実に16万人が生で視聴したという「オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム」。ラジオ番組のイベントが、なぜここまで盛況になったのか。イベント成功へのアプローチ、等身大の自分を見せる潔さ、同級生やショーパブ芸人、ハガキ職人をフィーチャーする傾向など、番組が持つ魅力について考える。(ライター・鈴木旭)

リスナーが主役のイベント

「5万3千だからね、パンパンに入ってね。(中略)それをさ、3時間半、4時間近くね、沸きに沸かせたわけだから。それは並大抵じゃできないからね、あれは本当歴史に残る」

4月6日放送の『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)内では、いまだに春日がこう口にしている。すでに東京ドームライブから2カ月近く経過していることを考えると、当人たちにとっても非常に大きな出来事だったのだろう。

筆者もイベントを楽しみにしていた1人だ。一次、二次、三次とことごとく先行チケットの抽選で外れてしまい、泣く泣くライブビューイングでの観劇となった。蓋を開ければ追加席も含め会場に5万3千人、ライブビューイング、オンライン配信を合わせて16万人が生で視聴したという。

なぜここまでの一大イベントになったのか。まず挙げられるのが「番組リスナーが主役」というコンセプトへの共鳴だろう。例えば昨年3月にYouTubeチャンネル「オードリー若林の東京ドームへの道」を開設し、同年4月からイベントにまつわる動画の投稿をスタートさせている。

春日に東京ドームライブを発表するドッキリを皮切りに、若林が自転車を購入し体力作りする模様、リトルトゥース(番組リスナーの呼称)Tシャツのロゴ作り、番組の構成作家やディレクターらスタッフとの対談、担当マネージャーがベンチプレスに挑戦する動画など、YouTubeがラジオ番組の特色を伝えると同時に、新たなエピソードを生むコンテンツにもなっていた。この意味は大きいだろう。

一方で、番組本編では全国のライブビューイングの空席状況を伝え、具体的にどの劇場が埋まっていないかをアナウンスした。こうした「リスナーと一緒にイベントを作る」というアプローチが、古くからの番組ファンだけでなく初心者もイベントに参加しやすい状況を作ったのではないか。

イベント冒頭でスクリーン上に流れたアニメーション「ウェルカルムービー おともだち」(星野源が主題歌を担当)が象徴的だ。番組を聴きながら成長し大人になって東京ドームライブへと出向く親友2人のストーリーは、オードリーの2人にもリスナーにも重なる素晴らしい出来栄えだった。

等身大のパーソナリティー

オードリーのラジオと言えば、何よりも等身大のスタンスが特徴だ。長時間のトークによって必然的に素が出やすいメディアではあるものの、年齢や経験を重ねて変化していく部分まで露呈する番組は珍しい。

とくに番組スタート当初の若林は、感情の起伏をさらけ出すトークが記憶に残っている。『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の企画「じゃない方芸人」や「人見知り芸人」、『潜在異色』(日本テレビ)での南海キャンディーズ・山里亮太とのユニット「たりないふたり」のようにコンプレックスを笑いに変えるスタンスがラジオでも反映されていた。

しかし、ある時期から肩肘を張らない方向へと変化したように思う。業界でのキャリア、信用するスタッフを得られた余裕もあるのか、自然体でトークする印象が以前より強くなった。すっかり中年芸人になったこともネタの一つだ。春日はBS番組ばかり視聴する“BS男”と化し、若林は遠近両用コンタクトを購入しようとメガネ店に出向き年配者の眼科医に怒られたエピソードで笑わせる。

ハナから若者におもねる気などないのだろう。同世代の筆者としては、その潔さが痛快だ。そんな中年の彼らが東京ドームライブのオープニング映像として使用したのは、1990年前後に公開されたアメリカの野球映画のパロディーだった。

若林はケビン・コスナー主演の『フィールド・オブ・ドリームス』。人生の分岐点となる中年男性が、「それを作れば、彼がやってくる」という不思議な声を聞き、とうもろこし畑に野球場を作り始め自分自身を再発見するストーリーだ。若林はとうもろこし畑で不思議な声を聞いて困惑する主人公を演じた。まさに5年前の武道館ライブで燃え尽き症候群となっていた若林が一大イベントに挑む姿と重なる。

春日は『メジャーリーグ』。長年低迷していた弱小球団が、あることをきっかけにチームの結束力が高まり連戦連勝の快進撃を続ける物語だ。春日はメガネをかけてコントロールの悪さを克服する剛球投手(チャーリー・シーン)を好演。番組スタッフが有名なベンチシーンのパロディーを演じたのも印象深い。いかにもアメリカの豪快さを感じさせるコメディーは、春日のキャラクターにぴったりだった。

ノンスタ石田がぽつりと「スターやな」

そのほか、若林がスーパーボウルのハーフタイムショー出演時のエミネムを彷彿とさせるポーズで登場し、颯爽と自転車で東京ドームのアリーナ席を一周。ターンテーブルでのDJプレイ、星野源とのコラボでも会場を沸かせた。

一方の春日は、愛車のゲレンデをロープで引っ張り、車庫入れする企画に挑戦。この途中、若林が次々と車体にボールをぶつける演出は、1991年の『27時間テレビ』(フジテレビ系)でビートたけしが明石家さんまの愛車・レンジローバーを勝手に運転して車体をボコボコにしてしまった名場面を彷彿とさせた。その後も、フワちゃんとのプロレス対決で“邪道”大仁田厚のオマージュで登場するなど世代を感じさせる企画が目立った。

そして、最後はステージ上にセンターマイクがせり上がり、30分以上の漫才を披露。ネタライブを頻繁に行うコンビではないが、それでもネタ番組やイベントなど、ここぞいう場面で新ネタの漫才を披露してきた。やはり、彼らのベースは漫才コンビなのだ。

会場の関係者席には、アルコ&ピース・平子祐希、千鳥・ノブ、南海キャンディーズ・山里、パンサー・向井慧、マヂカルラブリー・村上ら同業者が固まって観ていたようだが、イベント終了後は誰も言葉を発しなかったらしい。

2月27日深夜に放送された『アルコ&ピース D.C.GARAGE』(TBSラジオ)の中で、平子は「何となぁ〜く(筆者注:グッズの)ユニフォーム脱いで、畳んで、みんなカバンにしまって。『はぁ〜……』って言ってる中、ノンスタの石田(明)がぽつりと『スターやな』って(笑)」とその時の模様を振り返っている。

あまりに身近な世界観が醍醐味

イベントの規模で見れば、たしかにスターとしか思えない。とはいえ、その核はトークパートにある。会場の真ん中、円形ステージにせり上がったラジオブース。そこで、2人はいつものように気負いのないエピソードを語り始めた。

若林がイベントに向けた体力作りの一環で、昨年から都内を自転車で走っていたものの、「行きたい場所がない」との理由から「Uber EATSの配達員をしている」と告白。王将のチャーハンセットのデビューを皮切りに、「54件くらい行ってる」と語って観客を驚かせた。途中、Uber EATS歴が長い後輩芸人・ビックスモールンのチロから配達の指導を受け、ようやくチップをもらって歓喜した話を差し込むあたりが実に若林らしい。

一方の春日は、番組内で話題に上がった荻窪の町中華「長楽」のポークライスにまつわるエピソードを披露。高校時代に若林と通った店だが、現在はすでに閉店。春日が店主の息子に連絡をとって当時の味を再現すべく試行錯誤を繰り返したという。そして完成した春日作のポークライスがステージに運ばれ、若林が一口頬張ると「スカそうと思ったけど、泣きそう」とニヤリ。その何とも言えない笑みが妙に印象に残っている。

まさにこの、あまりに身近な世界観がオードリーのラジオの醍醐味だ。例えばオードリーの中学・高校時代の同級生・谷口大輔氏。早くから番組に出演し、奔放な発言でリスナーからも慕われる存在となった。ちなみに現在、彼の勤務先「MIC株式会社」は番組のスポンサーとなっている。

若手時代のオードリーが切磋琢磨したショーパブ「そっくり館キサラ」にゆかりの深い芸人もたびたび番組に登場する。そのうち、ビトタケシ、TAIGA、ダブルネームのジョー、ニッチローは、東京ドームライブにも出演。コアなリスナーからは「なぜバーモント秀樹(西城秀樹のものまねで知られる芸人)は出なかったのか」との声まで上がっていた。

忘れてはならないのが、今年1月に公開され話題となった映画『笑いのカイブツ』(ショウゲート=アニモプロデュース)の原作者・ツチヤタカユキだ。彼は番組常連のハガキ職人だった。若林が放送作家になるよう勧めたことで交流が始まり関西から上京。人間関係が不得意なツチヤのエピソードを若林がよくラジオで語っていたものだ。ツチヤは、その後関西に戻り吉本新喜劇の作・演出(昨年3月に卒業)を務め、新作落語の創作に励むなど精力的に活動している。

決して正統派とは言えないバックボーンを武器に変え、そこに共鳴する者が加わって新たな展開を生んでいく。面白ければ、著名人であろうが一般人であろうが関係ない。少し手を伸ばせば触れられそうな距離感、空気感が、オードリーのラジオからは感じられる。その温かみのあるオリジナリティーこそが、番組の最大の魅力ではないだろうか。