さまざまな企業の口コミ情報を公開しているサイトがあります。現役社員や元社員が、労働環境や年収などに関する情報を匿名で投稿する仕組みで、SNS上では、「口コミの内容は割と正確」「転職活動時に見てしまう」などの声が上がっています。

 ところで、こうした口コミサイトに「パワハラが横行している」「給料が安い」などと、勤務先のネガティブな情報を投稿した場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

「公共性」「公益目的」「真実性」が基準に

Q.企業の口コミサイトに、「パワハラが横行している」「給料が安い」などと、勤務先や元勤務先のネガティブな情報を投稿したとします。この場合、法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「投稿の内容によっては、法的責任を問われる可能性があります。まず、会社の社会的評価を下げる事実を投稿した場合、刑法230条の名誉毀損(きそん)罪に問われる可能性があります。名誉毀損罪の法定刑は、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金です。

ただし、(1)公共の利害に関する事実について(公共性)、(2)専ら公益を図る目的で(公益目的)、(3)真実であることの証明がある(真実性)、真実でなかったとしても、行為者が真実であると誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らして相当の理由がある(真実相当性)ーという条件を満たした場合、罰せられません(刑法230条の2)。

会社のネガティブな情報としては、例えば『パワハラが横行しており、相談しても会社は何も対応してくれない』『有給休暇の申請をしてもやんわり断られる』などが考えられますが、いずれも会社の社会的評価を下げる事実として、名誉毀損罪が成立する可能性があります。

しかし、こうしたネガティブな情報は、求職活動をする人にとって参考となる事実であり、公共性が認められる可能性があります。また、会社への私怨(しえん)を晴らすための投稿であれば許されませんが、求職者に参考にしてもらうための投稿であれば公益目的が認められるでしょう。公共性、公益目的が認められ、真実であることの証明があるならば、名誉毀損罪に問われることはありません。

こうした刑事責任のほかに、ネガティブな情報の投稿により会社に損害が生じている場合、民事上、不法行為に基づく損害賠償責任を追及されることも考えられます。匿名による投稿の場合、損害賠償請求の前提として、会社は発信者情報開示請求を行うことになるでしょう」

Q.自分が実際に勤務先や元勤務先で体験したことであれば、「パワハラに遭った」「有給休暇を取得させてもらえなかった」などと口コミサイトに投稿しても、法的責任を免れるのでしょうか。

佐藤さん「真実であっても、法的責任を問われる可能性が全くなくなるわけではありません。投稿した事実が真実であっても、会社の社会的評価を下げ得る投稿であれば名誉毀損罪は成立します。

ただし、先述のように、『公共性』『公益目的』『真実性』の3点が認められれば名誉毀損罪に問われることはなくなります。一般的に、求職活動者のための会社情報を掲載しているサイトに、自分が実際に体験した事実を書いた場合、公共性、公益目的が認められ、真実性の証明ができるならば、罪に問われたり、不法行為に基づく損害賠償責任を負ったりする可能性は低いと思います」

Q.勤務経験がない企業に関するネガティブな情報を口コミサイトに投稿した場合はいかがでしょうか。勤務先や元勤務先に関するネガティブな情報を投稿する場合よりも、法的責任が重くなる可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「勤務経験がない会社に関する情報の投稿についても、先述と同様の基準によって判断されます。すなわち、会社の社会的評価を下げ得る内容を投稿すれば、名誉毀損罪が成立する可能性がありますが、『公共性』『公益目的』『真実性』の3点が認められれば罪に問われることはなくなります。

例えば、勤務経験がない会社について、知りもしないのに、興味本位で真実と異なる情報を投稿したのであれば、公益目的も真実性もなく、罪に問われることになるでしょう。

一方、親戚や友達など、会社の内情を知る人から詳しい情報を得た後、求職者の参考にしてほしいとの思いから投稿し、真実性もしくは真実相当性が認められれば、罪に問われることはありません。従って、勤務経験の有無だけで責任が重くなるわけではなく、個別の事情によるでしょう」

Q.企業に関する口コミ情報サイトを巡る事例、判例について教えてください。

佐藤さん「いわゆる転職口コミサイトで『経営者がワンマン』『非常に離職率が高く、ここ3年は、入社3年未満で退職した数字が非常に高く、長期的に安定して働ける環境ではない』などと投稿をした人に対して、会社が発信者情報開示請求を行った事案があります。

裁判所は、こうした投稿が名誉毀損に当たることを認めた上で、転職情報サイト上への書き込みの公共性や公益目的を認めました。さらに、パワハラがあったことや離職率の高さなどの事実を認め、真実性についても肯定し、『会社の権利が侵害されたことが明らかであるとは言えない』として、発信者情報の開示を認めませんでした」