要介護リスクを29%も低減する“最強の健康法”である入浴。温泉とスーパー銭湯の活用術を温泉療法専門医が解説する。日々の仕事でお疲れのあなたが選ぶべきは……。【早坂信哉/東京都市大学人間科学部教授】

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 世界に冠たる「入浴大国ニッポン」。お風呂に入ることによる健康効果をどれだけ上手に享受できるか。「正しい温泉術」を紹介したいと思います。

〈全国3000近くの温泉地に恵まれた日本。老若男女を問わず、行楽の定番といえば温泉であり、日本人ほど温泉好きな民族はいない。せっかくならば、その効果・効能の恩恵に存分にあずかりたいところである。

 これまで、25年超にわたって入浴に関する研究をし、温泉の健康効果についても調査を続けている、温泉療法専門医で東京都市大学人間科学部教授の早坂信哉氏。日本温泉気候物理医学会の理事でもある早坂教授が、温泉の奥深い魅力について解説する。〉

縄文人も温泉に入っていた?

 約6000年も前に縄文人が温泉に入っていたと推測できる痕跡が、長野県諏訪湖東岸の発掘調査で見つかっています。また、日本最古の書物である「古事記」(712年)に道後温泉が登場し、「出雲国風土記」(733年)には温泉療法が実践されていたことがうかがえる記述が登場します。

 その他にも、「信玄の隠し湯」が有名だったり、江戸時代の“温泉番付”には東の最高位が草津温泉で、西が有馬温泉と紹介されていたりと、日本の「温泉文化」は古い歴史を持っています。

 このように日本が誇る文化のひとつである温泉に関しては、その効果・効能についての研究が続けられていて、特に一定の成分を含んだ療養向きの温泉は、環境省によって「療養泉」と定義され、10種類に分類されています。

(1) 単純温泉

(2) 塩化物泉

(3) 炭酸水素塩泉

(4) 硫酸塩泉

(5) 二酸化炭素泉

(6) 含鉄泉

(7) 酸性泉

(8) 含よう素泉

(9) 硫黄泉

(10) 放射能泉

 そして、それぞれの療養泉による効果が期待される病状を「適応症」と呼び、やはり環境省の指針によって定められています。よく温泉の脱衣所に書かれている「効能」はこの適応症に基づいて書かれたものです。

 例えば、酸性泉の適応症にはアトピー性皮膚炎が、放射能泉の適応症には高尿酸血症(痛風)が含まれています。ただし、疲労回復や関節リウマチ等、適応症の8割近くは、10ある療養泉全てに共通したものなので、適応症を細かく調べて「私はこの病気があるのでこの療養泉に入らなければならない」と神経質になる必要はないと思います。

余計に疲れてしまうことも

 適応症を吟味するよりも簡単な、どの温泉を選べばよいかの基準として覚えておくべきは「刺激」です。含鉄泉や硫黄泉のように、文字通り鉄や硫黄を含んだ泉質は刺激が強い。10の療養泉を分類すると(1)から(5)まではマイルドで「弱刺激」、(6)から(10)まではやや「強刺激」となります。

 従って、体力があり余っている若い人などは、(6)から(10)の療養泉の刺激によってリフレッシュすることができます。一方で病気明けの人や、極度に疲労がたまっている人、また体力が落ちている高齢者は、温泉に漬かってゆっくり休もうと思って(6)から(10)の療養泉を選んだら、強い刺激によってなんだか余計に疲れてしまったという事態が起きかねません。

 ですので、体調が万全ではなく、どの温泉にしようかと少しでも迷った場合は、(1)から(5)の療養泉を選択したほうが無難でしょう。

総合的生体調整作用

 また、温泉の活用の仕方として、環境省は「新・湯治」を後押ししています。これは「温泉そのもの」だけではなく、温泉を含む「温泉地の環境全体」を楽しむという概念です。温泉のお湯に身をひたすことだけが温泉の効能であると誤解されがちです。しかし、温泉地の景色をゆっくり眺めながらボーッとしたり、のんびりと散策したりしてその土地の文化を味わうことも、リラックス効果などを含めた健康効果をもたらしてくれるのです。

 これを医学的には温泉の「総合的生体調整作用」と呼びます。温泉水を自宅の浴槽に完全に再現したと想像してみてください。その「即席自宅温泉」に漬かれば温泉地になど行かなくてもOK――とは、みなさん思わないのではないでしょうか。やはり、「温泉地」の環境があってこそ温泉そのものの効能も増す。実際、数日以上温泉地に滞在すると、ホルモン値や血圧などが正常化するという研究報告もあります。

全国平均の10倍の温泉入浴回数

 ここまで、「温泉」の選び方や「温泉地」の効能について説明してきましたが、温泉をさらに効果的に活用するにあたっては、温泉“大国”ニッポンの中でも、とりわけ温泉“大県”の人たちの行動にヒントが隠されているはずです。

 源泉数、湧出量ともにナンバーワンの大分県。湯布院や別府といった日本有数の温泉地を誇る同県は、世界一の温泉天国と言っても過言ではないでしょう。例えば東京に住んでいると、日常的に温泉に入れる環境にはありません。しかし、大分の人は身近にいくつもの温泉地が存在する。彼らの「温泉行動」には学ぶべきものが多いのではないか。そこで2018年、私たちの研究チームは大分の県庁職員1182人を対象に大規模な調査を実施しました。

 その結果、まずやはり大分の人は温泉入浴回数が多く、全国平均の10倍に達していました。月1回以上温泉に入っている人は実に過半数の55.6%、ほぼ毎日温泉に入浴している人も4.0%いました。

牛乳、コーヒー牛乳の効用

 その上で、調査対象者に温泉に入る時の「こだわり」を聞くと「水分補給」が最も多く、とりわけ牛乳やコーヒー牛乳を飲むと答える人が目立ちました。入浴後の牛乳とコーヒー牛乳は「定番」ですが、大分県の人も実践しているということは、単なる慣習ではなく何らかの健康効果がある蓋然性が高いといえるのではないでしょうか。事実、牛乳は脱水回復効果が高いとの実験報告もあります。

 また、温かいお湯とぬるめのお湯(あるいは水風呂)に交互に入るというこだわりを持つ人も多くいました。「温冷交代浴」は、最近の研究でアスリートでの疲労回復効果が報告されています。大分の人は、その効果を肌で感じてきたのかもしれません。

高齢者のサウナの入り方は?

 絶大なる温泉の健康効果。とはいえ、やはり都市部に住んでいると、そう簡単に温泉に行くことはできないでしょう。そうした事情もあり、いわゆるスーパー銭湯がはやっているわけですが、多彩な温浴が楽しめるスーパー銭湯での入浴法、特に高齢者が気を付けるべきこととは何でしょうか。

 たくさんの湯船があるスーパー銭湯では、お湯という「温熱刺激」に体を慣らすため、できるだけ刺激の少ない湯船から漬かるように心がけてください。高温の湯船やジェットバスなどは後回しにして、まずはかけ湯をしてぬるめの湯船から入る。

 また、先ほど温冷交代浴にはアスリートでの疲労回復効果が報告されていると紹介しましたが、高齢者に関して言うと水風呂はあまり推奨できません。たしかに「温」で血管が広がり、「冷」で収縮することによって血流は良くなります。しかし、動脈硬化が進んでいる中高年以降においては、急激な血圧の上下動は血管破裂や血管が詰まっての脳卒中、心筋梗塞を招きかねません。

 そして、サウナに入ることによる急激な温度差も心臓などに負担をかけるので、高齢者は高温のサウナは避けたほうが安全でしょう。したがって、サウナの“ひな壇”ではできるだけ一番下に座るようにしてください。熱気は高いところへ上がっていくため、ひな壇が一段高くなると温度は10度上がるといわれているからです。60度程度までのサウナであれば、それほど心臓に負担がかからないという医学的な研究があります。しかし、一番下の壇で60度でも、3段目では80度に達する計算になります。ですので、高齢者は上の壇は極力避けるべきでしょう。

「昼風呂」で深いリラックスを

 最後に、温泉はもちろんスーパー銭湯にも行く暇や余裕がないという人へのお勧め入浴術を紹介したいと思います。

 それは「昼風呂」です。日が明るいうちに、自宅の浴槽にゆっくりと漬かる。出た後しっかりと体を拭き、十分に水分補給をしてから真っ暗にした部屋で布団にくるまり数十分ゴロゴロする。入浴で血流が良くなった後に、暗くて静かで、刺激のない部屋でのんびり過ごせば、車のエンジンとブレーキに例えるとブレーキにあたる副交感神経が優位になり、えも言われぬ深いリラックス効果が得られます。そこに「昼酒」と同様、日中からちょっとしたぜいたくを味わえているという快感が加わって最高の気分を満喫できます。

 ただし、“リスク”がひとつだけあります。気持ち良過ぎてそのままずっと寝入ってしまう――。この点だけには注意してください。

早坂信哉(はやさかしんや)
東京都市大学人間科学部教授。1968年生まれ。温泉療法専門医。自治医科大学医学部卒業、同大大学院医学研究科修了。浜松医科大学医学部准教授、大東文化大学スポーツ・健康科学部教授などを経て東京都市大学人間科学部教授に。入浴の健康効果を医学的に研究し続けている第一人者。『最高の入浴法』(大和書房)などの著書がある。

2024年4月25日号 掲載