M&Aと資金調達のマッチングプラットフォームを運営するM&Aクラウド(東京都千代田区)の及川厚博CEOが、スタートアップや事業会社・CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)のリアルな声を伝え、オープンイノベーションのヒントを見いだしていく連載「スタートアップの突破口」。

 4回目はエレファンテック代表取締役社長の清水信哉氏に話を聞いた。

 2014年に東大発スタートアップとして創業し、セイコーエプソンや三井化学など大企業からの資金調達を機にさまざまな協業を行い、事業シナジーを生んでいるのがエレファンテックだ。

 国内外の大企業と取引し、ディープテック・スタートアップの雄として成長を続ける同社だが、この成長ぶりは彼らに出資してきた事業会社の後押しも大きかったようだ。事業会社とスタートアップが抱えるそれぞれの課題、そしてそれを解決する真の「オープンイノベーション」の姿とは――。

●オープンイノベーション×スタートアップ それぞれの狙い

及川厚博氏(以下、及川): エレファンテックさんは独自の金属インクジェット印刷技術を世界で初めて開発し、量産化に成功して成長しているスタートアップです。セイコーエプソンや三井化学など多数の事業会社からの投資を受け、創業以来、累計100億円の資金調達をしています。簡単に御社の技術や事業からうかがえますか。

清水信哉氏(以下、清水): 当社は2014年に創業したプリンテッド・エレクトロニクス分野の東大発ベンチャーです。独自のインクジェット印刷基板製造技術で電子回路を金属に印刷することで、銅板などの材料を大幅に削減し、CO2や水の排出量も大きく抑えられます。50年ほど前からアイデアはあった技術ですが、それを世界で初めて量産化したのは当社です。

 調達した資金の7割がエクイティで、うちVC・事業会社の割合はだいたい5:5です。大企業からの出資の場合でも、出資するだけで終わらず、技術面や生産面での提携をしつづけてくれています。

 例えば、セイコーエプソンさんは世界的なインクジェット印刷の会社です。当社はインクジェット印刷機を作っているので、技術的なシナジーは多数あります。また、株主の1社である三井化学さんからは、彼らの名古屋工場の中の建屋やインフラを当社がお借りして、量産ラインを作りました。

 三井化学さんは空いている場所に、いずれは自分たちの作る材料を使う可能性のある新しいものを入れたいというモチベーションがありました。他にも当社の株主には、信越化学工業さんや三菱電機さんなどもいらっしゃいます。当社は本当の意味で「オープンイノベーション」をやっている会社だと思っています。

及川: 19年の資金調達では、リードであるセイコーエプソンさんに加え、三井化学さん、住友商事さん、タカハタプレシジョンさん、JA三井リースさんなど計9社から出資を受けました。同年、セイコーエプソンさんが発表した中期経営計画では、オープンイノベーションによる成長加速を基本方針に掲げ、多様な印刷用途に対応するプリントヘッドの外販でビジネスを拡大するという点にも言及していらっしゃいましたが、協業に至るまでにはどのような話があったのでしょうか。

清水: 当時、私たちはようやくラボスケールで物が作れるようになった段階で、量産化するには資金的にもノウハウ的にも厳しい状況でした。細かい話ですが、量産する工場を建てるとなると、警備はどうする、食堂はどう作るかとか、ノウハウがないと結構大変なんです。ですので、量産のノウハウを持っている企業と提携したいというモチベーションがありました。

 他方、出資側にとってもメリットがありました。セイコーエプソンさんは、最大の売上比率を持つ商業・産業印刷、つまり紙への印刷分野に加えて、エレクトロニクス分野でも同社技術を用いて事業展開ができないかということは当然考えられていたと思います。ただ、大企業が新規事業として量産工場を作るには相当のリスクを取る必要があります。そこで、私たちがリスクを取って量産し、彼らがオープンイノベーションという形を取って協業することには、利害の一致があったわけです。

及川: どのような協業関係を想定していたのでしょうか。

清水: セイコーエプソンさんはプリントヘッドに非常に高い技術を持っているのですが、これを作れる企業は世界に数社しかありません。私たちの技術が発達していけば、その印刷にはセイコーエプソンさんのプリントヘッドが使われるわけです。プリントヘッドは消耗品ですので、私たちの製品が使われることでセイコーエプソンさんのエレクトロニクス分野でも事業が成長します。中長期的な研究開発のポートフォリオも含めて、私たちに賭けていただいたということだと思います。

及川: セイコーエプソンさんとはどのようにしてつながったのですか。

清水: いくつかルートがあったのですが、一つは「J-Startup」(経済産業省のスタートアップ育成支援プログラム)でした。私たちは「J-Startup」の1期生なのですが、サポーター企業の中にセイコーエプソンさんがいたのです。

及川: 国の施策でちゃんとマッチングできたのですね。

清水: はい。加えて、セイコーエプソン側の担当者の方が強い熱意で進めてくださったことも要因だと思います。経営企画の方だったのですが、大企業では経営企画だけで出資を決めることは難しく、私が事業部に説明に行く場を調整するといった“アレンジャー”的な役割を担ってくださいました。

及川: スタートアップの場合、誰と組むかで色がつくこともあります。そういう意味で、どのようにして協業先を選んだのでしょうか。

清水: セイコーエプソンさんはインクジェットの最先端技術を持っていますから、最も組みたい相手であり、仮に色がついたとしてもそれで良いと考えていましたから、意思決定も比較的容易でした。

及川: それにしても、中期経営計画でオープンイノベーションと外販をひも付けて発表までできたのは、すごいことですよね。

清水: 技術を真摯に追求している会社であるからこそ、イノベーションが難しい時期もあったと思います。自らの技術に自信を持ちつつも、技術が多様化していく中で市場開拓のためにオープンイノベーションに舵を切ったのは、素晴らしい意思決定だったと思います。

 一方、イノベーションの観点でいうと、三井化学さんは同じメーカーでも異なる点がありました。もともと化学メーカーはリスク込みの研究開発投資を行って大きな事業を作るという仕組みになっており、業界自体にベンチャー的な要素があります。一つ製品化すると何十年も同じ製品で稼げる、Jカーブを掘るビジネスモデルなので、こうした企業が最も恐れるのは世の中の流れの変化に乗り遅れることであります。ですから、新しい技術に投資することが一般的なのです。

 ただ、投資額が大きいので「プラントを作ってみたけれど需要がありませんでした」なんてことはできませんから、私たちがそのリスクを取ってやり切る。スタートアップに量産ノウハウが重なると、やはりよい製品ができてきますから、文字通りWin-Winになっていきます。

及川: そんな会社に選んでもらっているのは「新しい技術」と考えられているということですから、すごいことですね。

●事業会社の支援は「宝の山」

及川: VCと事業会社で、支援の仕方の違いはどのようなところにありましたか。

清水: 三井化学さんの事例でお話しすると、工場内には数多くの規定がたくさんあり、機材や行動までこと細かく決まっていました。現場の方々にとっては面倒なもののように感じられるかもしれませんが、私たちにとってそれは宝の山に見えました。

 大企業の決まり事というのは文字通り“血の結晶”で、プラントの事故も含めたさまざまな事故が起き、その再発防止のための蓄積ですから、それを教えていただけるなんてとても幸運なことです。私たちが大きな事故を一度も起こしていないのは、三井化学さんの影響がとても大きいと思っています。

及川: なるほど、それは組む価値がありますね。「ミスをしない」ということに対して組織のカルチャーを含めて圧倒的に作りこまれているからこそ、うまく同居できると。

清水: 本当にすごいですよ。

及川: 海外進出もしていると思いますが、これも出資企業が関係していますか。

清水: 19年の資金調達ラウンドで住友商事さんに入っていただいており、海外展開のお手伝いはかなりしていただいています。一方で、海外のお客さまからのインバウンドも多いです。ネットゼロ(温室効果ガスの排出量から吸収量や除去量を差し引いて「正味ゼロ」とする考え方)という世界的な潮流があるからです。

 例えば米アップルは30年までにサプライチェーンのネットゼロを目指していますが、彼らの公開資料によるとサプライチェーンを含めたトータルのCO2排出の10%程度はプリント基板からであると推測できます。そんな状況下で、私たちが「超低環境負荷で既存製品と完全にコンバートできるソリューションを開発した」と言えば、サプライチェーンのネットゼロ達成を目指すグローバル企業からは連絡が来ます。住友商事さんはそうしたグローバルでの認知度向上活動に積極的にご協力いただいているという形です。

 もう一つグローバルトレンドとして「サプライチェーンセキュリティ」もあります。半導体の基板の7割が中国で生産されていることが背景にあり、これも当社の売上ドライバーの一つになってきています。

及川: 住友商事さんは、海外でのキーマンを清水さんとつないでくださるといったこともあるのですか。

清水: それはけっこうありますね。あと、住友商事さんにはスミトロニクスという電子機器製造受託サービス(EMS)を行っているグループ会社がありまして、その会社を経由してご紹介いただくこともあります。

及川: VCからはどんな支援を受けていますか。

清水: 採用支援や勉強会の開催、資本政策や社内制度に関する相談など、典型的な投資先支援はかなりしていただいています。そういうことは事業会社にお願いするのはちょっと難しくて。経営という観点では、社外取締役は意図的にVCだけに入っていただいています。事業会社から入っていただくと、正直なところ経営の意思決定が難しくなる部分もあると考えて、オブザーバーまでとしていただいています。

及川: 事業会社側から「絶対これをやってほしい」といわれることもあると聞くこともあります。

清水: 私たちは全ての事業会社さんと共同研究や開発をしているわけではありません。私たちが今後の材料のニーズや将来のマーケットの展望といった情報を提供し、それに対して事業会社側から事業や共同研究の提案を適切なタイミングでしていただくようにしています。

及川: お互いにいい距離感なのですね。

●大企業との連携で見えた スタートアップエコシステムの劇的変化

及川: 事業会社との連携や協業が生んだメリットをお聞かせください。

清水: ハード面では先ほど申し上げた量産化ですね。ソフト面でいうと、人や企業を紹介していただける点が大きいです。非常にマニアックな技術を開発している会社ですので、ピンポイントで「こういう技術を持っている会社とつながりたい」ということがあります。

 当社は業界の大手企業にも参画いただいていますので、そうした企業を経由してつながりをつくることはあります。また、採用にも効きます。当社が求める機械や化学のエンジニアは終身雇用のメーカーにいることが多く、流動性が低いため採用の難易度がとても高く、スタートアップだとさらにハードルが高くなります。ですので、大手メーカーからの出資を受けていることは採用面でプラスに働きます。

及川: 株主企業からの出向社員もいるのですか。

清水: かなりいます。場合によっては事業会社側が共同研究をしたいので出向してきて一緒にやることもあります。これは、大学の研究室との共同研究に近いかもしれません。逆に、私たちのほうに人が足りなくて、出向をお願いすることもあります。

及川: 面白いですね。

清水: 大企業と連携してみて感じるのは、“大企業は誰も自社の全貌を知らない”ということです。例えば三井化学さんのカタログに出ている材料というのは一部であって、研究所を含めて持っている技術はもっと多いわけです。一般公開していないうえ、研究所の中で開発しているものは「○○さんの技術」というように人にひもづいているようなものも結構あるんです。

 ですから、正面から営業にアクセスしてもなかなか出てこないものも多く、彼らのインナーサークルのネットワークを持つ人が、うちに一人いると変わってきます。これは大企業ならメーカー以外でも同じだと思います。

及川: ある意味、現代版“井戸端会議”が重要になってくるのですね。協業で苦労したことは。

清水: 今は大丈夫ですが、初めは付き合い方が分からずけっこう苦労しました。大企業の場合、プロセスを重視するところがあり、タイムリーに情報をアップデートする必要があります。後になって「こういうニーズがありました」「実はこういうことが起きていました」というようなことが起きると、大企業との連携は難しくなります。

 ですから、毎月のレポートはかなり細かいことまで盛り込んでコミュニケーションをとるようにしました。逆に言うと、プロセスさえきちんと踏んでいれば揉めることはないです。

及川: スタートアップのスピード感を持ってやらなくてはいけない部分と、大企業目線で物事を進めていく部分を切り替える必要があるのは、経営者としては相当なマネジメント力が必要ですね。

清水: でも、当時から比べればずいぶん楽になった気がします。私たちが慣れてきたのもありますが、世間的にもスタートアップに対するプラクティスができてきたことも影響しています。各企業の中で、スタートアップ出資のケイパビリティのある人が増えてきました。当社でも19年のラウンドと、22年や23年のラウンドを比較するだけでも全く違いますよ。

 一例を挙げると、スタートアップには種類株がたくさんありますよね。マイノリティ出資のセクションもなく、M&A担当の人に種類株の説明からしなくてはいけないこともありました。さすがに今は、そういうこともあまりないのではないかと思います。

及川: エコシステムは進化していますね。

清水: 本当に、すごく進化しました。「全然違うものになった」と言ってもよいかもしれません。

●サステナビリティの流れ 事業会社とスタートアップをつなぐ

及川: 時代の流れとしてサステナビリティに注目が集まっていますが、清水さんは創業時にはコスト面のメリットを強調していたと思います。今のような流れが来ることは読んでいたのでしょうか。

清水: いや、創業時は「水」が来ると思って、「水の使用量が減ります」と言っていました(笑)。水もいずれ来るとは思いますが、ニーズが大きくなってきたのはCO2排出のほう。今はわりとそちらにフォーカスしていますが、創業時から信じているのは「材料が減るのは絶対にいい」ということ。材料が減るという事実は、すなわちコストが減り、人手が減り、CO2が減るという話です。時代に合った、伝えやすい言葉で売っていこうと考えています。

及川: 23年にICT業界大手の台湾企業・LITEONと協業覚書を締結していましたね。

清水: LITEONは日本では聞きなれない会社かもしれませんが、グローバルではパソコンのキーボードにおいて極めて高いシェアを持っています。アップルは30年までにネットゼロができない企業はサプライチェーンから外すと明言していますが、LITEONも主要顧客は欧米メーカーですので、今後ネットゼロの達成が必須です。それがビジネス上の強みになっていくので、LITEONにとって当社と協業することがダイレクトに競争優位性につながることから、今回の発表につながりました。

及川: 世界のトレンドがよく分かりますね。日本でも事業会社とスタートアップの協業を進めるにあたり、オープンイノベーション促進税制を導入し、出資やM&Aもより推進しやすくなった点もあると思います。清水さんはこの税制についてどう捉えていますか。

清水: 日本のお金の偏在具合でいうと、VCと事業会社で比べると、VCの比率は伸びてはいるものの正直まだまだ小さいです。ですから、大企業の資金やリソース、ノウハウをいかに活用するかは非常に重要だと思います。その中で出資やM&Aに対して促進税制をやるというのは重要です。大企業は成功事例が出てくると、よりポジティブなサイクルを早く回すようになると思うので、促進することは非常に意味があると思っています。

 ただ、大企業の意思決定に影響を与えるかというと、ダイレクトには効かないかもしれません。例えば、社会課題の解決に資するスタートアップへの投資やM&Aについては、統合報告書などでの開示を促すといったことのほうが、オープンイノベーションの促進にはいいかもしれないですね。

及川: 私もそう思います。「健康経営銘柄」を作ったように、「オープンイノベーション銘柄」を作るとか。空気づくりが大事ですね。

清水: そうですね。いわゆるGX(グリーントランスフォーメーション)の分野でも大きな投資が始まっており、非常に可能性を感じています。時価総額が13兆円に達する半導体メーカー・東京エレクトロンのように、「ここがなくなったら世界が終わる」というような技術を持つ会社こそ、日本が今後外貨を稼いでいくうえで非常に重要な存在になるでしょう。

 脱炭素の文脈であれば、私たちが「この技術がないと達成できない」という日本発の実例を作っていくことができると考えています。10兆円企業がたくさんできてくれば日本経済にもプラスになりますよね。

及川: 当社もビジョンは「時代が求める課題を解決し時価総額10兆円企業へ」なんです(笑)。

清水: ですよね! そういう会社が増えていくといいですね。

(アイティメディア今野大一)