前編【24時間体制で1体3時間、1日200体…インド全土から死者が集まるガンジス川「野外火葬場」潜入記】からのつづき

 日本の火葬率は99.99%(2022年度衛生行政報告例、厚生労働省)と世界でも突出した高さだ。とはいえ、火葬場は「ボタン1つ」ですべてが完了するわけではなく、葬送の仕事人たちにはデリケートな働きが求められる。では、火葬をする別の国ではどうだろうか。『葬送の仕事師たち』(新潮社)の著者、ノンフィクションライターの井上理津子氏が、インドのガンジス川の川岸の町、バナーラス(バラナシ、ベナレスとも)の野外火葬場で見た驚きの「しきたり」を報告する。

(前後編の後編)

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“人力”のみで行われる「お見送り」

 翌朝、そそくさとまた火葬場へ行った。この日はSさんを頼まなかったので、前田くんと2人で行ったが、彼は私を遠巻きに見守る役に徹してくれた。

 前夜より火は相当少なかったが、3、4か所は燃えていた。明るいから、全景が見える。火葬の流れをありありと見た。一例はこうだ。

1:死者が、体を布で包まれ、竹で作った担架で運ばれてくる(棺は使用されず)
2:「最後のお別れ」のごとく、死者がまとう上半身の布が開けられ、遺族(男ばかり8人)が対面する
3:遺族がお祈りをする。ご遺体は裸。肌がテカテカしている
4:担架ごと、ガンジス川の水に足元を少し浸ける
5:担架、キャンプファイヤーのように薪が組まれた場所へ移動
6:遺族(男8人)が遺体を囲み、祈りを捧げる
7:遺族代表が、火のついた藁で、遺体の肩のあたりに点火する
8:徐々に燃え広がって行く間、遺族たちは火の周り(遺体の周り)をぐるぐる回って祈りを捧げ続ける

 すべての行いが、朝日を浴びて輝いていたからだろうか。非常に敬虔な「お見送り」だと私の目に映った。“人力”のみで行われているのは「やさしさ」ゆえと思えた。

 この日は写真を撮っていなかったのに、またまた「写真ノー」と言う男の人が近づいてきた。

「24時間焼いている。1体3時間、1日200体」

 前夜の人と同じことを口にし、「私はこの火葬場の正規スタッフのPです。シヴァの神のところ、高級のところ、どちらも案内してあげよう」とおっしゃる。

火葬場になぜか犬と水牛

 私はもう慣れてきた。「おいくらで?」と聞く。

「3000ルピーでいい」とPさん。3000ルピーは、その日のレートでは日本円にして約5000円だ。値切ったら2000ルピー(約3300円)となり、「じゃあ、お願いします」。Pさんにくっついていく。

 いわく「シヴァの神のところ」は野外火葬場の背後に聳える建屋の一隅。白い長い髭を蓄えた、相当高齢な男性が、藁の倉庫のようなところにいて、火を燻らせていた。「これを皆が取りに来て、点火に使うわけさ」。得意げな声だった。

「高級のところ」は、野外火葬場の背後の高台に立つ、建屋の中にあった。とはいえ、窓なしのオープンエア、相部屋のような感じだ。遺体を置くのは、薪で組んだ台ではなく、コンクリートで組んだ台で12台。足元には灰が溜まり、「白い床」となっていた。

 私が行ったとき、たまたま「高級のところ」では1件の火葬も行われておらず、犬と水牛がのんびりといて、犬が水牛のお乳を飲んでいた。

――なんでここに水牛がいるの?

「火葬中に水牛のお乳をふりかけると、火の勢いが良くなるから」

――昔から?

「そう、たぶん大昔から。あと、この『高級のところ』では火葬中に白檀の粉もかける。匂いがきれいになるし、火の勢いも強くなるからね」

なぜ女性遺族は立ち入り禁止なのか

 英語のハンディキャップがあり、聞き違いもあるかもしれないが、私がPさんから聞き取ったと思えることを列挙する。

〇バナーラスのホスピス(末期癌に限らず、「死が近い」と悟った老人たちの施設)に来て、死ねる日を待っているお年寄りが大勢いる。
〇ガンジス川は今も昔も「天国」そのものだから、死者がインド全土から列車や車で運ばれてくる。
〇遺体には燃焼効果を高めるために蝋を塗る(前夜見たご遺体がテカテカしていたのは、そのためだった)。
〇遺体の一部をまずガンジス川の水につけ(天国に「ご挨拶」=清めの儀式)てから、焼く。3時間焼いて、頭蓋骨と腰の骨が残り、あとは灰になる。
〇頭蓋骨と腰の骨と、あと全ての灰をガンジス川に流す。
〇ここでの火葬が理想だが、他の町でエレクトリックによって焼き、灰だけを持って来て、ここからガンジス川に流すケースも増えてきている。
〇ここで焼くのと、エレクトリックで焼くのとの違いは、生まれ変わり。前者はミツバチやアリ、蝶々、樹木など人間以外のものに生まれ変われるが、後者はまた人間にならなければならない(Sさんの私見かもしれない)。
〇「お墓」の概念はない。
〇火葬場内へは、女性遺族の立ち入り禁止。昔、夫の火葬のとき、「私も死ぬ」と取り乱して火に飛び込む妻があとを絶たなかったから(前夜階段のところにかたまっておられた女性たちは、やはり遺族だったのだろう)。

 なお、火葬場内の女性遺族立ち入り禁止に関して、Pさんの言う「昔」は、おそらく19世紀のこと。近代まで、インドには寡婦が夫に殉死するという、まさか女性が好き好んでするとは思えないサティーの風習があり、美徳と考えられていたが、「サティー禁止法」(1829年)の制定以降、姿を消した。しかし、1987年に1件が発生したことを受け、1988年、新たに「サティー防止法」が制定されたと、後に前田くんがインド発のWEBサイトで調べてくれて、分かった。

「なぜ、祈らないのか」と執拗に質問

「あなたも火葬場で働いているの?」とPさんに逆質問された。

「違うんだけど、興味あるの」
「ジャパンの火葬はどんなふうに?」

 すべて屋内の火葬場で、マシーンで焼く。燃料はエレクトリックのところもあれば、ガスや灯油を使うところもある。1体40分から1時間くらい。火葬を待つ間、遺族はじっとしているか、コーヒーを飲んでいるか。火葬が終わったら、「骨上げ」を行って、それを後日、墓に埋める――。

 と、ざっくり説明したが、Pさんが腑に落ちなかったのが、「火葬を待つ間、遺族はじっとしているか、コーヒーを飲んでいるか」のところだったようで、「なぜ、祈らないのか」と執拗に聞いてきた。

「……たぶん、心の中ではみんな祈っている。形に表さないだけだと思う……」

 と、心許なく答えるしかなかった。

 私は「ガンジス火葬」のしきたりの数々に「ありえない」と感じたが、「ガンジス火葬」の人たちは私たち日本のしきたりを「ありえない」と思うのだから、「おあいこだ」ととらえなくちゃ、と思った。

井上理津子(いのうえ・りつこ)
ノンフィクションライター。著書に『さいごの色街 飛田』、『葬送の仕事師たち』(ともに新潮社)、『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)、『師弟百景』(辰巳出版)などがある。

デイリー新潮編集部