イーロン・マスク氏率いるEV(電気自動車)メーカー最大手「テスラ」の株価が冴えない。一時は世界第7位を誇った時価総額は現在14位にまで落ち込んでいる。また、GMやフォードなど大手自動車メーカーもEV事業への投資を縮小しており、EV業界全体にも勢いを感じない。しかし、いち早くテスラの将来性を見抜いた米著名投資家キャシー・ウッド氏は、テスラへの強気な投資姿勢を崩していないそうだ。先月、実際に現地で同氏に話を聞いた、マネックス証券の岡元兵八郎氏による解説をお届けする。

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リセッションの真っ只中にある電気自動車業界

 テスラの時価総額は現時点で約86兆円と、トヨタの約51兆円を凌駕するものの、昨年7月に一時290ドルを超えた株価は足もと177ドル前後で推移しています。一時は世界の株式市場の時価総額で上位7位に入り、名実ともに「マグニフィセント7」の一員として、脚光を浴びていましたが、今は14位にまで順位を落としています。

 EV業界はいま、リセッションの真っ只中です。「気候変動対策」や「化石燃料依存からの脱却」というグローバルな流れの中で、GM、フォード、メルセデス・ベンツなど世界の一流自動車メーカーのCEOは、競ってEV車の開発に莫大な資金を投入してきました。

 ところが、各社はこのところ投資の縮小や、プロジェクトを遅らせるといった動きを見せています。背景には、「予想したほど消費者がEV車を欲しがっていない」という事情があります。

 それを表すかのように、世界で最もEV化が進んでいる中国では、値下げ競争が激化しています。2023年の米国EV市場で55%のシェアを占め、“EV業界のリーダー”と呼ばれるテスラも、中国市場では値下げを余儀なくされています。

 値下げ競争の激化、という典型的な“景気後退局面”のただ中にいるEV業界。もはや、この業界は終わってしまったのでしょうか――?

 私はそうは考えていません。

インフラ整備が追い付いていない

 新しい技術が実際に世の中で普及するまでには、さまざまなハードルが浮上するもので、その間には“正しそうに聞こえる反対意見”がでてくるのが世の常です。

 これからEV車が普及するためには、自動車会社のコストがもっと下がらなければなりませんし、ユーザーにとって十分なインフラの整備も必要不可欠です。

 現在米国にはEV車の充電のためのチャージングポートが14万箇所あると言われていますが、全国民が使うには全然足りません。米国の国立再生可能エネルギー研究所は、2030年までに米国で3300万台のEV車が走ると予想しており、そのためには2800万箇所のチャージングポートが必要になるそうです。バイデン政権もEV車を普及するためのインフラ投資を行っています。

 フォードのCEOは「米国でEV車を買いたいと思っている消費者の購入は一巡した」との見方を示しています。物珍しさで購入するユーザーから段階を進め、一般の消費者にEV車を買ってもらうためには、新たな展開が必要なのです。

 その新たな展開のきっかけは、テスラが計画している「ロボタクシー」になるかもしれません。

テスラ社の掲げる「ロボタクシー」構想

 ロボタクシーとは、テスラのイーロン・マスク氏が掲げる事業コンセプトで、わかりやすく言えば「自動運転タクシー」の経営を行おうとするものです。マスク氏は今年の8月8日にその計画の発表をするとしています。

 事業の考え方はこうです。タクシーの運用コストで最も高いのは運転手の人件費、そして燃料代です。もし、運転手を必要とせず、例えば太陽光で発電可能な電力を用いるEV車であれば、タクシー経営のコストは激減することになります。

「破壊的イノベーション」のテーマ投資で有名なアーク・インベスト社によれば、自動運転タクシーの走行コストは、人が運転するタクシーと比べ10分の1以下になるということです。

 問題は、その自動運転が本当に実現可能なのかということです。

 米国運輸省道路交通安全局によると、米国の交通事故の94%が人によるものだと言われています。米国の交通事故は、2020年から2021年にかけて525万件から610万件へと約16%増加。交通事故死亡者数も10%増え、2021年には米国の道路で約4万3000人が交通事故で命を失っています。

 日本においても特に高齢者による交通事故が増えており、今後その傾向は続くでしょう。そういった意味でも、ヒューマンエラーのない、信頼できる自動運転技術は、私たちにとって必要な技術だと思います。

テスラ車の自動運転技術は近ごろ急速な進化を見せている

 テスラ車には、FSD(フル・セルフ・ドライビング)と呼ばれる機能が搭載されています。これは、将来的に人がハンドルに触れる必要がない完全自動運転を可能にする機能です。

 テスラは、テスラ車に乗る運転手のデータを取り、その莫大なビッグデータの保有と分析を長年にわたり行ってきました。そうして蓄積した技術力は他社の数年先をいっていると言われています。

 FSDは無線で随時アップグレードされ、その機能は日々進化しています。日本では規制によりその機能をフルに体感することができませんが、米国でFSD機能を使ってみると、“自動運転の世界”がそれほど遠くないところまで来ていることがわかります。

 私は4月末に渡米した際に、カナダ人の友人でAIの専門家であるライヤンさんに、彼のテスラ車に乗せてもらいました。そして、3時間ほど実際にFSDを使った運転を見せてもらったのです。

 彼によれば、最近FSDの機能が急激に向上したと言います。彼はカナダのバンクーバーから、シアトルまで3時間かけて私に会いに来てくれたのですが、彼は自宅を出てからほとんどハンドルを触る必要がなかったそうです。

 現在のFSDのバージョンは「v12.3.5」なのですが、実際に彼の運転を見ていると、本当にハンドルに触れるタイミングはほとんど見掛けませんでした。まだ完全な自動運転ではないため、ハンドルを一定時間触らないとブザーで注意喚起されてしまいます。そのため時々はハンドルを触る必要があるのですが、機能的には既に、ハンドルを触らなくても運転が可能なところまできています。

 彼の奥さんは「ハンドルを握っていないと怖い」と思っているそうですが、AIの専門家である彼に言わせれば「触る必要性が限りなくなくなっている」とのことです。

 私も彼のFSDを使った運転を実際に目の当たりにし、「自動運転の世界が来るのは時間の問題なのだろうな」と感じたのです。

テスラがもくろむ自動運転のサブスクリプション

 実際に、アメリカのサンフランシスコやフェニックスといった大都市では、アルファベット(グーグル)社の事業である「ウェイモ」という自動運転タクシーが、地域限定で運行しています。

 これをテスラは、さらに大々的に行うという壮大な計画を持っているようなのです。

 自動運転タクシーが実現する頃には、一般ユーザーが保有するテスラ車も自動運転が可能となるわけです。完全に自動運転ができる車であれば、欲しがる一般消費者は少なくないでしょう。

 また、テスラはFSD利用者から、サブスクモデルで定期的な売り上げを得ることもできます。テスラが単なる自動車メーカーではなく、AI企業だと言われる所以はそこにあります。FSDにより集めたデータをAIで分析することで、他の自動車会社と一線を画す新しい収益モデルを確立することが可能となるのです。

 いずれ他社でも同じような事業を始める会社が出てくるでしょうが、テスラは“先駆者メリット”を享受するでしょう。ソフトウェア提供によるサブスクモデルは、アップルでも起きたように、テスラの利益率を高めることになり、結果的に株価を押し上げる要因になると考えられます。

 市場ではまだ、こうした展開を懐疑的に見ている投資家が少なくありません。そのため、現在の株価も伸び悩む局面が続いているのです。ただ、実際にその構想が可能だというコンセンサスが出来上がった頃には、株価は既に大きく値上がりしているでしょう。

 もちろん、ロボタクシーの実現にむけてのハードルは低くありません。政府による規制もその一つですが、先にも述べた通り、「自動運転の方が人の運転より安全である」というデータが確認されたならどうでしょう。政府が合理的な判断をするのは、もはや時間の問題になると考えています。

現在177ドルのテスラ株だが、2027年の目標株価は2000ドルとも

 多くの投資家がテスラの将来性に懐疑的であった頃から、いち早くテスラの将来性を見抜き、有名になったのがアーク・インベスト社を率いるキャシー・ウッド氏です。

 彼女は同社の株価が15ドルを切っていた、2014 年からテスラ株への投資を続け、その後2021年の年末までに、株価は約27倍にまで成長したのです。

 キャシーさんは「破壊的イノベーション」という投資で知られており、「米国の金融業界で最も影響力のある女性100人」の一人です。

 今年の5月、フロリダ州にある彼女のオフィスで、テスラの将来性について話を聞く機会がありました。

 彼女は2027年のテスラの目標株価を2000ドルとしています。現在のテスラの株価は177ドルくらいですから、ここから10倍以上の株価の値上がりを予想していることになります。

 キャシーさんによると、テスラ株が2000ドルになった際、企業価値の67%分が「ロボタクシー事業」となり、EV車の販売からくる企業価値は24%分になると試算しています。

 低コストで利益率が高いロボタクシー事業が本格化した暁には、EV車の販売を凌ぐ価値になるとみているのです。

 この分析は非常にアグレッシブな見方であり、本当に2027年にテスラ株が2000ドルまで上がるかは、その時になってみないと分かりません。ただ、株価は将来起きるであろうことを織り込みながら変動するという習性があり、本当にロボタクシーというコンセプトが実現する流れになれば、テスラ株が2000ドルに向かって上昇していってもおかしくはないのかも知れません。

 そうしたイノベーションが最初に起きるのは恐らくアメリカ、そして中国であり、新しい技術革新が日本にまで波及するのは、アメリカで一般的になった後でしょう。つまり、まだまだ先の話なのだろうと思います。

 いずれにせよ、非常に興味深い構想です。果たしてイーロン・マスク氏はそんな未来を可能にしてくれるのでしょうか。彼が8月に発表する事業計画を待ち遠しく思います。

岡元兵八郎
マネックス証券の専門役員。専門である外国株のチーフ・外国株コンサルタントのほか、マネックス・ユニバーシティ投資教育機関のシニアフェローも務める。元Citigroup/米ソロモンブラザーズ証券のマネージング・ディレクター。外国株に30年以上携わるプロフェッショナルで、関わった海外の株式市場は世界54カ国を数える。海外訪問国は80カ国を超える。米国株はもちろんのこと、新興国の株式事情にも精通している。ニックネームは「ハッチ」。Xアカウント名 @heihachiro888

デイリー新潮編集部