大谷翔平選手の帰国会見で笑顔をみせる水原一平容疑者=2018年11月、東京

 銀行詐欺容疑で訴追された、ドジャースの大谷翔平選手の元通訳・水原一平容疑者に対し、多くの有識者から「実刑確実」との見方が示されている。水原容疑者が今後何年も生活するかもしれない米刑務所とは、いったいどのような場所なのか。カリフォルニア州にある“スーパーマックス”と呼ばれる最重警備刑務所で約半年服役し、日系無料情報誌「Weekly LALALA」でその体験記を連載していた吉田サム氏(58 ※サムは現地での愛称)は、自身の米刑務所での暮らしを「生き地獄」と表現する。

 今から9年前。当時ロサンゼルス在住だった吉田氏は、飲み会の後に自宅で晩酌をしていたところ、翌日家族で出かける予定があるのに車にガソリンを入れ忘れていることに気がついた。そこで、買ったばかりのオープンカー「フォード マスタング」に乗り込み、ガソリンスタンドへ。

■電気銃で胸を撃たれた!

 するとスタンドを出たところで、サイレンを鳴らしたパトカーが「止まりなさい」とアナウンスしながら近づいてきた。どうやら左折の際にセンターラインを踏んでいたようだ。しかし、「この車なら逃げられるかも……」と思ってしまった吉田氏は、ぐっとアクセルを踏み込んだ。

 信号は無視、他の車にもぶつかりながら決死のカーチェイスを繰り広げるうち、警察車両は7台、8台と増えていき、ヘリコプターまで飛んできた。結局、車はスピンし、両側からパトカーに挟まれて止まった。

 こうなってはもう、後の祭り。観念して車から降りると、周囲をぐるりと囲んだ警官たちから一斉に銃を向けられ、自身の体は赤いレーザーポインターだらけに。死が脳裏をよぎったが、警官はマイクで何かを叫んでいる。よく聞き取れないので1歩2歩と前に進んだ瞬間、テーザーガン(電気銃)で胸を撃たれてその場に崩れ落ち、御用となった。

 裁判を経て収容された施設は、「Pitches detention center, Castaic California」。

 この時点では、その後に起きる想像を絶する刑務所生活のことなど考えてもいなかった……。

全米最多の死刑囚を抱えるカリフォルニア州のサンクエンティン刑務所。ここもスーパーマックスで知られている(吉田サム氏が入っていた刑務所とは別です)

 四つほどの棟があり、内部の監房も収容者の凶悪度によってレベル分けされていた。吉田氏は老年の囚人たちがチェスに興じる平和な雑居房に入れられた。しかし2週間後、刑務所側の手違いによって、なぜか凶悪度トップクラスの房へ移ることに。

 多くの凶悪犯を抱え、“スーパーマックス”(スーパーマキシマムセキュリティーのこと)と呼ばれる最高警備レベルの施設だ。顔中びっしりとピエロ風のタトゥーを施し、「頬の涙模様は殺したヤツの数だけ入っている」とのたまうような、「クレージー」な同居人たちとの生活が幕を開けた。

 吉田氏は、当時の生活についてこう振り返る。

「日本の懲役刑と違ってアメリカは禁固刑で、法的には刑務作業が強制されないので、時間を持て余した囚人たちはみんな筋トレに励んでいました。寝床は2段ベッドの上段と下段の間に無理やり1段つけた3段ベッドだし、食事に出るシチューは吐き気がする味だし、環境は最悪ですけど、一番苦労したのは房内での人間関係でした」

■縄張りは絶対に侵してはいけない

 吉田氏がいた房は、本来は定員30人ほどにもかかわらず70人前後が収容された大部屋。荒くれ者たちの間では人種の違いがケンカの種になるため、白人(約10人)/ヒスパニック系(約50人)/黒人・その他(約10人)という3グループに分かれて生活圏を形成していた。刑務所内の全収容者約7千人のうち唯一の日本人だったという吉田氏は、黒人・その他グループに招き入れられた。

「黒人たちは仲間意識がすごく強くて、自分のこともすぐに受け入れて守ってくれました。でも他の人種の縄張りは絶対に侵してはいけない。もし黒人系が使うシャワールームやトイレをヒスパニック系が使ったらたたき殺されるし、食事場所を通りすぎてもダメです」

 日本と違って、囚人同士でトラブルが起きても刑務官は関与しない。代わりに房内の秩序を守るのが、各グループに1人ずついる長老たちだ。もめ事が起きると、「お前のところの新入りがイキがって、うちの連中とケンカになってるからシメていいか?」「いや、本人と話をするからちょっと待て」「あいつはいいぞ、ヤってくれ」などと3人で話し合う。

吉田サム氏(本人提供)

 ふてぶてしい態度をとって嫌われたり、刑務官に悪事を告げ口したり、様々な理由によって“死のゴーサイン”が出された囚人は、部屋の片隅でリンチされる。吉田氏は、その生々しい実態を明かす。

「人だかりの奥から、ドスッドスッと肉を殴る音や、口をふさがれてモゴモゴうめく声が聞こえるんですよ。様子を見に行こうとしたら、普段はニコニコしている黒人の長老に、怖い顔で『Don’t!』と制されてね。5〜6分後、物音がしなくなると、手を真っ赤に腫らした白人の男が『Fuck You』と吐き捨てながら出てきました。次の日、リンチされた囚人の姿はなかったので、ひっそり闇に葬られたのでしょう」

■血管に刺してあえぎ声をあげながら

 刑務所内では薬物も蔓延(まんえん)していた。吉田氏のベッドの下段にいた囚人は、ヘロインの入った注射器を腕の血管にグリグリと刺してあえぎ声をあげながら、「Do you want?」と勧めてきたという。針は囚人同士で使いまわしているため、肝炎のリスクもある。吉田氏は「I wanna be a human(俺はまだ人間でいたい)」と丁重にお断りした。

 一体、囚人たちはどこから薬物を手に入れるのか。不思議に思って黒人グループの長老に尋ねると、「知らないほうがいい」と返ってきたというが、吉田氏はこう推測する。

「アメリカの刑務官は給料が安いので、囚人に買収されている人はいっぱいいると思う。刑務所に出入りする業者が、パンの袋なんかにしのばせて運んでくるケースもあるでしょう」

 もう一つ、囚人たちの楽しみとして横行していたのがギャンブルだ。房内は常にテレビがついており、みんなスポーツの試合を見ながら賭け事に興じる。といっても刑務所で現金は使えない。賭けるのは「Maruchan」。日本でもおなじみの即席ラーメンだ。

 米刑務所では、マークシート形式の注文用紙で様々な食品や日用品を購入できる。その中で最も人気だったのがマルちゃんの袋麺で、小腹がすいたときは、凶器にならぬよう低めの温度に設定されたポットから湯をそそいで食べる。みなに愛されるおやつは自然と通貨代わりになり、ベッド脇にマルちゃんの袋を大量に積んでいる者が「資産家」とみなされた。

 暴力も違法行為もなんでもありの囚人の社会で生き抜くためには、「うまい立ち位置」を確立することが何より重要だったと吉田氏は言う。変に強がって集団になじめなければ抹殺され、かといって上の者にこびへつらう腰巾着に成り下がれば、食事を奪われたりレイプの対象になったりと奴隷のような扱いを受ける。

■「出所したら命はないぞ」

 ときに「俺は武術の心得がある。秘孔を突けば指1本でお前を殺せる」などとブラフをかまし、ときに弱い立場の囚人にパンやコーヒーを分け与えていた吉田氏は、次第に「いいやつだけど怒らせたら何をされるか分からない」キャラとして房内で一目置かれる存在になっていったという。

 そんな吉田氏は、半年間過ごした“スーパーマックス”を「人間を腐らせる犯罪者養成施設」「阿鼻叫喚(あびきょうかん)の生き地獄」と形容する。

「刑務所内で物品を配る係をしていたので、あらゆる囚人の姿を見ました。ある時、食パンやリンゴなどの朝食が入ったポリ袋を配っていたら、『袋をもう一つよこせ。さもないと、出所したら命はないぞ』とすごまれました。食いつかれたら骨までしゃぶられる、ハイエナの集団のような場所ですよ。自分の身を守るために弱気なそぶりは見せないようにしていたけど、内心は1秒でも早く出たかったです」

 最後に、これから刑務所生活が待ち受けているかもしれない水原容疑者について思うことを尋ねると、「うーん」と悩んだ末にこう返ってきた。

■「どうにか生き延びて欲しい」

「普通の日本人は、まずあの環境にはなじめないでしょう。しかも水原さんの場合、エンゼルスやドジャースファンの囚人から『チームの顔に泥を塗ったやつ』として報復される可能性もある。元ギャンブル依存症の俺としては、水原さんが極悪人だとは思えないけど、自分のケツは自分で拭くしかないよね。どうにか生き延びてほしいと思います」

 なお、水原容疑者が収容される可能性のある刑務所について、浜井浩一・龍谷大学教授(犯罪学)は、「連邦裁判所で裁かれているので、連邦刑務所になる」と話す。

「“人間倉庫”のような施設もある州刑務所とは違い、中央政府が運営する連邦刑務所は予算や職員研修などの基準が統一されていて、“スーパーマックス”でない限りは条件の良い施設が多い。犯罪組織との関係が問題視されなければ、脱税などホワイトカラー犯罪の囚人が入る警備度の低い施設や、依存症治療ができる施設に入所できる可能性があります」(浜井教授)

 水原容疑者は5月9日、連邦地裁に出廷して罪状認否に臨む予定だ。裁判ではどのような罪に問われ、どの刑務所に入所することになるのか。吉田氏のように、刑務所側の手違いで「生き地獄」に突き落とされる可能性もゼロではないが、適切な環境下で更生の道を歩んでほしい。

(AERA dot.編集部・大谷百合絵)