続々と起こる騒動

 ネット上で話題にならない日がないほど、生成AIが注目を集めている。経済界や政治家の間からは、その技術革新や進歩が日本の産業振興に繋がるという観点から、推進に賛成する声が多数聞かれる。その一方で、生成AIに対し懸念を表明する業界もある。特に、声優や俳優の業界からは、生成AIによる被害を取り締まるための法的根拠を作るべきだという意見が聞こえてくる。

 アメリカのハリウッドではAI規制を求めるストライキが起こるなど、すでに社会問題化している。イギリスの女優、エマ・ワトソン氏の声を使い、ヒトラーの著書『わが闘争』を朗読する音声が作成され、世界的な騒動になったことは記憶に新しい。生成AIを取り巻く騒動は続々と起こっているが、コンテンツ大国である日本では生成AIによって生じる問題について、まだ世論が高まっていないのが実状だ。

 これは決して、声優・俳優界だけの問題ではない。我々も、生成AIによって作り出されたディープフェイクを信じ込んでしまい、被害を受ける可能性が大いにある。刻一刻と変化する生成AIを取り巻く状況にどう対処していくべきなのか。「日本俳優連合(日俳連)」の外画動画委員、そして「日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)」の事務局長を務める声優・福宮あやの氏に話を聞いた。

他人の権利を踏みにじらないでほしい

――生成AIの現状を、福宮さんは声優の立場からどのように見ていますか。

福宮:生成AIを含めた技術の進歩は歓迎しますが、著作権者や実演家の権利を侵害する行為はやめてほしい、というのが一貫した想いです。生成AIの進化によって、声優は仕事を奪われてしまうのではないかという意見があります。これまでも技術の進歩によって仕事が奪われる人、新しく仕事を得る人の両方がいましたから、生き延びる道を模索するのは当然かもしれません。しかしながら、生成AIは人の声や著作物を無断で学習し、権利を踏みにじりながら進化しています。生成AIに仕事がとって替わられるのは納得できない、という感覚はあります。

――生成AIの普及で懸念される問題には、どのようなものがありますか。

福宮:声や顔を無断で使われてアダルトコンテンツを制作されたり、自分の考えと異なる政治的主張の動画が作成されたりする懸念があります。また、SNS上では声優やアイドルの声を使って、“●●さんに▲▲の曲を歌わせてみた”という動画を作成する“AIカバー”が大流行しています。ファンが楽しんで作成している面はあると思いますし、私も「あの歌手がこの歌を歌ってくれたらいいな」という願望はあります。しかし、利用される側の立場としては、自分の意に関係なく利用されることは人権侵害だと思いますし、やめてくれとしか言いようがありません。

――その声優は実際には歌っていないのに、歌っていたと勘違いする人が出てくる。これは明らかに問題ですね。声優業界はこうした問題をどう感じているのでしょうか。

福宮:問題視している人は、まだ少ないかもしれません。普段からSNS、特にAIカバーが多いのTikTokなどを利用していない人たちは、こんなことが行われていると知らないのかなと思います。また、ファンが私のことを好きでやっているのであれば……と、いわゆる二次創作の延長の感覚で許容している可能性もあります。そのため、声優業界全体で意見をまとめて、具体的な行動を起こすのが難しい状況にあります。

なぜ、声優の間で抗議の輪が広がらない?

――若手の声優ですと、SNSをやっている方はたくさんいますよね。ただ、一部を除けば、政治的な発言や主張をする方は少ないように見受けられます。

福宮:おっしゃるとおりで、声優はもともと政治的な発言を避ける傾向があります。というのも、声優は演じているキャラクターのイメージを毀損するわけにはいかないからです。そうした点に配慮しながら、後輩のために業界内で頑張ってくださっている先輩方はこれまでもいらっしゃいます。しかし、ここまで生成AIが広まってくると、業界内だけで収まる問題ではなくなっていますから、外に向けて発信する段階にきているのではないでしょうか。演じたキャラクターのイメージを守ることはとても大切ですが、我々もイチ国民であり、イチ人間であるということは受け手側にもご理解いただきたいなと思います。

――先ほどの福宮さんのお話にもありましたが、生成AIが既存の仕事を奪うのではないか、という危機感は以前から共有されてきました。声優の仕事については、いかがお考えですか。

福宮:アメリカで映画俳優組合の「SAG-AFTRA」がストライキをしているように、声優も生成AIに置き換えられるのではないか、という危機感はもちろんあります。特に危惧されるのは、洋画などの吹替の仕事です。一時期、Netflixバブルという現象があって、洋画の吹替の仕事が増えた時期がありました。ところが、統計をとったら、過半数の視聴者が字幕で見ていたことがわかったそうなんですね。そうした影響を受けて、仕事は減少傾向にありましたが、追い打ちをかけるように生成AIが登場しました。今後、例えばハリウッド俳優の声を生成AIで作成し、日本語で吹き替えができてしまうと、吹き替えを手がけている声優の多くが失職する可能性は高いですね。

――それは非常に深刻な問題ですね。

福宮:主役級のキャストだけでなく一言二言、というキャストが生成AIに置き換わってしまったとしたら、新しく業界に入る人たちが非常に厳しい立場に追いやられてしまうと思います。声優の多くは、そういったセリフが少ない仕事からスタートしてスタジオに入り、音響監督や先輩方に覚えていただくということが最初の一歩なんです。その一歩目を奪われてしまうと、業界がどんどん縮小してしまうのでは、と強い危機感を持っています。

――仕事を奪われること以上に、声優の人格権を侵害しているのではないか、と思われる事例が出ていることも問題視されます。

福宮:それが大きな問題なんですよ。日本俳優連合でも被害情報を集めていますが、被害の実数はとんでもない数になっています。例えば、生成AIを使って作成した「新世紀エヴァンゲリオン」の綾波レイと碇シンジが絡み合う動画に、やはり生成AIで作成した声を組み合わせた動画まで登場しています。はっきり言って嫌悪感しかありません。個人で楽しまれるのは、著作権法でもこれは許容されているものですが、それを誰もが目にすることができるインターネット上にアップロードするというのは、言語道断だと思っています。

――そんなものまで出ているんですか。

福宮:皆さんが知っている国民的なキャラクターを演じる声優さんも、被害に遭っています。ネット上ではキャラクター名や声優の名前を出さない形で、例えば野沢雅子さん風のRVC(合成音声ボイスチェンジャー)まで売られているんですよ。しかも、商用利用OKを謳い、声を素材として販売しているのです。これはファン活動の域を超えていますし、明確にパブリシティ権の侵害でしょう。

なぜ生成AI推進派と対立するのか

――いわゆる“生成AI推進派”は、ネット上で過激な言動をすることでも有名です。

福宮:生成AIで遊んでいる人たちは、作成したものにたくさんの人が“いいね”をつけてくれる、その反応が楽しくてやっているのだと思います。芝居をやったことがない人が、他人の声を使って芝居のようなことができるわけですからね。楽しいおもちゃを取り上げないでくれ、という想いが強すぎて、言動が攻撃的になってしまうのではないでしょうか。彼らの心理は、私には正確に理解はできませんが…

――経済界には、生成AIを規制すると、世界的な技術革新や科学の進歩から遅れるのではないかという懸念を示す人もいます。

福宮:著作権が足かせになって技術革新が進まない、取っ払ってしまうべきだという意見があり、現在の法律になったことは理解しています。しかし、それから6年近く経過して、技術革新はあったのかもしれませんが、それを覆い隠してしまうほどの被害も見られます。現在の生成AIは、著作権を踏みにじるものであるとの認識が広がっていて、とてもではないですが、クリエイティブ分野では商用利用はできません。こうなったからには、従来の著作権法に則ったやり方、つまりは許諾を得た上で開発に活用しなければ生成AIという技術そのものへの嫌悪感が高まりかねません。さらに言えば、私は日本が海外に勝てる産業は生成AIではなく、アニメや漫画などのコンテンツだと思っています。方向転換を望みます。

――先日の鳥山明さんの死去のニュースを通じて、多くの人が日本のアニメや漫画は世界に評価されていることを実感したと思います。

福宮:そうですね。海外のファンの方々は偉大な才能が消えたことを悼み、大いなるリスペクトを表明してくれたと感じました。ただ、一方でオンラインの世界ではあっという間に“鳥山先生風”の生成AIのイラストが並び、そこにもクリエイターに対するズレたリスペクトを感じました。世界の反応を見ると、経済界も、政界も、日本が世界に誇るコンテンツの魅力を伸ばすことを考えるべきなのに、その魅力を潰すことを推進していると感じます。なぜ、日本のコンテンツが海外に受けているのか。日本はガラパゴスだといわれていますが、それゆえの良さを見直し、発展させていくことが大事ではないでしょうか。明治や昭和時代のように、欧米に追いつけ追い越せという考えも重要だと思いますが、その時代とはフェーズが変わったと思います。

生成AIを法規制すべき

――生成AIについて、今後具体的にどのような法整備や規制がなされるのが望ましいと考えていますか。

福宮:まずは、著作権法30条の4項を変えてほしいですね。現行の法では、著作権者の許諾なく生成AIに著作物を学習させることを認めているのです。この法律があるために、また昨今の状況を見て、自身の作品をSNSなどで公表することに抵抗を感じるとの声を多く耳にします。これでは文化の発展どころか、文化が衰退していくことになりかねません。特に生成AIについては、機械学習をさせるものも従来の著作権と同様、許諾を得たものにするべきだと思います。それから、肖像権やパブリシティ権を明文化し、顔や名前だけでなく、声についても入れることが大事だと思います。文化庁は生成AIを既存の著作権法で裁こうとしていますが、人は1時間に絵を1万枚描くことはできませんから、同じように扱うべきではないと思います。将来的には「AI法」を作り、一定の規制を設けるべきではないでしょうか。

――しかしながら、生成AIの絵柄の学習まで規制をしてしまうと、自由な創作を抑制するのではないかという意見もあります。

福宮:今までは、絵柄、作風、アイデアに規制をかけてしまうと、他の人の想像力を妨げるという意見があり、これは文化の発展に寄与しないと判断されてきました。これを生成AIに当てはめるべきではないでしょう。人とは違い、生成AIは無尽蔵に絵を作り出せるのですから、明確に著作権の侵害にあたり、クリエイターのビジネスを阻害する行為だと思います。繰り返しますが、生成AIは人とは違うということを、理解していただきたいと思います。

――具体的にはどのような対策をするべきでしょうか。

福宮:生成AIの運用を見直し、学習するデータは著作者が許可したものだけにしてほしいです。生成AIを使った創作物は、その旨を表示することを義務化し、トラッキングができるようにしてほしい。そして、生成AIでフェイク動画などを作ることは犯罪にあたることを明確に打ち出し、周知させることが大切だと思います。

コンテンツの凄さをもっと認識してほしい

――国会議員や政治に望むことはありますか。

福宮:経済界の声ばかりを聞いているように思うので、現場の、市民の声を積極的に聞いてほしいですね。企業の論理だけで物事を決めると、個人のクリエイターが生きづらい社会になってしまう。個人の権利が焦点になっているものに対し、“文句”とは言わずに、意見として取り入れてほしいですね。あとは、日本のコンテンツの凄さにも目を向けてほしいと願っています。

――おっしゃる通りですね。日本の漫画やアニメは世界に評価されているのに、経済界や政界の関心はいまひとつだと思います。

福宮:政府が進めたクール・ジャパンのプロジェクトは、外に発信していくことで国際競争力を高めようというものでした。ところが、アニメ業界の、とりわけ現場レベルでは微塵も恩恵を感じられません。技術継承や人材育成が進まず、土台が崩れそうになっています。特に、人材育成は今から対応しておかないと、世界に誇る日本のアニメ技術がロスト・テクノロジーになってしまいます。

――福宮さんは、日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)でアニメ業界の人材育成にも取り組んでいますね。

福宮:NAFCAは2023年に立ち上がった団体ですが、現場で活躍しているアニメーターも多くいますし、外の立場から意見をくれる人も関わっているので、バランスのいい組織になっていると思います。政治家のみなさんには、現場に話を聞きに行って、政策を立ててほしいですね。

山内貴範(やまうち・たかのり)
1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。

デイリー新潮編集部