こうだったらいいな、こんなふうにならないかな、という妄想は誰でも抱いたことがあるのではないでしょうか。しかし妄想にふけりすぎて現実の区別がつかなくなると、日常生活に支障が出ることもあります。今回はある人の妄想に振り回された経験のある私の知人、Sさんから聞いたお話です。

同僚の結婚発表

Sさんは当時、そこそこ名の知れた商社で経理の仕事をしていました。

有名な会社なので従業員も多く、同じフロアで働いていても名前と顔が結びつかないこともしばしばあるほど。

ある日Sさんの同僚の女性が、大きな納期が終わった打ち上げの席で突然口を開きました。
「私、〇〇さんと結婚することになったの」
〇〇さんというのは同じ会社の営業部のエース。Sさんは部署が違うので話したこともありませんでしたが、それでも名前は聞いたことがあるほど優秀な男性でした。
「え、すごいね! おめでとう!」
同僚女性ははにかんで、花嫁修業のため近いうちに退職する予定であることを皆の前で打ち明けました。
「まだ上司には話してないの。私から言うからまだ秘密にしてね」
「うん、わかった!」

お祝いの会を計画したものの……

同僚はとても控えめでおとなしい性格の女性で、見た目もどちらかというと地味なタイプ。

一体どこで営業部と接点があったのかはわからないけれど、バリバリと仕事をこなす営業部のエースだからこそ、同僚のような控えめな女性に惹かれるのかもしれないと皆は納得しました。

「結婚するからといって、あまり大事にしたくないの」
同僚女性がそう言ったため、Sさんたちはあまり大人数には知らせず、仲の良い人たちだけを集めてささやかなお祝いの会を開くことを決めました。

「一応旦那様も呼んだ方がいいかな?」
「そうだよね、直接お祝いを伝えたいし」
Sさんは他の同僚と一緒に、今まであまり足を踏み入れたことのない営業部へ出向きました。
「すみません、〇〇さんはどちらに?」
近くにいた男性にそう聞くと、その男性は驚いた顔で「〇〇は僕です」と言いました。
「経理の人ですか、珍しいですね。どうかしましたか?」
キョトンとした顔でそう尋ねる営業部のエース。
「うちの△△さん(同僚女性)とご結婚が決まったんですよね? それでお祝いの会を開きたくて……」
「け、結婚!? 僕がですか? いやいや僕もう何年も前に結婚してますけど」

まさかの真実

「え?」
Sさんたちは思わず顔を見合わせました。
「△△さんと結婚してるんですよね?」
「いや、妻は大学の同級生で。△△さんという方とは、話したこともないですよ?」
あまりにかみ合わない会話に、Sさんと同僚はびっくり。

「ねえ、これは一体どういうこと?」
「私もわかんない……でもなんか怖いってことはわかる」
「そうだね」
Sさんと同僚はとりあえずそのまま引き下がり、お祝いの会もなかったことになりました。そして数か月後、同僚女性は宣言通りに寿退社しました。

Sさんが同僚女性とよく話をしていた同僚に話を聞いたところ、彼女には前から妄想癖があったことがわかりました。

しかし、たとえ妄想でも幸せそうだった同僚女性に、本当のことを尋ねる勇気はSさんにはなかったそうです。

妄想が行き過ぎると恐ろしいものがありますね。会社を辞めた後どうするのかはわかりませんが、彼女のこれからの幸せを祈るしかありません。

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:齋藤緑子