今年、デビュー5周年を迎えたポップスピアニストのハラミちゃん(年齢非公表)は、デビュー前の会社員時代に半年間の引きこもり経験を持つ。当時の心境や、自らを再び外の世界に連れ出してくれたピアノへの思いを振り返ったほか、今後の夢についても語った。(松下 大樹)

 一つの質問に対して間髪入れずにスラスラと言葉を並べる姿は、ストリートピアノを囲む人からのリクエスト曲に即興で応える時のスピード感と何一つ変わらない。自分の楽しい過去はもちろん、苦い思い出もピアノを弾く時と同じようにニコニコとした表情で振り返った。

 まだ「ハラミちゃん」になる前のIT企業の会社員として働いていた時のこと。仕事で自分を追い込み過ぎるあまり、引きこもりの状態に陥った。「体調が悪くなって、心も疲れてしまって。人としゃべることもできない、いわゆる『病む』みたいになってしまった」。約半年間、外の世界を遮断してどん底の生活を送った。

 4歳の頃からピアノ一筋。友達からのリクエスト曲を即興で弾き、喜んでくれる顔を見るのが幸せだった。当然のことながら夢はピアニストになること。当時は「ピアノをとったら自分の存在価値がなくなっちゃうと思っていた」という。

 しかし、高校生の時に挫折を経験する。音大を受験するにあたり、先生の前で演奏すると「あなたはピアニストになれません」と告げられた。「ショックではあったけど、不思議と『そうですよね』って感覚もあって、(当時の自分の実力に)目を向けられてなかったことを分からせてくれた」。音大には入学したものの、ピアノ以外の人生も考えるようになり、卒業後はIT企業に就職した。

 最初は慣れない仕事に大苦戦。「パソコンもほぼ触ったことなかったので、新卒研修では当たり前にビリ。周りがパワーポイント(プレゼンテーション用ソフト)を使って資料をまとめてる中で、私はパワーポイントってそのまま『力(パワー)の入れどころ(ポイント)』って意味だと思ってて…」と笑いながら振り返る。それでも、周りの支えに恵まれ「慣れてきたらその会社で働くのが充実感で楽しくなって、のめり込んでいった」と前向きに仕事へ向かうようになった。

 だが、のめり込みすぎるあまり、限界値を超える仕事量に取り組んでしまう。「自分で自分を救ってあげる余裕がその時はなかった」。ストイックな性格の末に陥った引きこもりだった。ただ、そこから休職したのはいいものの、休みの過ごし方が分からない。「今まで夏休みとかもずっとピアノだったので、長期休みを経験したことなくて。ネットで『休む』って調べてみたんです」。検索結果は「アニメを見る」だった。

 初めて「ONE PIECE」を見たり、ゲーム「ポケモンGO」にチャレンジしたりしたものの「ポケモンGOって歩かなきゃいけないらしくて、ずっと家の中だとポケモン出てこなくて…」。時折、心配した友人から外出の誘いもあったが「玄関のドアが怖くて開けられなくて」と断ることが続いた。

 どうしようもない状態から救ってくれたのはピアノだった。会社に入社後は全く触れておらず、「当時は物を置く場所になっていた」。それでも、会社で仲の良かった先輩に「ストリートピアノ弾きに出かけよう」と言われると「『これなら外に出られるかも』って自然にドアを開くことができたんです」という。そこで弾いたのがハラミちゃんの“デビュー作”となる「前前前世」だった。

 外に連れ出してくれた先輩がこの時の動画をYouTubeにアップしたところ、瞬く間に200万回再生を記録。それでも最初は「たまたま一本当たっただけ」とピアニストに転身する気はなかった。しかし、2本目、3本目と動画を上げる度に大きな反響を呼ぶと、心が揺れ動き出した。「自分で動画を見た時にめっちゃ笑っていた。こんなに自分が笑ってるって知らなくて、『人って本当に楽しい時に笑うんだ』って思ったんです」

 どうしようか迷っている時、その先輩から言われた。「人生、笑った回数が1回でも多い人が勝ちだよ」。動画で輝く自分の姿を見て決心した。「笑おうと思ってなくても笑えるって一番幸せへの近道なのかもしれないと思った。今その道が見つかってるなら、この道に全部懸けてみようって」。会社に退職届を出し、ストリートピアノに通い始めた。

 そこから約5年。高校生の時にピアニストにはなれないと言われたことも、社会人になって引きこもりになったことも今は肯定的に捉えている。

 「音大を卒業してピアニストになったとしても今みたいにはなっていないし、会社員生活が順調だったら今でも会社員やっていると思う。あの時はどん底でも、それが一個でも欠けてたら今の自分はいない。そういう瞬間って、次に何か生まれたり新しいことができたりとか、そういうチャンスの時間なのかなって思ってたりしています」

 今は忙しくなっても、自然と笑顔になることができているから、負の感情は出てこない。「朝起きたら、この活動ができるのがすごいうれしい。ありのままの自分でいられていますし、自分はこれだったんだなって感じています」。何も取り繕うことなく生きていることが、一番の幸せだとかみ締めている。

 どれだけ有名になっても変えたくないものがある。「いわゆるコンサートホールでしか会えない、ドレスを着たピアニストよりは、自分はピアノさえあればどこへでも行って何でも弾く。ストリート魂じゃないですけど、ピアノの周りに集まる方々と心でコミュニケーションを取りたいと思っていて、そういう姿をずっとし続けたいです」

 原点は、幼少期に友達からのリクエスト曲を即興で弾いた時に広がる笑顔の輪。ハラミちゃんにとって何ものにも代えがたいものだった。

 そして、実は胸の内に秘めている夢がある。「『ハラミちゃんピアノ教室』みたいなものを作りたくて…」。ピアノをもっと身近な存在にしたいと考えていた。「一部の才能ある人だけじゃなくてみんなが弾けるものだし、自分が好きな曲を自分の指を動かして音色を奏でられた時の喜びを知ってほしい。大人の趣味でピアノっていう人はあまりいないと思うんですけど、もっとスタンダードな趣味にできればなって」。ピアノの輪を広げるため、笑顔の輪を広げるため、今日もどこかで音色を響かせる。

 〇…現在は、5周年記念ツアー「ハラミちゃん生音コンサート2024 極上生肉の調べ」を全国12か所で開催中。自身初となるスピーカーを使用しないライブで、「生音」を存分に楽しむステージとなっている。また、8月3、4日には、横浜BUNTAIで「ハラミちゃん音祭り2024 真夏のSPECIALコラボを召し上がれ!」を豪華ゲストを迎え、開催予定だ。