気分が沈みがちな認知症高齢者らに懐かしい日々を思い出してもらい、明るい気持ちになってほしい―。昭和の風景を題材にした絵本が完成した。介護予防などを研究してきた福島医大放射線医学県民健康管理センター長の安村誠司さん(65)が幼い頃の記憶を生き生きと話す認知症の母の姿を見て、福島市出身の日本画家斎正機さん(58)に協力を依頼。安村さんが作品に合う文章を自らしたためた。「症状の進行を少しでも遅らせることにつながれば」と願う。


 「あっという間に、桜のトンネルは終わり、駅に着きました」「いよいよ待ちに待った海水浴に行く日です」。四季折々の風景や日常の何げない場面の絵画に、今にもその通りに絵が動き出しそうな文章が並ぶ。

 「昭和のむかし話―懐かしき時の記憶―」と題した絵本には斎さんの作品30点と共に、各情景に合わせた物語がつづられている。

 山形大大学院医学研究科を修了し、高齢者研究を進めてきた。90代の母が約10年前、「軽度認知障害(MCI)〜軽度認知症」の診断を受けた。「文字が多くて難しい」「楽しい内容のものがない」。好きだった本を読まず、悲観的な話を繰り返すようになった。安村さんは書店やインターネットで認知症の人でも楽しめる本を探したが、適当な本が見つからなかった。

 認知症に伴う記憶障害は比較的最近の記憶が多く、自らの過去の経験を話す心理療法「回想法」によって精神安定や認知機能改善などにつながるとされる。安村さんの母も発症後、6〜18歳の思い出を事細かに話し、その時は本来の明るさを取り戻したという。本の発刊を思いつき、優しく温かい筆遣いで多彩な風景を描く斎さんの絵が頭に浮かんだ。協力を打診し、既にある作品などに安村さんが想像を膨らませて文章を付けた。3分程度で読める長さにして「ガダゴト」「ピーヒャラ」などオノマトペを多用し、五感で物語を感じられるよう工夫した。

 今年4月、福島市のデイサービスセンター「はなみずき」で一部の絵と文章を利用者らに見せると、互いの思い出話に花を咲かせるなどの反応があった。所長の佐久間勇夫さん(44)は「普段は話さないような話題を引き出せた。施設職員が利用者との会話を広げるきっかけの一つにもなるはず」と期待を寄せる。

 国内では65歳以上の5人に1人が認知症になると推計されている。安村さんによると、高齢者を対象に回想法を応用した認知機能改善を目指す日本で最初の絵本。読み聞かせ会での活用なども思い描く。「本の中から一つでも記憶を思い出せる風景があればうれしい」とページをめくる。


■あすから注文販売

 絵本は17日から、各書店で注文販売を受け付ける。1冊3850円(税込み)。


■作品で協力の斎正機さん 「自分にとっても新発見」

 斎正機さんは「作品で記憶を呼び戻せるというのは自分にとっても新たな発見だった」と話す。

 「(絵に合わせて記された)一話一話に安村先生目線の優しさを感じた」と印象を語る。「優しさで覆い尽くして記憶を掘り起こしていく手法」と評価し、「ありそうでなかった分野ではないか。(高齢者らの)お世話をする人が読み聞かせれば、さらにイメージが膨らむと思う」と期待を寄せる。