経済好調、モディ氏は3期目確実

 4月19日に始まったインドの世界最大規模の総選挙(有権者は約9億7000万人)はおおむね順調に進んでいるようだ。

 5月7日にはナレンドラ・モディ首相の出身地である西部グジャラート州でも投票が行われた。開票は6月4日に一斉に行われることになっているが、モディ氏が異例の3期目に入ることが確実視されている。

 インド経済は相変わらず好調だ。

 日本を抜いて世界第3位となったインドの自動車市場の拡大が止まらない。4月の新車販売台数は前年比26.7%増の約220万台だった。

 インド株も好調が続いている。主要株価指数のSENSEXは4月30日に一時7万5000台を付けるなど最高値圏で推移している。

 インフレも収まりつつある。4月の消費者物価指数(CPI)は前年比4.83%の上昇にとどまり、インド準備銀行(中央銀行)が許容上限とする6%を8カ月連続で下回った。

 今回の総選挙では物価を重視する国民が多く、モディ氏にとって追い風だろう。

失業問題に改善の兆しはなし

 だが、インド国民が最も重視する失業の問題は深刻なままだ。

 2022年度(2022年4月〜2023年3月)の失業率は、モディ政権発足前の2013年度の4.9%から5.4%に上昇した。民間シンクタンクによれば、今年2月の失業率は8%にまで上昇したという。

 15〜29歳の若年層の失業率は16%を超えており、高学歴者ほど就業環境が厳しくなるなど雇用のミスマッチが生じている。

 だが、与党・人民党(BJP)が発表した総選挙のマニフェスト(政権公約)には、雇用増につながる具体的な経済政策は示されていない(5月11日付日本経済新聞)。野党はこの点を激しく追及しているが、選挙戦を有利に進めることができないでいる。

 失業問題が一向に改善する兆しが見えないのにもかかわらず、モディ氏の支持率は約80%、世界の指導者の中で最も高いと言っても過言ではない。

インドの将来は本当にバラ色か

 モディ氏はなぜ高い支持を得ているのだろうか。

 フランスの調査企業イプソスが3月に公表した調査結果によれば、インドの都市部に住む消費者は、対象となった29カ国中で最も自国の経済の現状と先行きを楽観している。

 インド人のこのような現状認識には人口動態が関係している。

 過去の諸外国の例を見ると、生産年齢人口(15〜64歳)に対する従属人口(高齢者と子供)の割合が最小の時に奇跡の経済成長が起きることが多い。インドは既に世界第5位の経済大国だが、このような奇跡の経済成長が起きるのは2030年以降で、しかも、これが25年間続くと予想されている(5月16日付ニューズウィーク日本版)。

「インドの将来」はバラ色というわけだが、「絵に描いた餅」に終わる懸念もある。若年層に十分な雇用機会を提供できなければ、経済成長の機会を失うばかりか、社会の大混乱を招く要因になってしまうからだ。

 祖国がこの10年間で世界の大国の仲間入りをしたことで、多くのインド人はユーフォリア(熱狂的陶酔感)に浸っている感があるが、内実が伴わなければ、夢から醒めるのも時間の問題だろう。

ヒンズー至上主義が加速する可能性

 中国経済の不振を尻目にインド・ブームが起きているが、3期目のモディ政権には茨の道が待っているのかもしれない。

 製造業振興策「メイク・イン・インディア」を掲げているが、インド企業の投資意欲は乏しく、海外からの直接投資(FDI)の流入額も減る傾向にある。構造改革が進まず、活動を阻害する悪弊が温存されているからだ。「インドの汚職は中国よりひどい」との指摘もある(4月22日付ニューズウィーク日本版)。

 70歳を超えたモディ氏の後継者選びという難問も控えている。

 モディ氏はこのところ「反イスラム姿勢」をトーンダウンしつつあるが、選挙で大勝すれば「次期政権はイスラム教徒を弾圧する権限を委任された」と開き直ることができる。

 経済が今後不調になれば、モディ政権は支持率維持のためにヒンズー至上主義にますます頼らざるを得なくなるだろう。

 昨年、インドの情報機関がカナダでシーク教指導者の殺害に関与した疑惑が浮上したが、西側諸国におけるインドの主権侵害が今後頻発する可能性は排除できないだろう。国際関係もぎくしゃくする可能性が高いと言わざるを得ない。

中国との国境紛争問題はどうなる

 大国意識に目覚めたインドは、国際社会における自国の「正しい位置づけ」を明確にすべく、自己正当化を前面に押し出すようになった印象が強い。

 この強気な外交を展開しているのは、スブラマニヤム・ジャイシャンカル外相だ。現在の中国のように、インドも西側諸国との軋轢を強めるようになってしまうのではないかとの不安が頭をよぎる。

 また、インド歴代首相にとって地政学的な最大の悩みは中国との国境紛争問題だ。

 建国の父であるジャワハルラール・ネルー初代首相にとって最大の恥辱は、1962年に起こった中国との国境紛争における敗北だ。インドは北部の領土の一部を失ったまま、現在に至っている。

 中国は3月末、インドが実効支配する北東部アルナチャルプラデシュ州に30の「新地名」を発表するなど挑発行為を続けている。モディ氏がこれまで以上に強硬姿勢で臨めば、中印間が一触即発となるのは確実だ。

 インドの今後の動向については、これまで以上に細心の注意が必要だろう。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。

デイリー新潮編集部