「本当に反省しているのですか」
検察官の声が法廷に響いた。
山形地方裁判所。緑色のジャケットを着て入廷した男は、椅子の背もたれに体をあずけ、その声を聞いていた。小柄でやせ型の白髪まじりの男。75歳の男は何を思ったのだろうか。
被害者の女性は23歳。年の差は50歳以上だった。
山形県村山市に住む無職の75歳の男は、入院中に自分のリハビリを担当していた理学療法士に対しわいせつな行為をしたとして、不同意わいせつの罪に問われている。
きょうの初公判で男は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
起訴状などによると75歳の被告の男は、去年9月、入院していた県内の病院で自らのリハビリを担当していた当時23歳の理学療法士の女性の下半身や胸などを触ったとされている。
「性的欲求がたまっていた」
冒頭陳述で検察側は犯行動機について「病室で性欲が解消できず、性的欲求がたまっていた」と指摘した。
また、被告が病室のベッドでカーテンを閉め切って2人しかいない空間を作ったことなどをあげて「自分の欲を優先して被害者の気持ちを考えず、酌量の余地がない」とした。
23歳の女性は理学療法士を志し、夢を実現させたが、この男の行為でわずか半年で適応障害と診断され現在休職しているという。
75歳の男は検察官に質問されると「申し訳ない」と口にしたが、証言台の椅子の背もたれに体をあずけ答えない場面も。
「本当に反省しているのですか」
検察が強い口調で言ったのはその時だった。
結局、検察側は75歳の男に対し懲役1年6か月を求刑した。
一方で弁護側は、男が示談金100万円を支払っていることや、家族の協力で再犯の恐れがないことをあげて情状酌量を求めた。
判決は今月26日に山形地裁で言い渡されるが、75歳の男は何を思うのだろうか。
また、取材を進めると、こうした被害は特別なケースではないことが分かってきた。
「許せんな」そんなコメントがあふれた。
4月9日、山形県の山形地裁で行われた裁判に全国の注目が集まった。75歳の男が、入院中にリハビリを担当していた23歳の理学療法士の女性にわいせつな行為をしたとされるものだ。
この記事をネット上に掲載したところ、様々な反響があった。
中でも特に注目したいのが、現役の医療関係者などがアップしたと思われるコメントだった。
「以前看護師の方が、患者さんからセクハラを受ける度に心がしんでいくって話していた」
「みんながいるホールでセクハラがあり、上司もその場にいるのに利用者に注意できず、私たちが我慢しています」
「その人をよくしようと一生懸命にやっていたはずなのに。そんな奴ばっかじゃないと言いたいが」
セクハラやわいせつ事案は、入院患者や施設利用者が被害に遭うケースが時たま報道されるが、実は逆も多いのではないか。
そこで県内の関係者に取材を試みたところ、話だけならという条件でいくつかの声が聞けた。
「触られるのは珍しくないです。それはいやですよ。でも笑顔で仕事をしています」
そう話をするのは医療機関で働く30代の看護師(女性)。
第三者の目がある状況を作る、気をつける患者の情報を共有するなどの対策をとっている。ひどい場合は注意をすることもあるが、言える人ばかりではない。
上司の対応について聞くと「話は聞いてくれるがそれだけの時が多い」と口にした。
「どうしても距離が近いので。仕方ないと思っています」
こちらは歯科医院で働く20代の歯科衛生士(女性)。
「口の中をのぞくと、体が患者さんの顔に近くなる。おかしな雰囲気を感じることもあります」
また、わざとかはわからないが指をなめられたこともあるそうだ。今まで明確なセクハラには遭っていないが「注意したい」と話した。
さらに、別のところからはこんな話も聞こえてきた。
「困っているのは女性だけではないですよ」
そう教えてくれたのは、県内の高齢者福祉施設に関わる男性。「女性はもちろん男性職員が触られるということも日常的にあります」
さらにこう続けた。「いい関係がいい介護につながると考えてしまう。だから言えない。まじめな人ほどがまんする気がする」
医療関係者や福祉関係者の中にもセクハラに悩む人たちがいる。
75歳の男の不同意わいせつ裁判。被害を受けた23歳の理学療法士の女性は、夢をかなえて職場で働き始めたばかりだったが、たった半年で適応障害と診断され休職している。
がんばろうと思った矢先だったからこそ、心の逃げ場がなかったのかもしれない。
では、こうした医療関係者を守る仕組みはあるのだろうか。関係機関に直撃した。さほど長くないので、ぜひ読んで、考えてみてほしい。
山形県の山形地方裁判所で行われているひとつの裁判。
入院していた75歳の男が、リハビリを担当していた23歳の女性理学療法士にわいせつな行為をしたとして波紋を呼んでいる。
裁判では検察官が「反省しているのか」と男をたしなめる場面も。
今回の裁判とは別の問題だが、これまでの取材で県内の医療関係者などが「さわられる」や「なめられる」などの被害を受けたとの話が聞けた。
こうした状況に、関係機関はどう対処しているのだろうか。
山形県病院事業局に聞いた。裁判で被害者とされる女性がどの医療機関かは明かされていないが、医療関係者の置かれている環境を知るものさしにはなる。
関係者がセクハラ被害にあった場合、どう対処しているのか聞くと「相談窓口があります」と答えた。県病院事業局は、2003年に相談窓口を設置し相談を受け付けているという。
では、これまで相談は何件あったのか。「ゼロです」と担当者。相談はないが、ハラスメントに関するチラシやパンフレットを配り、相談しやすい環境づくりをしているのだそうだ。
ならば、県内で、医療現場での不同意わいせつ裁判が起きていることを知っているのだろうか。聞いてみると「そうなんですか」と知らない様子だった。
続いては山形県医師会。約1700人の医師が会員の組織だ。県医師会にもセクハラ被害があった場合の対処を聞いた。
すると県医師会は「医師・弁護士・警察がメンバーの安全確保対策委員会があります」と教えてくれた。医療関係者が被害を受けた場合に備え、去年立ち上げたらしい。しかしこれまでセクハラなどの報告はない。
ちなみに、委員会の対象となる医療関係者に理学療法士は含まれるかを聞くと「含まれると思います」とのこと。
では裁判のことを知っているかを尋ねると「把握していません」とのことだった。
県、県医師会ともに相談窓口や対策委員会などの仕組みは存在した。しかし現場の状況が把握できているのか、という点では疑問が残った。
県の担当者は「把握すれば対応します」としたが「把握できていないものは対処のしようが・・・」とポツリ。
理解しないではないが、23歳の女性理学療法士が被害にあった不同意わいせつ裁判は確かに進行中だ。裁判になっていながら把握できていない現状を、関係機関は考えなくてはならないのではないか。
75歳の男による不同意わいせつの裁判は、今月26日に山形地裁で判決が言い渡される。
(追記 判決)
4月26日に出た判決を取材した。やり取りを詳しくお伝えする。【判決詳細】裁判官が被告へ“異例”の言葉「性的欲求がたまっていた」75歳男が23歳女性にした許せない行為 不同意わいせつ裁判の判決内容(山形)