日本人の8割、約9600万人が利用している無料メッセージングアプリの「LINE」。新しいコミュニケーションツールとして2012年ごろから一気に市民権を獲得。写真やファイルを簡単に送れる機能や、キャラクターのスタンプなどが人気を博して、瞬く間に日本人の生活に不可欠なアプリとなった。

 クラウド型ビジネスチャットツール「LINE WORKS」などで、深くLINEと付き合っている企業も少なくないだろう。

 民間企業は言うまでもなく、中央省庁や地方自治体もLINEアカウントを開設している。例えば、コロナ禍では、経済産業省がLINEで「経済産業省 新型コロナ 事業者サポート」を設置して企業を支援。厚生労働省は海外から日本に入国する人に向けて「帰国者フォローアップ窓口」をLINEで設置して、帰国者はLINEでの登録が必要になった。とにかくLINEは、政府も公式サービスを提供する、日本人の通信「インフラ」になっている。

 そんなLINEが大きな転換点にある。データセキュリティの問題と企業体質が公に批判され、企業の存続すら揺るがしかねない状況にある。5月8日、LINEヤフーは決算説明会で、代表取締役の慎ジュンホCPO(Cheif Product Officer)の取締役退任を発表した。

 現在、LINEについては国家間の問題になりそうな事態にも発展しつつある。この問題について日韓の関係者に深く取材を続けてきた筆者は、ユーザーのほとんどがこの問題についてきちんと情報を提供されていないと感じている。この機会に実態をまとめてみたい。

 はじめに、簡単にLINEを取り巻く体制について説明したい。現在、LINEは「Yahoo! JAPAN」を運営するヤフーと統合し、「LINEヤフー」という会社になっている。その親会社であるAホールディングスは、日本のソフトバンクと韓国のネイバーがそれぞれ株式を50%ずつ保有している。重要なのは、これまでいろいろと組織改編を行ってきたが、ずっとLINEのサービス開発などを支配しているのはネイバーだということと、LINEユーザーのデータはネイバーにアクセスされてきたということだ。

●個人情報漏洩事件が国家間の問題に

 これを踏まえた上で、最近のニュースを見ていただきたい。ロイター通信によれば、4月27日に「韓国外務省は声明で『韓国政府は、わが国企業(山田注:ネイバーのこと)に対する差別的措置はあってはならないという立場を堅持している。この件に関してネイバーの立場を確認し、必要であれば日本側と連絡を取る』と述べた」と報じている。

 事の発端は、LINEが2023年11月、韓国でネイバーがサイバー攻撃を受け、そこから日本人LINEユーザーなど51万人分の個人情報が漏洩(ろうえい)したと発表したことだ。これを受けて、日本の総務省が今年3月と4月、2度にわたり行政指導を行った。総務省関係者は「今回の漏洩事件では、事の深刻さを踏まえて、実質的な親会社であるソフトバンクの孫正義氏に、初めて真剣に対応するように伝えている」と語る。

 総務省はさらに、LINE側に資本関係の見直しを求めているという。韓国のネイバー関係者は筆者に「ネイバーでは、日本政府から保有する株式の売却を求められたことを深刻に捉えている。なぜならネイバーのビジネスはLINEが支えているからだ。LINEを手放したら企業として成り立たない」と語っている。

 そこに韓国政府が登場した。ネイバーにLINEヤフーの株を売却しろというのは差別であり容認できないと、この話に絡んできている。

 ただ日本人としては、日本の法律が適用されない韓国で日本の通信インフラが操作され、日本人のデータ漏洩を繰り返していることは、決して看過できない。

●セキュリティ意識の低さがたびたび問題に

 しかも今回の情報漏洩事件について、サイバー攻撃の分析に関わった、ネイバーの内部システムに詳しい韓国のセキュリティ関係者が指摘するのは、ネイバーのセキュリティの甘さだ。「LINEの個人データを保管するネイバーのサーバへのアクセスに、多要素認証が行われていなかった」と言う。

 さらに、攻撃者については、実際に攻撃に使われたマルウェアの検体や過去の痕跡を示しながら、「今回、ネイバーに対するサイバー攻撃で不正アクセスを成功させて、日本人LINEユーザーのデータなどを奪ったのは、日本と韓国などを中心にハッキング攻撃を続けている中国人民解放軍の政府系サイバー攻撃グループだ」と暴露する。

 この話が事実であれば、日本人の個人データが中国に渡ってしまっていることになる。実は、ネイバーはさまざまな優れたセキュリティ対策ソリューションを導入していたようだが、既出のネイバー関係者によれば、同社のセキュリティ意識が低いあまり、「きちんと設定などが行われておらず、宝の持ち腐れ状態だった」と言う。

 そもそも、LINEのデータセキュリティに対するずさんさは、これまでもたびたび不祥事を起こしてきた。最初は2021年で、LINEが中国子会社へサービスの開発を委託したため、中国から日本人の個人情報にアクセスできていたことが発覚。2021年3月17日付の日経新聞によれば、LINEが「業務委託先の中国の関連会社の従業員が国内の個人情報データにアクセス可能な状態だったと発表した」という。この時、LINEは行政指導を受けた。

 当時はこの事実以上に、LINE側が、企業や自治体、政府関係者などに「データをすべて日本で管理しており、国外からアクセスされることはない」と事実と異なる説明をしてサービスを拡大していたことが関係者の間で非難を巻き起こした。

 さらに2023年には、検索サイトのYahoo! JAPANの検索エンジン技術の開発のため、ネイバーにユーザーの検索ワードや個人データなど約756万件を利用者に知らせることなく提供していたことが発覚。ネイバーが自社のAI開発に、日本人のデータを勝手に使おうとしていた。この時も行政指導を受けている。

●TikTokに対する米国の姿勢

 こうしたLINEと総務省の動きを見ていると、動画投稿アプリ「TikTok」に対する米国政府の動きをほうふつとさせる。

 米国では、議会がTikTokを運営する中国のIT大手「ByteDance(バイトダンス)」に、米国での事業を360日以内に米国企業に売却するよう求める法案を可決。それを受けて、4月24日、ジョー・バイデン大統領は法案に署名をして、法律が成立した。TikTokがこの期限までに売却に応じなければ、アプリ配信が米国で禁止されることになる。

 TikTokは中国企業のサービスということもあって、米中の経済摩擦に巻き込まれてきた。最初は2020年で、ドナルド・トランプ前大統領が大統領令に署名して、TikTokの売却を命じた。米国人の約1億7000万人が利用しているというTikTokは、中国企業がコントロールしていることで、米国人の個人データを奪うだけでなく、選挙や政治まで操作できてしまうほど影響力が強くなっていて、安全保障の問題になっているというのが理由だった。

 TikTok側は、米国人ユーザーの言論の自由を踏みにじり、TikTokを使ってビジネスをしている700万社に壊滅的な打撃を与えると指摘。さらに、TikTokが米国経済に年間240億ドルの貢献をしていることから、経済に悪影響を及ぼすのではないかと主張している。5月7日、TikTokとバイトダンスは今回の法律の差し止めを求めて提訴した。

 こう聞くと、日本におけるLINEの立ち位置と似ている。もっとも、日本の場合は、トランプやバイデンのように自国民を守るために強硬な姿勢を明確に見せることはない。だが今回、そんな日本が韓国のネイバーに株式を売却させようと働きかけているのなら、それは日本人の生命と財産を守るという日本政府の責務にはかなうのではないだろうか。

●このままではまたサイバー攻撃される

 仮にソフトバンクにLINEを運営させようとしているのなら、筆者はこれまで「日本人の生活を支える通信インフラのLINEは国産にすべきだ」と言ってきたが、それに近づく。

 さもないと、個人データを盗まれるだけでは済まない。サイバー攻撃というのは、攻撃するための方法は基本的に同じである。ターゲットのコンピュータやシステムにマルウェア(ウイルスなどの不正なプログラム)などを仕掛けて入り込み、情報を盗んだり、別のマルウェアを仕掛けたり、内部の情報を暗号化して使えなくしたり、内部データを全て消し去って破壊してしまったりできる。

 つまり、金銭目的のサイバー犯罪者も、破壊が目的のサイバー攻撃者も、システムに潜入して初めて、攻撃ができる。入る手法は同じで、入ってしまえば、あとはそれぞれの目的を達成するために動く。

 LINEは中国側から侵入されたことがある。もしこのままセキュリティについて、これまで通りおざなりな動きが続くようなら、また侵入されるだろう。これが有事であれば、個人データを盗まれるだけでなく、日本人の8割が使うLINEが一気に遮断されて機能しなくなることも考えられる。

 では、5月8日の決算説明会で発表された代表取締役の退任などで、LINEの状況は変わるのか。残念ながら「ノー」と言わざるを得ない。前出の韓国のネイバー関係者は「今回の発表でネイバーとの関係を断つかのような姿勢を見せようとしているが、実際には、これからもLINEの開発部門は、ネイバーが人事権を持つLINEヤフーの100%子会社を通してネイバーが関わることになる。つまり、引き続き韓国がLINEに深く関わるので、何も変わらないでしょう」と話す。

 やはり日本政府は、米国政府に倣って、LINEに対して厳しい対応をすべきではないだろうか。

(山田敏弘)