合計20回

 西新宿のタワーマンションで、25歳の女性が51歳の男に刺殺された。被害女性が経営していたキャバクラの客だった男は、所有する自動車やバイクを売り、「結婚資金」として約2000万円のカネを彼女に渡していたと報じられた。その上で、相手に結婚する気がないことが分かった末の殺人だという。付け加えると、2年前に彼女へのストーカー容疑で逮捕されている。

 こうした事件は時々発生するが、私にはキャバクラ嬢にハマる男の気持ちが一切分からない。これまでの人生でキャバクラに行ったのは20回ぐらいだろうか。新入社員だった頃、会社で配属が決まった日に男性部員全員で行ったのが初体験。そのまま同じメンバーで六本木のキャバクラへ時々行った。

 その他には、私に対して失礼なことをした編集者がいて、上司がお詫びの焼肉に招待してくれ、その後に五反田の熟女キャバクラへ連れて行ってもらった。現在国会議員になっている男と「中野会」を結成し、年に1回、中野のキャバクラへ行く定期イベントもあった。あとは雇っていたバイトの大学生軍団が「キャバクラに行ってみたいです!」と言ったので、よく前を通っていた渋谷のキャバクラへ行った。そして、大学時代の友人とその高校時代の友人と下北沢でライブを見た後、酔っ払って友人が店に入っていったのでそれに付き合った。これで合計20回だ。

あくまでもカネのため

 毎度思うのが「こんな場所、自分からは行かないよな……」ということだ。正直、何が楽しいのだか分からない。少量のウイスキーを水道水で割ったマズい水割りを飲み、キャバ嬢から「私も飲んでいいですか〜」と言われ、「どうぞ」と返さないとケチだと思われるから「どうぞ」と言い1杯1500〜2000円也を支払う。チェンジが続き、その都度「私も飲んでいいですか〜」攻撃が来る。

 キャバ嬢はあくまでも「仕事」として客にたくさん飲ませ、フルーツ盛り等を頼ませるのが役割なので、彼女たちの仕事への姿勢は正しい。しかし、問題は客の側だ。一日に何十人もの客が来るわけで、その男はあくまでも「何十分の一」。いや、カネ遣いが良いのであれば「何分の一」になるだろうが、別にキャバ嬢は婚活や恋愛のためにキャバクラで働いているわけではない。あくまでもカネのためである。

 正直、客としても初対面の女性と喋るわけだから面白い話になるのも珍しいワケで、「つまらねぇな」と毎度思うのだが、キャバクラという場所は【1】飲み屋としては割高【2】従業員は客に多額のカネを使わせるほど優秀と捉えられる【3】従業員は「疑似恋愛モード」に入って客に再度来させることが求められる。この3点を基にサービスを提供している。

「その先」に勝手に

 店側も「本気にさせてカモにしろ」などと指導はしているかもしれないが、まともなキャバクラリテラシー、いや「世間リテラシー」があれば、客もこの3点を理解したうえでキャバクラに行くだろうし、キャバクラという場所を以下のように割り切るべきなのだ。

 キャバクラは本気の恋愛と婚活の場ではない。ちょっぴりエロい気持ちと疑似恋愛を楽しむ割り切った場所。その特別な時間のためにキャバ嬢の給料は高く、客も通常の飲み屋よりも多くカネを払う。

 だから私のような男はキャバクラの上客になり得ない。それは過去の恋愛経験と、交際せずとも女性関係が豊富であることが影響している。私はなぜかよく分からないが、女性とサシ飲みをすることが非常に多い人生を送り続けた。そして、その日の内に、“その先”も多数経験した。彼女達は売春婦ではないため、カネを要求されるわけではない。「もう今日、一緒に泊まっちゃおうよ〜」などと言われてそうなるだけだ。

 私は「本当にあったエロい話」という連載を女性向け恋愛サイト「AM」でこの5年ほど展開している。これは自身の実体験がベースになったエロ話を2週間に1回公開しているのだが、通常の居酒屋、飲食店代以上を払って女性の歓心を買うことはしたことがない。なぜか「その先」に勝手に進んでくれるのである。当然、キャバクラ嬢が登場したことはない。

一般女性とサシ飲みの方が

 男に対して好意を抱く女性というものは、別に金銭だけが狙いではないのだ。「あっ、この人、面白い」「この人と一晩過ごしたいな」といったフィーリングで「その先」に行くのである。キャバクラという業態はカネを払って「その先」を妄想できるサービスを提供できるものだ。

 そういったワケで、キャバ嬢が客にホレることは滅多にない。現にキャバ嬢や風俗嬢は彼氏がいることが多いし、ホレたホストに貢ぐことがある。だから客のことは自分の給料を持ってきてくれる存在としか見ていない。

 だから私はキャバクラにハマる男性の気持ちがまったく理解できないのだ。「一般女性とサシ飲みする方がよっぽど楽しいじゃん」としか思えないからだ。ある程度仕事で実績があり、見た目もそこまで悪くない場合、普段仕事で一緒になる女性や、趣味の仲間女性をサシ飲みに誘えば乗っかってきてくれるもの。

 それは「誘っても嫌がられないだろうな」という確信があるからだ。だが、キャバクラにハマる男は、「こんだけカネを使っているから、プライベートの関係に持ち込んでも嫌がられるわけがない。いや、彼女はオレにホレている!」と誤解してしまう。それはカネを通じた関係だからだ。

「匂わせ」はやめた方が

 正直この手の事件を知ると、被害女性を気の毒だと思うのに加えこのモテない男達へのシンパシーは感じてしまう。あぁ、あなたは人生でモテた経験がなく、女性の気持ちが分からないんだな……と。

 キャバクラ通いはあくまでも「娯楽」と割り切るべきである。そこに「恋愛」「結婚」を持ち込むとおかしなことになる。それとは別に「性欲」を求めるのであれば、風俗店がある。そちらに行くべきだ。

 そして、キャバクラ業界は、カネ儲けもいいが、「匂わせ」はやめた方が従業員を守る結果となる。キャバクラの暗黙のルールを理解せず、しつこく言い寄ってくる客がいる場合は「従業員との恋愛は禁止しています」等の念書を書かせるなど、キャバ嬢の安全を守るための方策を実施する時期になっているだろう。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部