原靖フットボールダイレクターが舞台裏で行われたやり取りを明かす

 6月12日に開催された第104回天皇杯2回戦、FC町田ゼルビアvs筑波大学は、前半22分に町田の安井拓也が先制点を挙げるものの、後半アディショナルタイム1分に筑波大の内野航太郎が同点ゴールを挙げ、延長戦、PK戦にもつれ込んだ。そのPK戦で町田は2-4と敗れ、ジャイアントキリングを達成されてしまった。

 結果とともに、この試合で問題となったのは町田に負傷者が続出したことだった。特に、前半8分に負傷退場したチャン・ミンギュは左鎖骨骨折、先制点を奪った時のプレーで負傷した安井拓也は右脛骨骨幹部骨折と重症を負った。

 さらに後半25分に交代出場したものの、延長戦前半前に負傷交代したナ・サンホが左足関節靭帯損傷、前距腓靭帯損傷、三角靭帯損傷、交代選手枠がなくなって動けなくなりながら延長戦までピッチに立ち続けたミッチェル・デュークは左大腿二頭筋肉離れとなり、町田は1試合でこれまでリーグ戦にも出ていた選手4人が長期離脱ということになってしまった。

 負傷者が続出したことに加えて、同点ゴールは交代選手枠を使い果たして10人でプレーせざるを得なかった時間に生まれたものだった。

 この試合後、両チーム関係者の間ではどんなやり取りがあったか。試合翌日、原靖フットボールダイレクターは詳細を語った。

 まず明らかになったのは、原ダイレクターは試合後、筑波大の関係者に「おめでとう」と声をかけに行ったということだった。その際、小井土正亮監督から「何人か怪我をさせてしまったみたいで申し訳ありません」という謝罪もあったのだという。

 その後、マッチコミッショナーを含めたミーティングで、試合開始から最初の髙橋大悟の厳しいチャージに対してレフェリーがイエローカードを出さなかったことが、その後の判定に影響したのではないかという見解も示されたということだった。

 ただし、原ダイレクターは筑波大の選手が「やり返すためにいろいろやっているような感じは見受けられなかった」と言う。そして、スピードのレベルの差から「筑波の選手が遅れ気味にプレーしていた」「町田もJ1に参入するにする際に、やっぱりちょっと遅れてしまうっていう現象はあった」と筑波大の選手をかばった。

町田はJFAに意見書を提出

 それでも町田は正式ルートで日本サッカー協会(JFA)に意見書を出す予定だという。もっとも、意見書は「天皇杯の大会自体がより良くなるようにという意見を求められる」ということで、抗議というよりも、「こういう事象が起きていることを確認してもらう」ことが主眼になるということだった。

 試合後、黒田剛監督が記者会見で「反感とか批判とかあることは承知」と言いつつ、「骨折がいます。次、試合できるような怪我じゃないです」「言葉1つ1つがタメ口であったり、乱暴な言葉であったり、大人に向かってもやはり配慮が欠けるような言葉もあった」と怒りを隠さなかったこともあり、この出来事は別のハレーションも起こした。

 1つは「町田は自分たちがやっている激しいプレーをやり返されただけだ」というものだ。髙橋のプレーに警告が出なかったことがきっかけということになれば、確かにその一面はあるかもしれない。ただし、高橋は相手を骨折させたわけではない。

 また、Jリーグが発表している反則ポイント(退場1回につき3ポイント、警告1回につき1ポイント、「異議」「遅延行為」はさらに1ポイント、出場停止1試合につき3ポイント、警告および退場がなかった試合1試合につき、マイナス3ポイント)を調べると、町田は川崎フロンターレ、名古屋グランパス、サガン鳥栖と並んで12位(反則ポイントは少ないチームが上位扱い)と中位に位置する。ことさらひどいプレーが行われているということでもない。

 さらに原ダイレクターは「黒田監督はファウルを嫌っている」と言う。それは相手にフリーキック(FK)を与えることでチャンスを作られてしまうことを恐れ、「余分なことするな」「(反則)厳禁」としばしばミーティングで口にするそうだ。町田には悪いイメージがついているようだが、実体とは少々異なっていると言えるだろう。

黒田監督が試合後に発した言葉について説明…なぜ抗議したのか

 2つ目は、黒田監督が筑波大の選手の態度について苦言を呈したことが「ピッチの上では対等なはず」と批判を浴びた。この点も含み、今回の一連の言葉などについて黒田監督は取材に応じて説明を加えた。

 その黒田監督の話は3点に集約できた。1点目は「監督である以上、選手たちを守るしという意味でやらなければならない」という考え。選手たちが怪我をするようなプレーに対しては、強く抗議しなければいけないという意見だった。

 2点目は指導者に対する抗議。指導者は選手が危険なプレーをするようになっていたら止めなければいけないのではないか、「教育者というものが、その現場にいながら、そういうことに見向きもできない」のに納得できないという、指導者としての役割についての考えだった。

 3点目は、黒田監督が長く学校教育の世界にいた人物ということが関係している。監督はJチームを率いるようになって「この世界に入ると先輩も後輩もない。年上でも対等な言葉で普通に話をする人もいる」と「本当にびっくり」しているのだ。だから、相手選手から軽い口調で謝られても納得できない。

 礼儀作法は社会生活を送るうえで必要なことではあるが、それをプロサッカーの場でどこまで求めるかついては人それぞれ意見があるはずだ。そして、黒田監督は「教育者」として必要だと感じ、それを表現した。

 最初の2点は納得できる部分だろう。ただ、3点目については聞く人によって意見が分かれるはずだ。そのため議論になるのは仕方がないが、双方の立場は並行して交わることがないだろうから大きな意義を持つとは思えない。

審判に求められる「選手を守る」レフェリング

 ここまでの原ダイレクター、黒田監督の言葉が、町田サイドから見た今回の出来事ということになるだろう。そして2人が正面からは批判しなかったことが、今回の問題の根本ではないだろうか。

 それは前半のうちに負傷交代するような選手が出る試合展開になった時、レフェリーがもっと試合をコントロールできないのだろうかということだ。

 たしかに悪意が見えないアクシデンタルな接触や、スピードに付いていけなくて遅れてしまったプレーなどにレフェリーは笛を吹けてもカードは出しにくいかもしれない。また、開始早々のプレーにカードを出すことを躊躇してしまった時、同じ基準を貫かなければならないという呪縛にレフェリーは縛られがちだ。

 だが、そんな「法」よりも、「法の精神」である「選手を守る」という方向でレフェリーはジャッジを下していいはずだ。さまざまな権威などに臆することなく、「安全」の守護者でいてほしい。

 その点で思い出すことがある。2009年9月12日、鹿島アントラーズvs川崎の試合は後半雨脚が強まった。岡田正義主審は試合を止め、何度かピッチ状態を確認したものの中止を決めた。それまでJリーグでは降雨による試合中止という例がなかったため、この決定に両チームは大いに抗議したという。

 のちに岡田主審に話を聞いた時、「選手の安全を守るためでしたから」と一切の後悔がなかった。当時は非難の声も大きかったが、15年経って考えてみると、あのとき怪我人が出てしまっては、その年の1位、2位だった鹿島と川崎がその成績を出せなかったかもしれないと思う。

 たとえ途中で判断基準を変えたと思われても、選手を守っている限り、レフェリーはきっと歴史が救ってくれることだろう。これを苦い教訓として、今後の試合では誰も怪我人が出ないように笛を吹いてくれたらと願う。

FOOTBALL ZONE編集部