2024年のNHK大河ドラマは「光る君へ」。千年以上読み継がれてきた平安時代の長編物語『源氏物語』の作者・紫式部(生没年不詳)が主人公です。その『源氏物語』を猛批判したのが、江戸時代前期の儒学者で軍学者でもある山鹿素行(やまが・そこう、1622〜1685)でした。素行は少年期に、林羅山(徳川家康から4代・家綱までの将軍に仕えた儒学者)から儒教を学び、更には小幡景憲と北条氏長に甲州流軍学を学んだ俊英です。

 『聖教要録』『治教要録』『武教要録』『兵法或問』などの著作も多く残しています。素行が書いた『中朝事実』は、あの乃木希典将軍の愛読書となりました。

 諸大名も素行の才能に惚れ込み、仕官しないかとの誘いも多くありました。播磨国赤穂藩初代藩主の浅野長直も高禄で素行を招こうとした1人です。寛文6年(1666)、素行が著した『聖教要録』が朱子学を批判しているということで、素行は赤穂藩に配流となっています。

 そんな素行が非難したのが、前述のように『源氏物語』だったのです。とは言え素行は、20歳の頃までに広田担斎から『源氏物語』の秘伝を伝えて貰っていますし、若い頃には『源氏物語』や『枕草子』(平安時代中期の女性・清少納言の随筆)の注釈書を作成したいという志を持っていました(素行の自叙伝『配所残筆』)。それがいつの頃からか変化して『源氏物語』を批判するに至ったのです。

 素行の講義録『山鹿語類』には『源氏物語』や『伊勢物語』は「どれもこれも男女が情を通わせる色好みの道」を中心とするものであり、人間関係において守らなければならない則(道理や道徳)を見失わされるものだとあります。君臣・父子・夫婦関係を乱す内容だと批判しているのです。

 また、遊宴や贅沢な話が多く、それも良くないと素行は書いています。特に家庭において女子に『源氏物語』を読ませることの危険性について素行は懸念しています。子供の頃から色好みや妬みの情を知り、その情のおもむくままに走る過ちを犯してしまうというのです。つまり「女子の風俗」を誤らせるのではないかということです。紫式部がもし素行の批判を知ったらどのように応えるのか、気になるところではあります。

(歴史学者・濱田 浩一郎)