2022年9月、横浜市内に1号店をオープンして以来、猛烈な勢いで店舗を増やしているのが、鰻専門店「鰻の成瀬」だ。フランチャイズビジネスインキュベーション(以下「FBI」、東京都港区)が運営しており、2023年2月から多店舗展開を開始した。2024年3月には、1号店をオープンしてからわずか1年半で100店を突破。出店のスピードはさらに加速している。2024年4月末には150店を超えるのが確実である。

 これほどまでの外食のスピード出店というと、かつての焼き牛丼「東京チカラめし」、立ち食いステーキ「いきなり!ステーキ」が絶好調だった時の“無双状態”を思い起こさせる。近年では高級食パン「乃が美」、から揚げ専門店「から揚げの天才」も、最盛期の出店ペースは驚異的だった。

 周知のとおり、これらのチェーンは最終的に失速。東京チカラめしに至っては、国内店舗はその名にある東京、さらには関東にすらなく、大阪に1店あるのみとなっている。急速に店舗展開をし過ぎて人材が育たず、他社との競争も激化したのが主たる原因だ。自社内での商圏競合もあった。

 ところが、今のところ鰻の成瀬は、フランチャイズ(FC)システムを導入し、かつて散っていったチェーン以上の爆発力で順調に拡大を続けている。FBIの広報によると「毎週、6店くらいずつ新規オープンしている。最近は、FC店のオーナーが2店目、3店目と複数のお店を出しているケースが多い」とのこと。同一オーナーの複数出店ならば、自社内の競合リスクは低減されそうだ。このままのペースだと、今年中には300店を突破して、350店に迫るのではないか。

 通常は100店も運営すれば、営業不振で閉める店も出てくる。ところが現状は、オーナーの都合により、名古屋市内で1店が閉店しただけにとどまる。オーナーが続けられなくなっても、いったん本部が引き継いで、別の人に橋渡しするオーナーチェンジがうまくいってるという。

●メニューはわずか3種類 職人なしでも提供できるワケ

 鰻の成瀬は、メニューが基本的に3種類しかない。「うな重(梅)」(1600円)、「うな重(竹)」(2200円)、「うな重(松)」(2600円)で、サイズ違いのみだ。他には、瓶ビール(700円)、冷酒(700円)、ノンアルコールビール(550円)などと、飲み物が数種類あるだけである。鰻は肉厚で、通常のものと比較するとサイズが1.5倍ほど大きく、2分の1尾が入っている梅でも、なかなか食べ応えがある。1尾を使う松ともなれば、鰻がお重に収まり切れなくて、はみ出ている。

 メニュー構成が極めてシンプルであり、慣れない店員でも接客・調理しやすい。FBIの山本昌弘社長は「オーダーを間違ったという話を聞いたことがない」と豪語する。思い返せば「吉野家」もチェーン化した初期は牛丼のみで勝負していた。メニューを究極まで絞り込み、オペレーションを簡略化しているのが、スピード出店を可能にする成功要因の一つだ。

 ビールを瓶で提供するため、生ビールを注ぐ技術もいらないし、面倒なメンテナンスも必要ない。接客を担当するホール係は、誰でもできるといっても過言ではない。人材育成に注力しなくても、アルバイトで十分、現場を回せるのだ。

 とはいえ、メニューが超シンプルでも、鰻は「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」といわれる、厳しい職人の世界だ。調理は素人でもできるのか。

 結論からいうと、問題ない。そもそも、鰻の成瀬が登場する前から“鰻のファストフード”を標榜する「名代 宇奈とと」というチェーンもあったほどだ。名代 宇奈ととでは、コストの安い海外であらかじめ調理した鰻を輸入。店では、鰻の両面を備長炭で3分間さっと炙って、提供するシステムを整えている。うな丼を590円で提供しているが、鰻のサイズは小さめ。一番人気の「うな丼ダブル」は、うな丼で使う鰻を2倍使って1100円だ。

 牛丼各社でも鰻を提供している。「すき家」は「うな丼」950円、吉野家は「鰻重」1207円で食べられる。「松屋」も、夏場は「うな丼」を980円から提供していた。このような先例からも、さまざまな仕組みにより、鰻を職人要らずで扱うことは可能といえる。従って、職人を育てる人材育成も不要である。

 鰻の成瀬は“ファストカジュアル”のスタイルだ。一般的な鰻専門店では提供までに30分ほどかかるの対して、鰻の成瀬では10分以内と、比較的クイックに商品を提供できる。ここまで挙げたファストフード系とは異なり、街場の鰻専門店との中間ゾーンを狙っているのが特徴で、新しいマーケットを切り開いている。ハンバーガーになぞらえると、宇奈ととは「マクドナルド」、それに対して鰻の成瀬は「モスバーガー」に照応するだろうか。

 同じような狙いの鰻専門店もポツポツと見かけるが、現状は鰻の成瀬が圧倒的な一人勝ちをしている。鰻の場合、立ち食いステーキ・高級食パン・から揚げのように、どんどん競合店が出てきたり、焼き牛丼のように既存の牛丼店が競合商品を出してきたりすることもない。

 材料面では、商社を通して、中国や台湾などで養殖したニホンウナギを使用している。現在は知名度が上がったため商社からの売り込みも多く、その中から条件の良い会社をチョイスして、複数の仕入先を確保している。

 仕入れた時点では1次調理を施しており、冷凍して各店舗に送る。店舗では、仕込みの段階で鰻を蒸し、オーダーが入ってから焼いて提供する。鰻の成瀬の調理は、関東風の蒸し焼きであるが、しっかりと焼き目を付けており、仕上がりとしては、関西風の素焼きとの中間くらいになっている。中はふっくらとしていながら表面はカリッとしていて、“カリふわ”な食感だ。コクのある甘めのタレで、幅広い年齢層に対応している点も強い。

 店の月商は、平均すると400万円ほど。鰻は、土用の丑の日が1年で最も売り上げが多く、冬に向かって減少するサイクルだが、近年は冬も売れるようになってきた。鰻はテークアウトやデリバリーのニーズも高く、店内飲食の売り上げにオンできるのも強みとなっている。

●「鰻」に注目した、3つの理由

 山本社長は、鰻に着目した理由を3つ挙げる。

 1つ目は、飲食業で立地が関係しない、珍しい業態だということ。ラーメン店やカフェならば、駅前の1等地でないと難しい。ところが、1等地はなかなか店舗物件が空かないので、スピーディに出店しにくい。一方、鰻の場合は、顧客が「鰻が食べたい」と明確な目的を持って来店するので、立地は関係ないと山本氏は考えた。家賃が安い2等・3等立地で、コロナの影響で撤退した店舗の跡地に、居抜きを基本に出店していったので、FCオーナーの負担も少なく、急速に店舗数を伸ばせた。

 2つ目は、1食5000〜6000円を取るような老舗の鰻店は、常連客で回っていて、“一見さん”にはハードルが高いこと。高級店は新規顧客を取るために、インターネットやSNSで宣伝をしないので、そこに集中して広告を投入すれば、一挙に市場が取れると考えた。

 鰻の成瀬では、プレスリリース配信サービスを活用して、新店がオープンするたびに発表している。そのため、オープンを告知する記事が、毎日のようにインターネットをにぎわせている。必要なときには、主要SNSのインフルエンサーを効果的に使って、店舗の売り上げを伸ばすためのコンテンツも作成しており、2023年12月からは、テレビCMも放映している。

 3つ目は、ランチ中心に売り上げがつくれることだ。

 コロナ禍では、居酒屋など夜にお酒を飲ませる飲食店は、自粛を余儀なくされた。その代わりに昼間にちょっと良いものを食べたいといったニーズが広がった。鰻専門店は、そうした顧客ニーズに合致しており、鰻の成瀬の展開が始まる前から好調だった。

 鰻専門店は2000円と高額であっても、顧客からは安いと思ってもらえる。そんな特殊な飲食業態であることもポイントだった。

 横浜市内にあった「復興居酒屋がんばっぺし」が、コロナ禍で経営不振に陥ったことから、山本氏がスタッフと場所を引き継いで鰻の成瀬を立ち上げたという経緯がある。

 復興居酒屋がんばっぺしは、2011年7月に岩手県大船渡市出身のオーナーが、東日本大震災の被災者を集め、雇用創出を目的にオープンした居酒屋だった。居酒屋に匹敵する売り上げを、ランチ中心で、しかもお酒を飲ませずつくるには、鰻が最も有効な業態であったのだ。

●鰻で国民的チェーンになれるか

 FBIは、山本社長が鰻の成瀬のために起業した会社ではなく、FC展開の仕組みづくり、加盟店開発支援など、FC本部の後方支援をメインに2020年に設立した会社である。現在、サポートするブランドは60を超えている。

 山本氏のキャリアは英会話の「ECC」からスタートしており、20代のころから、教室の責任者として運営を任されていた。ECCは英会話教室をFC展開しており、多大な利益を出していたことから、FCビジネスに興味を持ったという。

 そこで、伸び盛りのFCビジネスとして「おそうじ本舗」を展開していたHITOWAライフパートナー(東京都港区)に入社。FCオーナー募集、スーパーバイザー、経営企画など、FCに関するあらゆる仕事に携わって、独立までの約10年間で店舗数は100店舗ほどから約1500店舗にまで急拡大。年商も50億円ほどだったのが、退職するころには約10倍の500億円に達していた。

 当時の経験を生かしてか、山本社長がSNSで創業店・横浜店の売り上げを、良いときも悪いときも公表し続けていることは、鰻の成瀬FCオーナーにとっては安心材料だろう。4月23日は「97,900円 10万円まであと1人!惜しい!」、4月24日には「45,450円 雨に完敗です。悔しい…」(原文ママ)といったように、ありのまま報告するスタンスだ。ずっと追っていると、なぜ売り上げが増えたのか、または減ったのか、見えてくるものがある。

 その横浜店は、オープン直後のにぎわいが落ち着いた後に低迷期を迎えたが、そこから立て直した後、FC募集を開始した。山本氏は、売り上げが伸びずに困っているFCオーナーに対して、直接自分に相談するように呼びかけている。横浜店の売り上げが落ちたときに打った対策を含め、これまでのFC支援の実績から、たいていのことには対処できるノウハウがあると自信を持っている。

 FBIでは特に目標を決めていないそうだが、これから鰻の成瀬は店舗数をどこまで伸ばすのか。日本の外食店舗数を見ると約3000店舗の「マクドナルド」を筆頭に、1000店を超えるチェーンは11ブランドのみである。東京チカラめしもいきなり!ステーキも、このレベルの国民的チェーンになろうとしたが及ばなかった。乃が美やから揚げの天才は、売り上げが落ちてきた時期にゲームチェンジを起こせるような、第2、第3の矢となる新商品を開発できなかったことが敗因といえる。

 鰻の成瀬も、いずれ踊り場がやってくる。その際に、同じ轍を踏まず、限界を突き破って国民的チェーンになれるか。理想のFCの在り方を追求する、FBI山本社長の手腕に注目したい。

(長浜淳之介)