物足りなかった2年間の投球内容



早大・伊藤樹は今春から早大のエース番号11を着ける[写真=矢野寿明]

【4月29日】東京六大学リーグ戦(神宮)
早大5−0明大
(延長11回、早大2勝1敗)

 早大・小宮山悟監督が3年生右腕にエース番号「11」を託した理由。その答えを、神宮のマウンドで、自らの投球で示した。

 151キロ右腕・伊藤樹(3年・仙台育英高)は2022年2月に早大の練習に合流した当初から、NPB通算117勝の小宮山監督から「ボールが違う」と、素質が高く評価されていた。高校時代からドラフト候補だった伊藤は元プロの指導を受け、4年後のドラフト1位を目指すため、早大の門をたたいた背景がある。

 1年春からリリーフで登板機会を重ね、リーグ戦初勝利を挙げた2年秋には先発の一角として、チーム最多4勝を挙げている。防御率1.99で初めて規定投球回に到達した。しかし、Vへ導いてこそ「エース」と呼ばれる。

 勝ち点を取ったほうが優勝という昨秋の早慶戦では、救援、先発、救援の3連投も、リーグ制覇に届かなかった。小宮山監督は期待するからこそ、要求も高い。2年夏の新潟・南魚沼キャンプでは「この夏が勝負だ!」と自身の経験談を伝えた。「2年秋に防御率1位、3年から土曜日の先発を任され、4年秋まで務め、ドラフト1位で指名された」。小宮山監督としては、伊藤樹の潜在能力からすれば、この2年間の投球内容は物足りなかった。

 さらなる奮起を促すために、指揮官は重い腰を上げた。3年生にして背番号「11」を伊藤樹に託したのである。本来、「11」は複数シーズンの活躍で、チームからの信頼を得て任される特別な番号。小宮山監督は明かす。

「行き着くのは、(1960年秋の)早慶6連戦なんですよ。安藤(元博)さんの踏ん張り(6試合中5試合で先発完投。早大が2勝1敗で勝ち点を挙げて、慶大と同率首位。優勝決定戦2試合引き分けの後、早大が逆転優勝)。安藤さんを目指して頑張れ!! と。樹にはどこか、甘いところがある。2年秋までの背番号16をそのまま着けさせるよりも、ピリッとしてもらいたいという判断です。皆から認められた11ではない。ちゃんとしろよ!! というメッセージが込められている」

続投志願で11回完封勝利


 この春、早大は開幕カードの立大戦を2勝1敗で勝ち点を挙げた。伊藤樹は1、3回戦で先発し、ともに7回1失点。チームは勝利も、ゲームの流れにおける巡り合わせもあり、勝ち星に恵まれなかった。明大1回戦は先発で7回4失点で降板。終盤にチームが逆転して、早大が先勝した。早大は2回戦を落とし、中1日で3回戦の先発マウンドに上がった。

 ついに“ベール”を脱いだ。伊藤樹は明大打線を圧倒。9回を4安打に抑え、長打は許さず、無失点に抑えていた。

「(ここまで先発した3試合でチームは3勝も)勝ちが付いておらず、ストレスもたまっているだろう、と。(明大3回戦は)130球までは代えるつもりはなかった。ただ、(アクシデントもあるので)学生コーチには『怠るな』と準備はさせておいた」(小宮山監督)

 0対0。9回で決着がつかず延長へ。伊藤樹は10回で133球を投げた。打席が回ってくる11回表、小宮山監督は代打を告げるつもりだった。確認すると「私は認めないが、本人が『行く』と言うので……」。続投志願で、この回、早大は一挙5得点のビッグイニングとした。伊藤樹は11回裏も無失点で切り抜け、リーグ戦初完封で勝ち点奪取へと導いた。

 あくまでも、本人の自覚を尊重した小宮山監督は「樹の踏ん張り、勝ちたいという気持ちが、守り、攻撃につながった。今まではフラフラしていたが、(本来は)今日ぐらいのピッチングができる。昨年までは下級生で、先輩の後ろをついていけばいいという状況から、今年は上級生。そこの差は、大きい。3月の沖縄キャンプでも目の色を変えて取り組んでいた。『11』がそうさせる」と明かした。


早大・伊藤樹[左]は試合後、11回表に2点適時二塁打を放った副将・吉納[右]と笑顔でポーズを取った[写真=矢野寿明]

 伊藤樹は達成感、充実感に浸った。

「完封は初めてで、こういう試合で勝てたことに価値がある。この試合に勝つためにやってきたようなものなので……。3戦目で取れたのは大きい。取り組んできた成果が出ました。昨年までは(背番号11を着けた)加藤さん(孝太郎、JFE東日本)の姿を見てきて、自分の投球でチームを勝たせられる存在になりたいと思っていました。背番号はもちろんですが、自覚がついてきたのもある」

 小宮山監督は石井連蔵元監督の下で育った早大時代、来る日も来る日もマウンドに上がった。その経験が、野球人としての支え。自身が思い描くエース像と重ね合わせ「ようやく、昭和の香りが出てきた。大事に育てていきたい」とニンマリ。要望が高い指揮官の下、伊藤樹はWASEDAの真のエースへ上り詰める。

文=岡本朋祐