親が敷いたレールや「こうあるべきだ」という固定観念から自由になる。簡単なようで、子どもにとっても親自身にとっても、なかなか難しいことだ

 3人の子どもの不登校を経験し、不登校の子どもやその親の支援、講演活動などを続ける村上好(よし)さんの連載「不登校の『出口』戦略」。今回のテーマは「不登校で選択肢が広がる」です。

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 前回の記事では、不登校は子育てのあり方や親子関係などを振り返る絶好のチャンス!ということについてお話をしました。

 今回は「不登校で選択肢が広がる」ということについて、お話ししたいと思います。逆説的に聞こえるかもしれませんが、私は本当にそうだと思っています。

 不登校の相談を受ける中で親御さんからよく聞くのは、「子どもに良い教育を受けさせたい」という言葉です。「良い教育を受けさせたい」は多くの場合、「偏差値の高い中学や高校」「一流大学」に入ってほしい、ということで、ゴールは「一流企業」です。

 最近は、「良い教育=偏差値の高い学校」ではないという考え方も広がってはいますが、「良い教育」のために勉強を頑張らせて、中学受験が終わったところで子どもの気持ちがポキッと折れてしまう、あるいは、希望の学校に入れず、大学受験でのリベンジを期して入学と同時に塾にも通わせ、子どもは疲弊していく、ということは少なくありません。私は、良い学校に入れてあげたいと必死に頑張る親御さんと、その意思とは裏腹に、子どものほうは頑張れば頑張るほど体力も気力も限界に近づき、次第に勉強が嫌いになって、付いていけなくなって、不登校になる、というパラドックスをたくさん見てきました。

 ここまで読んで、「不登校はやはり選択肢が狭くなるのでは?」と思われる方もいるかもしれません。でも、ちょっと待って。

 親御さんに「なぜお子さんに良い教育を受けさせてあげたいのか」と聞くと、圧倒的に多い答えは「子どもの将来の選択肢を広げてあげたい」です。これに対して、私はいつも「本当にそうでしょうか」と答えてから次のように話します。

「良い中学校とはどの学校なのか、頭の中で候補をあげてみてください」
「次に、一流大学とはどの大学なのか、頭の中で候補をあげてみてください」
「最後に、一流企業とはどの企業なのか、頭の中で候補をあげてみてください」

 最後に、「頭の中ではだんだんと、選択肢が狭まっていませんか?本当に広がっていますか?」と尋ねると、みなさんハッした表情になります。

親が思い描く「子育ての最終ゴール」は、かなりの狭き門であることがほとんど。良い教育の先にあるのは、何校かの大学と一握りの企業だったりする photo iStock.com/winhorse

 お子さんには選択肢を増やしてあげると言いながら、親が心の中で望んでいる、あるいは思い描いている「最終ゴール」はかなり数が少なくなっているんですね。選択肢は、増えるどころか少なくなっているのです。

 私がこの質問をするまでは、親御さんたちの頭の中には「ピラミッド」があって、その頂点にどうやって立つかを見ながら子育てをしていたんだと思います。ですから、ここで視点を変えて、ピラミッドではなく「ジョウゴ」を思い浮かべてほしいのです。その上で、「子どもの将来の選択肢を増やす」の意味を改めて考えてもらいます。

 どんな親も、子どもには幸せな人生を送ってほしいと願っていると思います。本当の意味で「選択肢を増やす」には、子どもが一つずつ自分で選び、自分で広げていくしかないんです。親の役割は、子どもが自ら選択した道を歩めるように背中を押したり、子どもが本来持っている「生きる力」を信じて見守ったりすること。その過程では失敗もたくさんしますが、試行錯誤した経験こそが糧となり、人生の道が広がっていくのだと思います。

 お子さんの目的意識がはっきりしていて、自分の意思で「医者になりたい」「弁護士になりたい」「学校の先生になりたい」という将来を思い描いているのなら、そこに向かって行けばいいでしょう。親は後方支援をすればいいのです。でも、親の期待が先行して無意識に誘導してしまうと、学校選びもそのレールから外れることができず、会社選びに至っても、「せっかくあの大学に入ったのになんでそんな会社を選ぶの?」「いい大学に入ったのになぜそんな職業を選ぶの?」などと子どもの選択を否定するようなアドバイスをしてしまうことになります。選択肢は、増えるどころか少なくなってしまうのです。

 こんな偉そうなことを言っている私自身も、以前はそういう親でした。

 長男が不登校になる前の私は、フルタイムで上場企業に勤務しており、周りは一流大学を卒業した人ばかり。とはいえ、私自身にいわゆる学歴があったわけではなく、当時大人気だったツアーコンダクターになる夢を追いかけて専門学校に入学し、たまたま時代が良かったので大手企業に入社できました。子どもにはしっかりと学歴をつけてあげなければいけないと思い込み、教育ママのスイッチが入って、塾や習い事に通わせ、先回りばかりして、いつの間にか、子どもが自分で考える時間を奪っていました。

 長男が不登校となり、当初は、「いい学校に行かせる夢は絶たれた」と半ば絶望していましたが、次第にそんな絶望が懐かしくなるくらい、不登校は深刻化し、引きこもりという状態に突き進んでいきました。いまでこそ、「どうしてあんなふうに考えていたんだろう……」と不思議に思いますが、田舎から出てきて、どこかで「都会の暮らしには学歴が必要だ」とインプットされてしまったのだと思います。何より、自分の中に学歴コンプレックスがあったのでしょうね。

 長男が引きこもりになって、まず思ったのは「生きてくれているだけでいい」ということでした。そして「いつかは世の中に出ていってほしい」という希望を抱いて、それまではじっくり寄り添ってあげよう、と決めました。どんな学校でも、どんな仕事でもいい。長男の人生は長男のものなんだから、本人が自分で決めることだ。そう思えるようになったのです。

 私の子どもへの期待のハードルはどんどん下がっていき、ふと、あるアイデアが浮かびました。ちょうど息子に対する言葉かけを変えてコミュニケーションも良好になってきた頃で、ならば家事を手伝ってもらうようにしようと思いたち、家事を細部化して値段をつけました。食器洗い100円、洗濯取り込み50円、たたんでくれたら50円、掃除機をかけたら300円、夕飯作りは500円、といった具合です。人のために働くことで、その対価としてお金がもらえるということを体験してもらうのが、長男のためになるのではないかと思ったのです。

 長男はいろんな家事を引き受けてくれて、1日で1500円ほど稼ぐこともありました。家計にはちょっと痛手でしたが、うれしい悲鳴。実際、家事をやってくれると私はとても助かるので、「食器洗い、本当にありがとう。疲れて帰ってきて台所がきれいだと本当に助かる!」「帰ってきたらごはんができているなんて、本当にしあわせ!ありがとう!」と伝え続けました。「あなたのおかげで助かった。ありがとう」と感謝の気持ちを伝え続けることで、息子に自分の存在意義を感じてほしかったし、仕事というのは人の困りごとを代わりに解決してあげて、それに対する「ありがとう」の感謝の気持ちがお金に変わるんだよ、と知ってほしかったのです。

長男(左)は、石垣島食文化を全国に届ける農事組合法人で就労を体験。法人の代表(右)にはとてもお世話になりました。久々の再会に、この笑顔 photo 村上さん提供

 働く意義と自分の存在価値を少しずつ確立していった長男は、徐々に元気を取り戻していきました。

 さらにその頃に出会った若者支援団体「耕せにっぽん」で長男は劇的な変化を遂げて戻ってきました。耕せにっぽんでは若者たちが寮生活をし、就労体験をしながら自立の道を見つけていきます。月曜日はガソリンスタンド、火曜日はカフェ、水曜日はお菓子工場、木曜日はディスカウントストアの品出しなど、さまざまな職業を通して、自分の得意なところを自分で見つけて、仲間からもフィードバックをもらいます。苦手だと思い込んでいたことが、実は人の役に立っていたことに気づき、苦手意識がなくなるなど、若者同士が互いに成長していくという上昇のスパイラルができあがっている自立支援施設です。

 長男は「自分は人が苦手だから接客業は絶対無理」と思い込んでいましたが、こうした体験のおかげで、ガソリンスタンドやお土産屋さんの接客で大きな喜びを感じた様子。家に戻ってきてからはしばらくの間、飲食店などでの接客業に従事しました。

 不登校を経験したことで、親が良かれと思って敷いていたレールから外れ、世の中にある全ての仕事は素晴らしいことということを貴重な就労体験をから学ぶことができて、親の私たちも、「仕事とは人を喜ばせること。どんな仕事も尊い」と、心の底から子どもたちに言えるようになりました。

 私はいま、3人の子どもに、「世の中にはいろんな仕事があるから、何でもやってみたらいいと思う。体験してみないと自分の得意なことも苦手なこともわからないよ。いろいろやってみるうちに、自分はこれで人の役に立てそうだ、ということが必ずわかってくるから、それがわかるまでは何回でも仕事を変えていいと思うよ。不安なこともあるかもしれないけど、これだ、ということが必ず見つかるから絶対に大丈夫」と話して、背中を押しています。

 変化の大きい現代は、一流の会社に入ったから一生安泰ということはありません。同じ会社で一生働き続けるという時代でもなくなりました。だからこそ、偏差値の高い中学校、高校から一流大学に入学することを子育ての一番の目的にすることは、リスクにもなるのではないかと私は考えています。

 不登校になると将来が閉ざされる、と感じるかもしれません。ですが、自分たちが「こうあらねばならない」「こうあるべきだ」という固定観念を取り払うことで、不登校はチャンスに変わります。そのきっかけとしては、不登校はとても良い機会です。ぜひ、明るい見通しを立ててくださいね。

 次回は7月16日配信。「不登校のわが子に向ける視線を変えたら、世界が180度変わり、親子を取り巻く状況も変わっていく」というテーマでお話しさせていただきます。