古賀茂明氏

 4月28日投開票の衆議院の補欠選挙において、立憲民主党が3選挙区全てで大勝した。

 「次の選挙で政権交代だ!」とリベラル勢力は勢いづいている。

 しかし、大手メディアの政治部記者たちの多くは、仮に解散総選挙になっても、野党共闘がまとまる気配がないことから、政権交代につなげるにはまだハードルが高いと見ている。したがって、彼らにとっては、自民党内部の話の方が野党の話よりも大切だということになる。

 そのため、ポスト岸田をめぐる動きを面白おかしく伝えることに彼らはご執心だ。

 さらに、彼らは、岸田文雄首相側から見て、終盤国会の焦点が、「政治資金規正法(以下『規正法』と呼ぶ)の改正が今国会中に実現できるかどうか」に移ったと報じている。

 今回は、この報道は完全に間違っているので、絶対に信じてはいけないという話をしてみたい。

 まず、政権交代へのハードルが本当に高いのかどうかについて考えてみよう。

 実は、今回の補選の投票率は低かった。

 国民の裏金問題に対する怒りが沸騰していたのに、投票率が低かったのは、有権者の中に、「選挙に行ってもどうせ何も変わらないだろう」という諦めと政治への強い不信があったからだ。これでは、いくら野党が頑張っても投票率は上がらず、組織票が多い自民や公明党に有利だというのがオーソドックスな見方かもしれない。

 しかし、この低投票率については、二つの意味で野党、とりわけ立憲側にプラスの面がある。

 まず、低投票率でも島根1区で自民党が大敗したのはなぜか。

 時事通信の出口調査では、自民党支持層の2割が立憲候補に投票した。JNN(TBS系の民放ネットワーク)の期日前出口調査では、これが3割だった。これは、2月9日配信の本コラム「独自入手『自民党員1000人調査』で見えた岸田政権崩壊の予兆『自民に投票しない』が2割強の衝撃」で紹介した自民党員調査の結果どおりだ。

 自民支持層のかなりの部分が、棄権ではなく、わざわざ投票所に足を運んで立憲に入れるというとんでもないことが、実際に起きたのである。

 同じことが次の総選挙で起きれば、自民票が大きく減り立憲票に上乗せされる可能性が高い。これまでにない地殻変動である。

 低投票率については、「伸びしろ」というもう一つのプラス面がある。

 今回は、仮に立憲候補全勝でも、国会での自公圧倒的多数は変わらないことはわかっていた。そんな「意味のない」選挙に、GWのお祭りムードの中で無理して投票に行く気がしないという有権者が多くても不思議ではない。

 しかし、次の総選挙では、大きな変化が期待できることが今回の選挙でわかった。これにより、「選挙に行っても無意味」というムードが、「選挙に行って政治を変えよう」となり、投票率が大きく上がる可能性が高い。2009年の民主党政権誕生の時も、政権交代の可能性が高いと報じられたことで投票率が大きく上昇して民主党大勝となった。

衆院東京15区補欠選挙で候補者の応援演説する日本維新の会の馬場伸幸代表(4月)

 もう一つ、大きな地殻変動がある。維新人気が急降下していることだ。

 長崎3区では、立憲と日本維新の会の一騎打ちで維新が完敗した。

 都市型選挙の東京15区でも、維新候補は立憲候補に大差をつけられた上に、完全無所属候補にまで敗れた。政治資金改革が主要テーマだったのに、「改革政党維新」という宣伝文句が全く通用しなかったのだ。

 今回の選挙で、維新は立憲を叩く戦略をとったが、これにより、有権者に自民に近いとみられて失速した。維新の馬場伸幸代表はいまだに立憲叩きを続けている。もはや、「自民に近い維新」というイメージを拭い去るのは難しい。これを立憲がうまく利用すれば、特に都市部では、維新と戦っても勝てる選挙区が増えるだろう。

 さらに、連合とその支援を受ける国民民主党の力もかなり落ちている。   

 長崎と島根では国民が立憲候補を応援したが、共産党が自前候補を立てずに立憲候補を支援した効果の方が大きかったと見るべきだ。

 東京で都民ファーストの会と組んで立憲候補に大敗したことも、国民の力が非常に弱くなったことを明示した。国民の自民補完勢力というイメージが強まった結果であろう。

 連合の芳野友子会長もまた自民に擦り寄っていたが、今後は、その連合が味方につくことで、自民寄りと見られる効果のマイナスが大きくなるはずだ。

 次の総選挙では、「共産党と組む立憲は共産主義勢力だ!」という自民、維新、国民などからの批判を立憲が過度に恐れる必要はなくなった。

 以上のとおり、さまざまな観点から見て、これまでの政治の常識、というより政治部記者の常識が通用しない大きな地殻変動が起きている。

 それを明確に認識した上で、当面の国会について、何が最も重要かを考えてみたい。

 冒頭で紹介したとおり、大手メディアの政治部記者たちは、終盤国会の焦点は、規正法改正を「今国会中に実現できるかどうか」だと報じている。

 しかし、これは、規正法改正実現で裏金問題を収束させ、その後は、6月からの定額減税実施や春闘の結果を反映した賃金上昇などを材料として支持率アップを狙う岸田首相のシナリオに乗った報道に過ぎない。

 そもそも、自民党政治の問題の本質は何かというと、補助金、減税、公共事業の配分などを期待する企業・団体・富裕層に、政治献金やパーティー券購入で自民党に資金を提供させ、その資金を使って選挙を戦い権力を維持するという金権体質にある。

 1件ごとの献金と利益供与が結びつけば「贈収賄罪」だが、阿吽の呼吸で特定の結びつきを見せないため、実際には野放し状態である。こうした仕組みの中で、政治家は裏金を作り、選挙で広い意味での買収が行われてきた。今回の裏金問題は、それを見事に暴露したわけだ。

 この構造はかねて問題視され、1994年成立の政党助成法や99年改正の規正法では、公費による政党助成金導入の代わりに企業献金を廃止することを大きな目標として設定していたが、実際には企業献金は残し、政党は国民の税金による政党助成金を受け取るという「二重取り」の制度となってしまった。

 こうした経緯と問題の本質を正しく理解すれば、これから行われる政治資金改革においては、「企業団体献金」を全面禁止することが最重要だということがわかる。

 その際、裏金問題の温床となった「政治資金パーティー」(献金の上限や情報開示の規制の抜け道となっている)を個人向けやネット開催も含め全面禁止することも必要だ。

 二階俊博自民党元幹事長が5年で50億円を使った例に見られるように、使途不明で許される巨額の資金を政党幹部に流すことにより、選挙における買収資金などに使われてきたと見られる「政策活動費」の全面禁止も必須である。

 これまでの政治資金改革が失敗に終わったのは、この禁止3点セットを実施しなかったことが原因だ。

 この本質を国民が理解することが必要だが、そのためには、まず、裏金問題の全容解明を行うことが大前提となる。裏金作りがいつからどのように行われ、その裏金がどう使われてきたかを明らかにすれば、前述の禁止3点セットがいかに重要かが理解できるだろう。

 そのためには、忘れられた森喜朗元首相や二階氏を含めた関係者の証人喚問を終盤国会の最大のテーマとすべきだ。これを自民が拒否するなら、野党は全ての審議を拒否し、今回の補選で示された民意に応えよと自民に迫れば良い。

 大手メディアの政治部記者たちは、こうした本質論を無視し、証人喚問も忘れたまま、今国会で規正法改正ができるかどうかが焦点だなどと喧伝する。そのために野党も妥協が必要だという方向に世論を誘導しようとしているのだ。

 彼らは、「企業団体献金の禁止を野党が主張しているが、これはハードルが高いので実現は難しい」と決めつけているが、過去の経緯を無視した暴論だ。

 国会最終盤になれば、全く内容がない自民案に反対する立憲民主党など野党に対して、政治部記者たちは、「今国会で改正を実現する」ためには、「妥協が必要だ」という論調の記事を流すだろう。

 その際注意すべきは、維新の出方だ。

 維新は、政治資金パーティーについて、個人向けは残すという妥協をする可能性が高い。彼らは、収入が激減するのでこれを絶対に残したいと考えている。政策活動費もなんらかの形で残したいと考える維新はそこでも妥協するだろう。

 自民との妥協を選べば、企業団体献金という本丸中の本丸はもちろん禁止できない。

 維新との妥協案ができれば、自民は、「議論は尽くした。お互い妥協するのが民主主義だ。妥協案を頭から拒否する立憲の態度は許されない。『今国会中に改正を実現』できなければ、その責任は全て立憲にある」と批判するだろう。

 維新も、「立憲は批判だけの『古い』『昭和』の万年野党だ。維新こそ、古い政治に終止符を打つ、真の改革政党である」と攻め立てる。

 だが、立憲は、このような批判に怖気付いて中途半端な改正で折り合ってはいけない。そうなれば共犯者となり、次の総選挙で自民批判ができなくなるからだ。

 万一、裏金問題が、規正法の「なんちゃって改正」で「一段落」となれば、6月からの定額減税と春闘の効果による賃上げなどを実感できるタイミングで解散総選挙だという岸田首相の思う壺である。

 こうした展開を予想して立憲などの野党が今すぐなすべきことは何か。

 まず、審議拒否も辞さない強い姿勢で証人喚問を要求して実現する。

 その上で、

・企業団体献金の全面禁止

・政治資金パーティーを個人向け・ネット開催も含めて全面禁止

・政策活動費の全面禁止

の3点が、自民の「贈収賄政治」を根本から断つために不可欠であることを強く主張し、これができない規正法改正なら今国会での成立はさせないと宣言する。

 同時に、次の総選挙でこれらを争点として国民の審判を仰ごうと唱えるべきだ。

 本物の改革は自民党政権にはできない。

 私たち国民は、岸田政権と政治部記者たちの世論操作に騙されず、立憲中心のリベラル政権実現を目指すべきだ。