毎日の満員電車、理不尽な上司、膨大な仕事量。会社員生活に辟易し、一度はFIREを夢みたことのある人も多いのではないでしょうか? しかし、いざFIREしてみると、夢のような暮らしというわけではなかったというケースもあるようで……。本記事では原沢慧さん(仮名)の事例とともに、FIREの注意点について、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。

早々に会社員を辞めて理想の暮らしを叶えたい

原沢慧さん(仮名/68歳)は53歳でFIREした元会社員です。会社員時代から貯蓄が好きで収入も高かったため、若いころから倹約して貯めたお金を株式投資や投資信託を積み立てで増やし、53歳で1億円以上の資産を創ることに成功しました。

「年を取ってから時間ができてもしょうがない。少しでも早く会社員生活から解放されて、自由になりたい」と、子供達が独立したことをきっかけに、会社を辞めました。

それからは、趣味のスキー三昧の暮らしを望み、降雪量の多い地域に引っ越し。冬は毎日スキー、夏は登山に明け暮れ、それまでに投資してきた資産から得られる収入で生活していました。新居の近所には冬場には毎日のようにスキー、スノーボードが好きな客が集う飲食店もあり、原沢さんは毎日通いつめました。大好きなスキーを楽しみながら同じ趣味の仲間達と楽しく語り合える、まさに原沢さんにとって、理想的な環境です。

しかし、そんなFIRE生活を送っていた原沢さんもいつの間にか年金を受給する年齢になり、想定外の不安に襲われるようになったのでした。

思ったよりも速く資産が目減り…

リタイアした際には1億円以上あった原沢さんの資産ですが、65歳を迎え年金を受給開始する年齢には6,000万円ほどに減っていました。

公的年金を受給し始めるとその金額の少なさを実感し、いまの自分の資産で大丈夫なのかと不安に思うようになります。53歳でリタイアしたあとは厚生年金に加入せずに国民年金であったため、公的年金の金額も思ったより受け取ることができず国民年金と合わせて月額で14万円程度の金額です。

6,000万円も資産が残っていれば通常ならば老後は安泰だと考えるところでしょうが、もともとは1億円あった資産がもう6,000万円にまで減ってしまっっている状況です。原沢さんは「このままでは自分の資産が尽きてしまうのも時間の問題では……」と考えるように。

目に見えて減ってしまう金融資産と、少ない公的年金が段々怖くなってしまい、若いころから続けてきた運用スタイルを変更。ハイリスクで比較的短期での利益を狙った運用に変えたのです。信用取引も行うことにしました。

しかしこれは結果として、せっかく築いてきた資産もそれから3年で2,000万円ほど失うことに。自宅の維持費や修繕に掛かる費用、介護資金など、今後を考えると不安になったまま、15年前の自分の判断が間違っていたのではないかと後悔することになったのです。

失敗の根本原因

運用しながら取り崩すことで資産の寿命は長くなり、同じ金額ずつ取り崩していったとしても資産の寿命を延ばすことが可能です。そのため、老後の資金を運用しながら取り崩すという方も増えてきました。

預金や低金利な保険で運用しているよりも、基本的には運用のほうが資産の寿命を延ばしやすいですが、支出を管理できていなかったり、当初予定していたよりも資産の目減りが速かったりすると、金融資産以外の収入がほとんどない状況では大きな不安に感じてしまう場合もあります。

その結果、手持ちの資産を無理して増やそうと短期で利益を得られるハイリスクな運用に切り替え――これは、よくある過ちです。

株式は長期保有で会社の成長を自身の資産の成長に取り入れたり、配当や優待を長期的に受け取ったりすることで、メリットを享受しやすくなります。しかし一方で、短期的な相場での上がり下がりに投じるのは投機、ギャンブルに近い性質のものになり、長期投資で資産を成長させるよりも難易度は大きく上がります。

特に、信用取引などはそのルールを知らなかったり知識不足だったりすると、非常に危険です。一定以上の含み損が発生すると追加証拠金の支払が必要だったり、強制的に損失を抱えたまま決済されてしまったりといったルールもあり、理解しておかないと思わぬ損失が発生してしまうのです。

原沢さんは、これらのことを理解し、若いころから資産を築いてきたはずでしたが、自分の資産が目減りしていくことの不安から、無理に資産を増やそうと非合理的な判断をしてしまったのでした。資産運用への慣れとこれまで培ってきた自信が、かえって悪路へ進ませてしまったのかもしれません。

早期リタイアして自分のやりたいことをするのはもちろん選択肢として素晴らしいですが、大切なのはやはり計画性と、数字の見える化です。しっかり一生黒字でいられる試算を組むことができ、また思ったよりも支出が多い場合などにどう計画を修正していくのか、いち早く気が付いて手持ちの金融資産を大きく減らしてしまう前に修正することで計画にできるだけ近く、現在の自分の状況に合った生活ができるようになってきます。

FIREする前に考えるべきこと

今回は53歳でFIREした原沢さんの事例をご紹介しました。

厚生労働省の令和3年雇用動向調査結果の概況によると、男性の50〜54歳の離職率は5.6%で、55〜59歳では7.9%、女性の場合は50〜54歳の離職率は10.2%、55~59歳では9.1%が50代で退職していることがわかり、その後就労していることも考えられますが早期で退職している人も多いものです。65歳で定年退職する人に比べてより計画的に老後の資金計画や、その後にパートタイムなどでの就労を考える必要があるといえます。

また、人生100年時代といわれる昨今、65歳から年金を受給開始すれば100歳までに35年もあります。公的年金は最長で75歳まで繰下げすることで年間の受給額を最大84%にまで増やすことができます。

繰下げ受給には当然リスクもあります。公的年金受給時の税金の負担が増えたり、自分の寿命がわからないなかそれほど長生きしない場合には受給額が少なくなったり、総合的な収入が減るといった点です。しかし、年金の受給額が増えれば、資産の目減りを遅らせ、不安を和らげることも可能です。こういった方法も検討し取り入れながら老後の資金計画を考えてみるとよいでしょう。  

小川 洋平

FP相談ねっと

CFP

著者:小川 洋平