ついに発表された新型フェラーリ。その車名は実に驚くべきものであり、時代にあらがうようなネーミングには、フェラーリの決意と自信がに滲み出ていた。正式発表に先立ってイタリアのマラネロで行われたジャーナリスト向けの特別な内覧会に立ち会ったエンジン編集長の村上が、その名前に込められた熱い想いをリポートする。

シンプルにして大胆不敵

「エンツォ・フェラーリ」や「ラ・フェラーリ」という、初めて聞いた人が思わず仰け反ってしまうようなシンプルにして大胆不敵な車名を、飛び切り重要なモデルに与えてきたメーカーのことである。もはや、どんな名前のクルマが現れても驚かないが、それにしても、まさかここまでストレートにくるとは! 



5月3日、フェラーリのアメリカ上陸70周年を記念して、グランプリ・ウィークのマイアミで開催されたイベントに登場したニューモデルの名は「12Chirindori」。イタリア語を無理やりカタカナにすると「ドーディチ・チリンドリ」。英語ならば「トゥエルブ・シリンダー」。すなわち、日本語では「12気筒」ということになる。

この車名に、多くのクルマ好きはどんな印象を抱くだろうか。もちろん、意外ではあるだろうが、イタリアには、文字通り4枚ドアを意味するマセラティの「クアトロポルテ」という名を持つ名車もあるし、戦前の栄光の時代のアルファ・ロメオは「6C」とか「8C」とか、まさに気筒数に由来する名前を持っていた。それを考えれば、決して突拍子なネーミングではない。いや、それ以上に、なによりも「いま・ここ」で、あえて「12気筒」という大看板を掲げたことに、私は、フェラーリがこのクルマに託した熱い想いがそのまま伝わってくるように思ったのだ。 

発表に先立ち、イタリアのフェラーリの本拠地マラネロで、ジャーナリスト向けの特別な内覧会が開かれた。そこでの説明によれば、実際にこのクルマを開発し始めたのは4年前だという。すなわち、まさに内燃機関に対して世間の逆風が強まり、多くの自動車メーカーが急ピッチで電気シフトに取り組む中で、フェラーリはあえて「12気筒」を全面に押し出した、言うなれば時代の流れに逆行するようなモデルを世に問うことを決断し、その開発をその後のコロナ禍の数年の間、コツコツと進めていたということになる。 

その意気やよし。もはや確信犯と言うべきだろう。ひょっとすると最後になるかも知れない自然吸気12気筒をフロント・ミドシップに搭載する後輪駆動モデル。それは、1947年に登場した145S以来、フェラーリのプロダクト・カーのメイン・ストリームはフロントV12エンジンの2シーター・ベルリネッタにあったのだ、ということを強烈に印象づける、いわば集大成のモデルでもある。以下に、その中味を詳しく見ていくことにしよう。

365GTB4デイトナを想起 

12チリンドリの開発コンセプトは極めてシンプルで、「パフォーマンスとコンフォートの完璧なバランス」にあったという。リアではなくフロント・ミドシップにエンジンを置くことにより、十分にコンフォートなキャビンのスペースを確保する一方で、リア・アクスル上にギア・ボックスを置くトランス・アクスル・レイアウトを取ることで、パフォーマンスに大きく影響する重量配分も、前48.4、後51.6%という極めて理想的な数字を得ている。ちなみに、車両乾燥重量は1560kg。12気筒モデルとしてはかなり軽く、徹底的な軽量化が図られたことが窺える。 



スポーツカー・ドライバーを対象とするモデルを左側に、レーシング・パイロットを対象とするモデルを右側に配置した現行フェラーリのプロダクション・モデルのポートフォリオの中では、12チリンドリはちょうど中間に位置するという。すなわち、一番左側にいるのがローマとローマ・スパイダーで、その右隣がプロサングエ。逆に一番右側にいるのはSF90とSF90スパイダーで、その左隣が296GTB&GTS。そして、プロサングエと296の間に入るのが12チリンドリというわけだ。こう説明されると、「パフォーマンスとコンフォートの完璧なバランス」という開発コンセプトが良く分かる。 

別の言い方では、「パワフルでアグレッシブ、けれど洗練されていてミ二マル」とも表現していた12チリンドリのデザインは、まさにそれをそのまま表現したものになっている。フロント・マスクを見て誰もがすぐに想起するのは、1965年の365GTB4デイトナだろう。フェラーリ自身が、1950から60年代の伝説的グランド・ツアラーをインスピレーションとしていることを謳っているのだから、それも当然のことだと思うが、リアに視線を移すと、まるで違った印象の極めて未来的な後ろ姿が現れる。ローマに似た宝石のようなテール・ランプに、コーダ・トロンカの現代的解釈とも言えそうな下部のディフューザーに向けてグッと切れ込んだリア・エンド。 



とりわけ特徴的なのは、ほとんどまっ黒と言っていいくらいにダークなリア・スクリーンからリア・エンドに向けて、三角形に拡がっていく「デルタ・ウィング・シェイプ」とデザイナーのフラヴィオ・マンゾーニ氏が呼ぶ造形だ。リアの両側部分はフラップになっていて、速度や走行状況に応じて上下するという。このデルタ・ウィング・シェイプはルーフからリア・クォーター・ガラスにかけても反復されており、マンゾーニ氏は「ダブル・デルタ・ウィング・シェイプ」と表現していたが、まるで宇宙船みたいだと私は思った。 

このアイデアがマンゾーニ氏はよほど気に入ったらしく、さらにインテリアにも同じ造形が反復されていることを、後から知ることになった。運転席と助手席の間にあるコンソールに、同じ造形のフローティング・ブリッジがあしらわれているのだ。 



インテリア全体のデザインは、ローマのダブル・コクピット・デザインをさらに推し進めたものだ。助手席側にもモニターがあるので、まるで運転席と変わらない印象で、ふたつのコクーン(繭)がほぼ左右対称に並んだようになっている。洗練されていてミニマルなデザインとは、まさにこういうものを言うのだろう。

スパイダーも登場 

さて、このクルマの主役である12気筒エンジンについても、しっかりと見ていくことにしよう。ドライサンプ式を採用し、フロント・ミドシップに深く低く押し込まれた赤い結晶塗装を持つ自然吸気6.5リッターV12エンジンのコード・ネームはF140HD。番号からわかる通り、これまでの12気筒エンジンの最新進化版である。どうやら、一番近いのは812コンペティツィオーネに搭載されたそれで、エンジンに限らず、シャシーなども同車から引き継がれたものが多いようだ。最高出力は830psで最大トルクは678Nm。チタン製コンロッドの採用により回転質量を40%低減するなどして、最高回転数はなんと9500rpmというからまさにレーシングカー並だ。そんなとてつもない高回転型エンジンであるにもかかわらず、最大トルクの80%を2500rpmから発揮する実用的な性能も兼ね備えているのである。 

そのパワー&トルクは、前述のようにリア・アクスル上に配置される8段デュアルクラッチ・トランスミッションを介して21インチの大径タイヤを履く後輪に伝えられる。

シャシーはアルミニウム製で、ホイールベースが812スーパーファストより20mm短縮されているのも、12チリンドリの特徴である。パフォーマンスを重視してのことだというが、さらに12チリンドリには812コンペティツィオーネゆずりの4輪独立操舵システム(4WS)が装備されている。これは左右後輪が別々に操舵可能で、前輪と同位相や逆位相にステアするのはもとより、状況に応じてトーアウトやトーインの姿勢も取るというから、パフォーマンスの面でも安定性の面でも、大いに貢献するであろうことが予想される。 

また、最新技術のひとつとしてブレーキ・バイ・ワイヤー・システムが導入されていることが発表されたが、気になったのはサスペンションについての説明がまったくなかったことだった。前後ダブルウィッシュボーンなのはともかく、パフォーマンスとコンフォートの完璧なバランスを求めたというのならば、なぜプロサングエに採用したプロアクティブ・サスペンション・システムを採用しなかったのだろうか? この問いに対するチーフ・エンジニアのダビデ・ラニエリ氏の答えはこうだった。第1に、パフォーマンスを重視した12チリンドリでは軽量化が重要だったこと。第2に、プロアクティブ・サスペンションは48Vの電源に加えて独自の冷却システムを必要とするが、そのためのスペースが無かったこと。第3に、もともと車高の低い12チリンドリには、車高を上下させるシステムが必要なかったことから、従来の可変ダンパーを採用したというのである。 



ところで、12チリンドリの登場には、もうひとつサプライズがある。クーペと同時にスパイダーも発表されたのである。時速45km/hまでなら走行中でも14秒で開閉できるリトラクタブル・ハードトップを備えたスパイダーは、コクピットの背後に左右ふたつのフィンを備えたスタイルを持っているクーペの未来的なデルタ・ウィング・シェイプが小さくなってしまうのは残念だが、こちらの方がスタイリッシュで好ましいと思う人も少なからずいるのではないか。とはいえ、どちらを選ぶかを悩めるのはとても幸運な人というべきだろう。なにしろ、クーペのイタリア価格が39万5000ユーロというから、日本では7000万円前後になるだろう。むろん、スパイダーはさらに高くなる。それでも欲しいという人は悩む前に即刻オーダーを入れるべきだ。どちらも一瞬で売り切れる可能性が高い。

文=村上 政(ENGINE編集長)



(ENGINE Webオリジナル)