朝鮮有事が起こったら、日本はどのような対応を迫られるのか。防衛研究所の研究者・千々和泰明さんは、「アメリカの戦争に巻き込まれたくない」というような姿勢のままでは、結果として日本の安全が脅かされることになると警鐘を鳴らす。

 千々和さんの新刊『日米同盟の地政学 「5つの死角」を問い直す』(新潮選書)では、朝鮮有事の大胆なシミュレーションを行っている。同書からそのシナリオを紹介しよう。

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朝鮮有事のシミュレーション(1)――米軍からの基地使用要請

 202X年X月X日、北朝鮮と韓国とのあいだでこれまでも繰り返されていたような偶発的な小競り合いが生じた。ここで金正恩体制は紛争をエスカレートさせ、長距離火砲や短距離弾道ミサイルで韓国軍・在韓米軍の拠点に対し攻撃をおこなった。

 これに対し、米韓連合軍は朝鮮半島で反撃作戦を展開した。アメリカ軍は反撃拠点を韓国領内に限定するつもりはなく、三沢や嘉手納などの日本の基地から北朝鮮に対する直接戦闘作戦行動をとる準備に入った。北朝鮮の韓国侵攻により、日米安保条約第6条が言う「極東における国際の平和及び安全の維持」が損なわれた。同条によれば、この場合アメリカ軍は日本の基地を使用することができる。

 ただしアメリカ軍が日本の基地から北朝鮮への直接戦闘作戦行動をとる場合は、日本政府との事前協議が必要となる。そこでアメリカ政府は、有事が発生するとすぐさま日本政府に2プラス2のオンラインでの緊急開催を求めてきた。そしてこの2プラス2の席上、日米同盟史上初の事前協議がおこなわれた。当然アメリカ側は日本政府の即答を求めている。日本側はただちに緊急のNSC(国家安全保障会議)および臨時閣議を開催した。同盟国としての返答を、決定しなければならない。

朝鮮有事のシミュレーション(2)――日本を席巻する「巻き込まれ論」

 日本は何と答えるのか。

 ここで北朝鮮の朝鮮中央放送は、もし日本が事前協議でアメリカにイエスと答えるならば、韓国のみならず日本も攻撃対象に含む、と脅しをかけてきた。それも口先だけでなく、実際に準中距離弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルを日本の排他的経済水域(EEZ)内に発射するのに加え、日本列島越えのミサイルを2発同時に発射し、心理的恫喝をしかけてきた。

 北朝鮮の恫喝を受け、日本国内では一部の政党や大手メディア、著名な知識人らのあいだで、日本が日本と関係のない外国の戦争に巻き込まれることになるとして基地使用拒否の声が高まった。総理官邸や国会周辺では、大規模な反対デモが発生した。

 アメリカ軍に基地使用を許さない限り、日本はこの紛争から無関係でいられると信じられているようであった。

 巻き込まれ論が日本社会全体を席捲するなか、こうした声を無視することもできず、政府として丁寧な説明が必要となったが、その分アメリカ側から見て事前協議の手続きは大幅に遅延することとなった。実は日本の巻き込まれ論につけ入ることこそ、北朝鮮のねらいであった。日本は最初から、北朝鮮に見切られていたのである。

朝鮮有事のシミュレーション(3)――批判される日本

 最終的に日本政府はイエスの回答をおこない、これが決め手となって朝鮮有事は終息に向かったが、アメリカによる韓国防衛作戦は予想外に長引き、米韓連合軍の死傷者数も想定の範囲を超えるものだった。

 アメリカ国内では「韓国防衛は日本の安全に直結する問題なのに、なぜ日本はアメリカ軍に非協力的なのか」といった非難が巻き起こり、日米同盟への不信感が高まった。議会でも「これでは在日米軍基地の使用を前提とした台湾防衛は不可能だ」との声が上がるなど、極東への防衛コミットメントの在り方そのものを再検討する動きも加速している。

※本記事は、千々和泰明『日米同盟の地政学 「5つの死角」を問い直す』(新潮選書)に掲載されたシミュレーションに基づいて作成したものです。

デイリー新潮編集部