この数年、ロボットを使った手術が広がってきている。従来の手術と比較して精密な操作が可能で、傷も少なく、入院期間も短く済む「ロボット手術」は着実に手術件数が増えてきた。

 消化器外科の領域で多くの手術をこなしてきたロボット手術の世界的第一人者である、札幌医科大学 消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座の竹政伊知朗教授が5月1日、「日本人に最も多い癌:大腸がん治療の最前線〜ロボット支援手術〜」と題した市民公開特別講座(札幌市の札幌禎心会病院主催、5月25日に再演)で講演した。同病院では4月から手術支援ロボット「da Vinci(ダヴィンチ)」が設置されている。

 同講座の内容と、竹政教授への単独インタビューから、日本製の手術支援ロボットの可能性や今後の展望に迫る。

●日本企業も新規参入 繊細な手術も思い通りに

 ロボット手術では、ロボットに電気メスなどの手術機器を持たせて、血管や神経を切らないように1ミリ単位の繊細な施術が可能だ。竹政教授はロボットの長所をいくつも挙げる。

 「人間の手で行うと手の震えにより正確性を欠くこともありますが、ロボットはそういうことはありません。人差し指ほどの大きさの穴を数カ所開けて、そこから電気メスなど手術機器を持つアームを挿入します。まるで指を動かすかのように手術機器を操作できるだけでなく、手術機器を360度の範囲で思い通りに動かせるので、指より可動範囲が広いのです。しかも患部は3次元かつ実際の10倍の大きさで見られるため、コインの大きさの実物がお皿くらいの大きさで見えます。このため繊細な作業が可能で、コメ粒に字を書くこともできます。またロボットは疲れませんから長時間操作でも繊細さが保てます」

 手術支援ロボットの足取りをみると、1999年に米インテュイティブサージカル社が最初の手術支援ロボット「ダヴィンチ」を発売し、日本には2010年に導入され、2012年に泌尿器領域で保険適用された。2018年に消化器領域でも保険適用され、以降国内でロボット手術の症例が飛躍的に増加。2024年4月現在で700台近くのダヴィンチが導入され、圧倒的なシェアを占めている。

 それが、ここにきて日本メーカーも新規参入している。自動車製造ラインなど日本で初めての産業用ロボットを製造してきた川崎重工業と、検査・診断の技術を保有し、医療分野に幅広いネットワークを持つシスメックスが手術支援ロボットを開発、「hinotori(ヒノトリ)」と名付けた。製造販売しているメディカロイド(神戸市)に話を聞くと、2020年8月から国内で販売を開始し、同年12月に泌尿器領域で、2022年12月に消化器領域でも保険適用になった。

 2024年4月現在のヒノトリの販売台数は約50台。2030年に売上高1000億円を目指している。泌尿器科、消化器外科、婦人科に次ぎ、保険適用は2024年4月には肺がんなど呼吸器外科にまで広がった。同社は適用領域が増えたことで、さらなる販売増を目指す。

 ダヴィンチが市場をほぼ独占している中で、竹政教授が開発段階に関わったヒノトリがどこまでダヴィンチの牙城に食い込めるかが注目されている。

 「まだベストといえる状態ではありませんが、医療経済的に見てもメイド・イン・ジャパンのロボットを作る必要があると考えています。世界には手術支援ロボットを手掛ける医療機器メーカーは100社ほどありますが、腹部手術の実臨床で使われているロボットは10社程度です。日本では保険適用範囲が広がったこと、ダヴィンチが独占していた市場シェアが変わることにより、ロボットを用いた医療は非常に大きな市場になると予想されています」

 2024年現在、日本で使われている手術支援ロボットは、竹政教授によると750台ほどあるそうだ。札幌医科大学は最新型のダヴィンチと、ヒノトリを含めて6台保有しているという。同大は2022年10月にヒノトリを消化器領域で日本で初めて導入。同年11月には、このロボットを使って世界第1例目の大腸がん手術を実施した。これまで約50例の大腸がん手術をヒノトリで実施し、いずれの手術成績も良好だという。

 他にはアイルランド・ダブリンに本社を置く世界最大の医療機器メーカー「メドトロニック」が手術支援ロボット「Hugo RASシステム」を開発した。だが米国のFDA(食品医薬品局)の認可より先に、日本のPMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)が医療機器としてこのロボットを認可した。札幌医科大学附属病院では、これを2023年7月に導入し、日本で初めての大腸がん手術を実施した。Hugo RASシステムは、ダヴィンチやヒノトリとは異なり、オープンコンソールでアームが独立していて、手術機器のセッティング面で優位性があり「期待の持てるロボット」(竹政教授)だという。

 さらに竹政教授は2023年4月に、これまでは数カ所の穴を空けて行っていたロボット手術を、一つの穴だけで行うダヴィンチSPを用いて「単孔式ロボット手術」にも、世界で初めて挑戦した。手術の傷は25ミリの1カ所だけで済んだそうで、患者は手術後3週間経過すると傷が分からないほどになったという。

●死亡率1位の大腸がん

 日本人が患うがんで最も多いのが大腸がんだ。2022年の死亡率を見てみる。大腸がんは、男性では肺がんについで2位、女性で1位になっている。日本人の大腸がんはこの半世紀で死亡者数が10倍も増加している。その原因としては喫煙、生活習慣、遺伝的要因、加齢などが考えられている。

 竹政教授は「大腸がんの多くはポリープから進展します。大腸がんが大腸にとどまっている間は手術で切除することによって良好な治療成績が期待できます。一方、血管やリンパ管を通って他の臓器に転移すると、切除できたとしても治療成績は悪くなり、命に関わってきます」と話し、大腸がん治療の難しさを指摘する。

 「多くの大腸がんは症状がなく、特に早期の段階では症状は全くありません。症状が出てくるのは腫瘍がかなり大きくなり転移をするようになってからなので、大腸がん検診によって症状が出る前に診断して、治療することが重要です」

●手術では「根治と安全が最優先」

 「大腸がんの治療は、手術、放射線、抗がん剤など化学療法に加えた3つの方法が中心で、最近は免疫療法も注目を集めています。しかし中心となる治療方法は手術です」

 竹政教授は手術の重要性を強調する。症状によってステージ0(ゼロ)から4まで5段階に区別され、ステージ3になるとリンパ節などへの転移が見られるという。

 竹政教授はがんの手術による治療をするに当たり「手術を受けて合併症なく安全に家に帰れる『安全性』、手術によってがんをしっかりと取り除く『根治性』がまずは重要で、安全性と根治性がしっかりと保たれるのであれば、排便・排尿・性機能などを温存する『機能保存』、傷が小さくて痛みが少ない『低侵襲性』、手術後の跡がどれくらい残るかという『整容性』を付加価値として求める姿勢が大切だと考えています」と話す。

●腹腔鏡からロボットへ

 がんの手術は、これまでお腹を30センチほど大きく切開する開腹手術が基本的であったが、お腹に5箇所小さな穴をあけるだけの腹腔鏡手術が開発された。腹腔鏡手術は「低侵襲性」だけでなく「安全性」と「根治性」も優れていることが証明されるようになり、その施行症例数は年々増えて、今では消化器がん手術の主流になった。竹政教授は「約30年前に始まった腹腔鏡手術が今やスタンダードになってきて、全国データで大腸がんの中では結腸がんで75%、直腸がんでは80%が腹腔鏡で手術がされています」と話す。

 一方で「2018年にロボット支援手術が保険適用になってからのこの5年間で、2018年以前の自費負担によって手術していた時と比べて20倍のペースでロボット手術が増えています」と指摘。ロボット手術が急ピッチで普及してきている状況のようだ。

 「腹腔鏡手術とロボット手術とを、全国臨床データベースであるNCD(National Clinical Database)に登録された2万件の例で比較してみると、ロボットは出血量、合併症率、死亡率、再入院率など大半の部分で腹腔鏡を上回っています。唯一ロボットのデメリットは、機器が大きく、重量が1トン近くもあり、手術を開始するまでにロボットを患者に合わせて準備する時間を含めて、手術時間が長くかかることです。またNCDには含まれていませんが、コストも余分にかかる可能性があります。しかしながら、これだけ爆発的にロボット手術の症例が増えているのは、外科医である私たちが間違いなくロボット手術に多くのメリットを感じているためです」

●遠隔医療も可能に 北海道モデルを横展開へ

 現在は「仕事が厳しい」などの理由で、外科医のなり手が少ない。そのため外科医不足が目立ってきている。だが、がん患者は増える一方のため、日本では需給のアンバランスが起きているという。

 「東京と地方を比べると医療密度が20倍も違い、医療格差があります。地方では最先端の治療が受けにくくなっていて、私も北海道に来てこの実態を目の当たりにしました。何とか北海道の患者の皆さんにも最新医療の恩恵を受けていただきたいとの思いから、遠隔で医療指導できないかと思っていました。遠隔で画面を見ながら手術できるようになれば、その格差を縮小できます」

 ただ問題は、実際に施術をしてから手術映像のデータが送られてくるまでに時間がズレる致命的な課題があったことだ。この映像転送のズレは、遠隔によるアドバイスがリアルタイムとならずに、かえって危険な指示となる恐れがあった。このため専門の企業と共同研究することによって、映像データを圧縮する方法などの改良を重ねてもらった結果、目標としてきた0.5秒以内のズレより大幅に短い0.02秒まで短縮できるメドが立ったのだ。

 竹政教授は「遠隔手術の可能性が大きく広がりました。地域医療に最先端医療の光を当てる、これを『北海道モデル』にして他の地域にも普及させていきたい」と期待を語った。

●AIとロボットの親和性の高さ

 最新のAI技術を用いると、どこを切れば良いのか、どこを剥離すればよいのかなどを瞬時に画像に表示できるようになってきた。AI技術とロボットの親和性はとても高く、近い将来、ロボット手術に付加価値として応用することが検討され始めた。「これはAIが学習した結果に基づいて見つけてくれるもので、専門の企業と共同研究し、3年間の検証をした結果、若手などまだ技術が完成されていない術者であっても、AIの画像が、がんの手術での安全性と根治性の担保を補助するのに有用であることが認められ、もうじき保険適用される技術です」と話す。

 「AIには不確定要素も含まれる可能性があるため、AIに振り回されるのではなく、AIは使い切る姿勢が大事です。最終判断は医師がするので、患者に対してどのような治療が最適なのか信念を持った医師でなければなりません」と医師の役割について指摘する。

 手術支援ロボットは保険適用範囲が広がったことによって、患者の経済的な負担も軽減されるため、技術的な進歩と相まって広がっている。メイド・イン・ジャパンの支援ロボットであるヒノトリが、後発ながらどこまでダヴィンチに肉薄できるか。

 竹政教授が指摘するように、ロボットを使った遠隔治療が実現すれば、医療格差による「医療難民」をなくせる。期待の大きい手術支援ロボットのさらなる普及にエールを送りたい。

(中西享、アイティメディア今野大一)