、京都、名古屋に加えて札幌、福岡、仙台といずれも人口100万人以上の大都市です。

 ではそれ以外の都市に地下鉄計画はなかったのでしょうか。有名なところでは、同じく100万人都市の広島です。広島は1970年代以降、本格的に地下鉄が検討されましたが、地盤が悪く工費がかさむことから採算が合わず、広島電鉄の再生に舵を切ります。

 その後、新交通システムである広島高速交通「アストラムライン」の本通〜新白鳥間1.9kmが地下鉄補助対象路線として建設されますが、いわゆる地下鉄は存在しない都市とされています。

 広島の例から分かるように、地下鉄最大のネックが工費です。大部分がオイルショック前に建設された東京メトロ千代田線の建設費は1kmあたり70億円でしたが、その後の有楽町線は189億円、バブル期に建設した南北線は279億円まで膨らんでいます。

 国と自治体から補助金が交付されるとはいえ、これだけの建設費を回収するためには相応の需要が必要であり、必然的に大都市でなければ地下鉄を建設することができなかったのです。

 しかし、この悩みは地方の中都市も無縁ではありません。大通りを走る主要路線はともかく、バイパス的な路線は十分な需要が見込めず、事業として成立しません。そこで抜本的なコスト削減を目指して検討されたのが「ミニ地下鉄」です。

 建設費の半分以上を占めるのが土木費です。銀座線、丸ノ内線など初期の地下鉄がパンタグラフではなく第三軌条を用いていたのも、トンネルの断面積を減らし、建設費を削減する目的でした。同様に車両を小型化してトンネルも縮小し、建設費を3〜4割程度安くしようという発想から生まれたのがミニ地下鉄です。

 結論から言えば、ミニ地下鉄はリニアモーターと合体し、大阪メトロ長堀鶴見緑地線、都営地下鉄大江戸線などとして実現しますが、構想が浮上した1980年頃は中規模都市への導入が期待されていました。

 たとえば1980(昭和55)年の経済誌『事業往来』は、日本地下鉄協会が「人口五十万人程度の都市を想定」し、自家用車やバスなど「車の大洪水」で渋滞が悪化する中都市の大量輸送を確保するため「車両定員は現在のものより半分程度で編成も3、4両」のミニ地下鉄を構想していると伝えています。

 記事には具体的に「長崎市、熊本市、金沢市、広島市など、真剣に地下鉄導入を考えている」と記されており、これら地方都市への導入を目指していたことがうかがえます。また他の記事では新潟市、岡山市、北九州市の名前も挙がっています。

 特に金沢市は、1979(昭和54)年に金沢に赴任した国鉄施設局長の伊能忠敏氏が、金沢駅西部地域から金沢駅の下を抜け、武蔵ヶ辻、香林坊、片町の繁華街を通り、犀川をくぐって野町に至るミニ地下鉄を構想し、NHK金沢放送局の対談で地元財界人に披露したことで動き出します。

しかし「ミニ地下鉄」もネックとなったのは…

 1988(昭和63)年の地下鉄協会会報誌『Subway』は、伊能氏が司会を務める「21世紀金沢都市圏の交通について」と題したセミナーで、運輸省や金沢経済同友会の担当者や学識経験者が北陸新幹線と同時の開業を念頭に課題を共有する様子を伝えています。

 ミニ地下鉄実現のカギを握ったのがリニアモーターでした。電磁石とリアクションプレートを反応させ鉄輪で走行するリニアは、モーターで走行しないので急勾配、急曲線に対応可能で、車体を低くできるためトンネル断面をさらに縮小できるというミニ地下鉄とよくマッチする技術でした。

 当時、次世代の交通システムとして、現在のゆりかもめのような「新交通システム」が注目されていましたが、これは鉄輪ではなくゴムタイヤで走るため、一定以上の客を乗せられず、摩擦が大きいためエネルギー効率でも劣ります。「リニアメトロ」は地下鉄が生き残るための切り札だったのです。

 興味深いのは、同じくゴムタイヤで走行するモノレールの動きです。日本モノレール協会は1980年代、新交通システムの攻勢に対抗すべく高架を走る鉄輪式リニアモーター「リムトレイン」を提唱し、新交通システムの伸長に対抗しました。

 しかし、リニアメトロは前述の大阪、東京のほか、神戸、福岡、横浜、仙台の導入にとどまり、中規模地方都市には波及しませんでした。

 建設費は一般的な地下鉄の1kmあたり300億円より安いとはいえ、神戸市営地下鉄海岸線が約2400億円(1kmあたり約300億円)、福岡市地下鉄七隈線(橋本〜天神南間)は約2800億円(同約233億円)、仙台市地下鉄東西線は約2300億円(同約159億円)を要しました。

 都市によって建設費と営業成績に差はありますが、海岸線に至っては開業20年で一度も黒字化せず、累積赤字が1000億円を超える有様で、地方都市が受け入れ可能なシステムとはなりませんでした。

 これはモノレールや新交通システムについても同様で、当初は道路上空を活用できる安価な交通機関として期待されたものの、支柱設置に道路拡幅が必要など、想定以上の費用を要することが分かり、地方での採用例は僅かです。

 一方で、沖縄都市モノレール「ゆいレール」(那覇空港〜首里間)13.1kmは総事業費約1100億円(1kmあたり約84億円)、国内初の新設LRTである宇都宮ライトレール(ライトライン)14.6kmは約680億円(同約47億円)に収まっており、どちらも事業として成立しています。

 地方の交通機関は、地下鉄など特定の輸送モードありきではなく、需要や地勢に合わせた適材適所の選択が重要ということが分かります。