がんと闘いながら演劇に打ち込む俳優が札幌にいます。「自分らしく」生き、次の世代に北海道の演劇文化を伝えようと情熱を傾ける姿を追いました。

斎藤歩さん、59歳。札幌在住の俳優、劇作家、そして演出家です。12月まで舞台の演出と出演、台本の執筆など予定がぎっしりと詰まっています。

《シリアスな芝居なのに…》

「おじゃましま〜す、おはようございま〜す」

2月上旬、芝居のなかで1度だけ出番がある、いわゆる“ちょい役”の稽古です。斎藤さんは演劇「大きな子どもと小さな大人(作・演出・出演 柴田智之)」のゲスト出演として招かれました。

■斎藤「割とテーマは重くて、障害を持った子どもをお父さんが一人で育てなければいけない。その障害を持った子どもを人形で表現しているんだけれども・・・」

斎藤さんが演じるのは、この父子家庭の支援を決める地域の認定員。父親の代わりに子どもをあやす場面です。台本のト書きには「大きな子供とコミュニケーションをとる」とだけ書かれていました。しかし斎藤さんは子どもにおもちゃはぶつけるは、止めに入った父親に四の字固めをかけるは、舞台上で大暴れ!

■父親役・柴田智之さん「(斎藤さんは)雲の上の人というか大先輩、大先輩ですよね。まさか出てくれるなんて思っていませんから、今回いいよと言ってくださって」

■舞台スタッフ「面白い発想される方なんで、何しでかしてくるんだろう?何、言われるんだろうって」

ところが一つ問題が。斎藤さんはいま、靴をうまく履くことができません。舞台に上がる時に靴を脱げても、舞台からはける時に手間取ると、芝居の流れを止めてしまうかもしれません。

本番で斎藤さんは、靴を履かずにとっさに手で抱えて舞台から降りました。そしてそで口のスタッフに「作品に迷惑をかけなかったか?大丈夫だったか?」と尋ね、控室へと戻っていきました。

《演劇の世界に入るきっかけは・・・》

斎藤さんは、北海道大学在学中に演劇部に入って以来、40年にわたってテレビや演劇、映画の出演、アニメの声優など幅広く活躍してきました。2020年からは北海道演劇財団の理事長も務め、北海道の演劇界をけん引してきました。長年の活動が認められ、昨年度の「札幌芸術賞」を受賞しました。2月13日に札幌で開かれた祝賀会での挨拶で、斎藤さんは冒頭「末期がん(尿路上皮がん)で、4種類目の抗がん剤を打っています」と切り出しました。

《がんと闘いながら舞台へ》

札幌市白石区にある北海道がんセンター。斎藤さんが治療を受けている病院です。

■斎藤「12月の頭まで舞台がいま決まりつつあるんです。生きてますかね?」

■丸山覚主治医「これはわからないです。正直に言います。ただ、いまの治療を続ければその可能性はあるということなので、何もしなかったらちょっとまずいかなと言わざるを得ない」

■斎藤(病室に戻り)「僕に残された時間、とりあえず抗がん剤で抑えながら仕事がどこまでできるか。僕の場合は仕事を選んだから。それをやっていきましょうかって言って治療しているんだけど、どうもなんか(僕に関する)報道を見ると、命を削って芝居をしているみたいな・・・(笑)、違うんだよな、与えられた命で芝居をしているわけ。命を削ってではなくて、ここのがんセンターの人たちがうまく計算して、さらに命を付け足してくれていて、そこで仕事をしているというイメージなんです」

《新たな小劇場の誕生》

4月。帯広帯広市の中心部にある複合ビルの地下に、新たな劇場の建設が進んでいました。平原通り小劇場は客席が80席で、6月15日のこけら落としは、齋藤さんの芝居です。工事関係者や支配人と舞台面の材料を確認していると、舞台面の材料を業者が糊付けする予定だとわかりました。斎藤さんはこれまで芝居小屋を運営してきた経験から、「舞台面って消耗品なんですよ。何年かしたらまた張り替えるので、糊付けはやめたほうがいい」とアドバイスします。

■勝海敏正支配人「心配だったことをいろいろアドバイスいただいて助かりました。小劇場が始まるにあたり、大きくアピールしなければならない。それやはり斎藤さんに頼むのがいいかなと」

■斎藤「他の劇場と同じことしたくないなって思ってきた。せっかくだからここでしか見られない“亀”を2ステージ用意してもいいかなと思い始めている」

5月、斎藤さんが脚本と演出、出演する「亀、もしくは・・・。」の稽古が札幌のシアターZOOで始まりました。精神療養所を舞台に、誰が医者で誰が患者なのか、何が正常で、そもそも正常とは何なのか、見るものを混乱に巻き込む風刺劇です。札幌に続いて帯広市、美瑛町で繰り広げられる斎藤ワールドに向けて、熱のこもった稽古が続いています。