古舘伊知郎氏の告白が話題となっている。読売テレビ「そこまで言って委員会NP」に出演した際に「報道ステーション」のキャスター時代、露骨に圧力をかけてきたのは自民党ではなく民主党の議員だったことを明かしたのだ。

 古舘氏いわく、民主党政権時代は、大臣クラスの政治家が直接番組に抗議電話を入れてきたり、謝罪を求めてきたりした、とのこと。もちろん自民党が政権を奪還してからも、「圧」を感じたことはあるものの、番記者経由など、もう少し「洗練」されたものだった、というのが古舘氏の証言である。

 安倍政権、あるいは自民党がメディアに圧力をかけたという話と比べると、民主党時代のことはあまり伝えられない。しかしそれはそういうことがなかったということとイコールではない。古舘氏の証言はその実態を明るみにしたものといえそうだ。

 元産経新聞記者の三枝玄太郎氏は、新著『メディアはなぜ左傾化するのか 産経記者受難記』の中で、民主党政権時代に体験した不条理を詳しく述べて論じている。

 政権交代を成し遂げた民主党はすぐに権力を振りかざすようになり、メディアもそれを見逃していた、というのが三枝氏の指摘だ(以下、同書をもとに再構成しました)

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鳩山由紀夫氏の巨額脱税

 2009年、僕は国税庁の担当になった。

 ちょうどこのころ、政界では大きな変化が起きている。政権交代だ。

 2009年、自公政権に代わり、民主党政権が誕生。その熱狂から落胆のプロセスは多くの方の記憶にまだ新しいところだろう。

 一方で忘れられがちなのは、この頃もまた「政治とカネ」にまつわる問題が噴出していたということだ。しかもメディアの追及は、自民党に対するそれと比べると、遥かに手ぬるいものだった。また、政治の側が露骨に疑惑潰しに動いていたことも僕は忘れられない。

 最も印象深いのは、民主党の鳩山由紀夫氏の脱税騒動だ。

 2009年11月2日夕刊で読売新聞が1面トップで次の見出しで記事を書いた。

「鳩山首相7200万円申告漏れ 08年株売却益修正」

 鳩山首相が2008年に、保有する株を売却して得た7000万円超の所得について税務申告しておらず、鳩山氏側が修正申告することになったことを伝えている。この所得については、国会議員資産公開法に基づく同年の所得等報告書にも記載していなかったが、2日に訂正を届け出たという。

 これだけの申告漏れであっても、平野博文官房長官は「首相個人の問題だ。速やかに修正申告したということだ」としか答えなかった。

 鳩山氏は2002年から2008年までの7年間の資産等報告書に計14銘柄の保有株などを報告していなかった。株式以外にも2005年9月時点で額面価格4269万5000円の有価証券を保有していたことを資産等報告書に記載していなかった。2007年の補充報告書でも約7164万円分の有価証券が記載漏れとなっていた。

 まだあった。2003年11月の時点で金銭信託として元本総額約7800万円も持っていたが、これも記載漏れだった。

 おまけに当時、鳩山氏には偽装献金問題が持ち上がっていた。2004年から2008年に政治活動のために約11億5000万円が鳩山氏の資金管理団体「友愛政経懇話会」に拠出されており、その出所は鳩山首相の実母と鳩山氏本人だったというものだった。

 東京地検特捜部はこのうちの約3億5000万円が、5年間で寄付やパーティー券収入の偽装に使われていたと認定した。(2009年11月29日朝日新聞朝刊1面より)

 政治資金の収入を裏に回すことならよく聞くが、この件の異例なところは、「鳩山代議士に将来、大きい仕事ができる政治家になってもらうため、実力(資金力)を見せたかったことと、秘書としての力を見てほしいという自己保身の両面」(公判での公設第1秘書の証言)という政治資金の「水増し」偽装という通常とは逆の「偽装」だったことだ。

 それはともかくとして、実母から鳩山氏への提供資金は貸付金名目になっていたが、返済実績は全くなく、どう考えても贈与とみなされるべきものだった。

 最終的には2002年から2009年までの8年間に母親から12億4500万円もの資金提供があり、計約6億円の贈与税を支払うことになった。つまり、約6億円の贈与税を不当に免れていたことになるはずだが、鳩山氏は本来の税を納付するだけで済んだ。こんな重大な税金逃れが刑事事件として立件されなかったのだ。

 当時の鳩山氏は60%台の支持率を維持していた(その後、急落して最終的には10%代まで落ち込んで退陣)。国税・検察の人気宰相への忖度はなかったのだろうか。

 彼が自民党所属の首相だったら、こんな処分で済んだだろうか。不思議でならない。後に、第2次安倍政権で「森友」「加計」疑惑が大騒ぎになっていたとき、「森友、加計疑惑よりもよほどはっきりした事件(疑惑ではなく)だったのに……」と思ったものだ。

会計検査院を担当

 民主党政権への忖度を感じることは他にもあった。

 2010年の秋、会計検査院の第4局が重大な調査を始めた。北海道教職員組合(北教組)のヤミ専従を調べ出したのだ。

 民間企業の場合、労働組合法2条などで、組合の専従員が企業側から給与を支給されることは、会社の支配介入とみなされ、禁止されている。組合の専従員は組合費で活動する。

 しかし、公務員の場合は勤務時間内に職員団体の活動をすることは、公務員に職務専念義務を課している地方公務員法35条に違反し、違法だ。

 当時の会計検査院第4局長は、文部科学省関連事案の会計検査の第一人者だった。近畿地方の有名な寺院が重要文化財級の高価な仏像や絵巻きなどを秘密裡に売っている、という情報を聞きつけ、調査を完遂させたという伝説を持っている人だった。

 2010年2月、北海道5区選出の小林千代美衆院議員の陣営で政治資金規正法違反事件が降って湧いた。

 検察の起訴状によると、2009年8月の衆院選の際、北教組の委員長が2008年12月から2009年5月にかけて、3回にわたり計1200万円を、2009年7月に北教組委員長代理が400万円を、小林衆院議員の陣営の経理担当だった男性に渡したという。

 小林衆院議員は北教組が「責任組合」として支援し、北教組委員長(起訴当時故人)や北教組委員長代理が選挙対策本部長を務めるなど、丸抱え候補ともいえた。陣営の経理担当だった男性は、自治労北海道の財政局長だった。

 関係者は黙秘していたというが、検察はこの二人を在宅起訴し、札幌地裁で執行猶予付きの有罪判決が下った。北海道教職員組合にも両罰規定が適用され、有罪の罰金判決が下った。

 当時は鳩山由紀夫首相の脱税などが指摘されており、北海道のこの件も大きなニュースになった。

 これを受けて、会計検査院が北教組のヤミ専従の調査に入ることが分かった。

 当時、公立小中学校の教職員に支給される給与の3分の1は、国が義務教育費国庫負担金として補助していた。会計検査院が「ヤミ専従」を調査したのはこれが初めてで、彼らの鼻息は荒く、腕利きの職員でチームを結成した。まずは北海道をターゲットにしたが、このほかにも岩手、大阪、兵庫などの20前後の道府県を対象にした。

民主党が抵抗している説

 ところが、しばらくすると変な噂が聞こえてきた。

「民主党が相当抵抗しているらしい」

「山梨も検査対象に加えようとしたが、検査院の上層部が山梨県は実力者の輿石東(こしいしあずま)氏(民主党代表代行、民主党参院議員会長、参院幹事長などを歴任、元山梨県教職員組合執行委員長)がいるからダメだ、と言ってきた」

 おまけに会計検査院の局長が今年度限りで退任するという。会計検査院きってのエースといわれた人物だ。

「定年までまだ何年か残っているはずじゃないんですか? しかもヤミ専従の検査も始まったばかりでは?」

 ある人に訊くと、「上」の意向だという。おまけに会計検査院上級職の指定ポストといわれる都道府県の監査委員といった「天下り」もなかった。

 この局長は黙って東北の実家に帰って行った。僕は、

「局長、何か圧力があったんじゃないですか」

 と訊いたが、黙って笑みを浮かべるだけだった。

 2010年度の決算検査報告(2011年秋に公表)にはこう書かれている。

 検査対象は、北海道、石川県、鳥取県、沖縄県。

 何と20の道府県を検査する予定が4道県に減ってしまっていた。約13億900万円の教職員給与を検査した結果、次のことが分かったという。

 北海道では教職員の職務専念義務違反が4年間で172校647人の約703万800円分の給与に見つかった。北海道教職員組合では、図書館などで文献調査をするなどの校外研修をしていたはずなのに、その日は図書館が休館日だったなど、明らかなヤミ研修が59校119人、193回、1429時間分見つかった。

 ほかにも校外研修をしていたはずの教諭の成果が出されていなかったりする杜撰なケースが見つかったが、北海道のほかではほとんど見つからなかった。

メディアは無視

 面妖なのは、着手時には1面トップで報じた産経新聞を含め、この検査結果がほとんど報じられなかったことだ。尻すぼみで終わってしまった。これほどの重大事を一切報じないというのでは、メディアも教職員組合のヤミ専従に加担しているといわれても仕方がないではないか。

 この案件にかかわらず、会計検査院のこの時期の検査は政権に酷く及び腰だったし、不可解な人事が横行した。国税局の鳩山由紀夫首相の生前贈与隠しともいうべき申告漏れの調査も中途半端な感を拭えなかった。

 昨年の自民党の派閥パーティー券収入事件に関連して、政権批判をしたいメディアの中には、立憲民主党の小沢一郎衆院議員に意見を聞いて「(パーティー券事件は)まさに権力の思い上がりだ」(2024年1月3日、日刊スポーツ)などと言わせているところもあった。

 小沢氏は陸山会事件のきっかけとなった「隠し資産」を週刊誌に暴かれたという過去の持ち主ではないか。

 とんだ茶番だと言わざるを得ない。

三枝玄太郎(さいぐさげんたろう)
1967(昭和42)年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1991年、産経新聞社入社。警視庁、国税庁、国土交通省などを担当。2019年に退職し、フリーライターに。著書に『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える 事件報道の裏側』『十九歳の無念 須藤正和さんリンチ殺人事件』など。

デイリー新潮編集部