MVNOの老舗ともいえる日本通信は、2026年5月に「ネオキャリア」へ進化すると発表した。これは、ドコモとの音声接続が合意に至ったことを受けた声明。この時期までにドコモはネットワークを改修し、日本通信と音声網の相互接続を行う予定だ。日本にも、自身で加入者管理機能を持つ「フルMVNO」は複数社存在するが、いずれもデータ通信にとどまっていた。

 そのため、各社とも、フルMVNOのサービスとして音声通話は提供できていない。これに対し、日本通信はドコモと音声網の相互接続を行い、データ通信まで含めたフルMVNOとしてサービスを提供する予定だ。ネオキャリアというのは、その事業形態のことを指す。実現すれば、音声通話やデータ通信だけでなく、自社でSIMカードの発行も可能になる。

 とはいえ、音声通話も含めた相互接続はあくまで技術的、制度的な話。それだけを聞いても、ユーザーにとってのメリットが少々見えづらいのは確かだ。日本通信はこの先、どのようなサービスを投入する計画があるのか。同社の代表取締役社長を務める福田尚久氏に話を伺った。

●「合理的シンプル290プラン」に5分かけ放題を提供した背景

―― 2月にドコモとの音声接続に合意し、ネオキャリアに生まれ変わる宣言をしました。それとは別に、3月から「合理的シンプル290プラン」に月額390円(税込み、以下同)の「5分かけ放題オプション」を提供しています。タイミングは近いですが、これは関係ないですよね。

福田氏 実は関係なくもない……というのが答えですね。

―― えっ。関係してたんですか(笑)

福田氏 今の音声通話は卸契約でやっています。契約条件は当然変わっていきますが、そのレベルではなく、今後、音声の相互接続で契約自体が根本的に変わる。今までは長いトンネルをずっと走っていたようなものでしたが、ようやく先の光が見えるところで走れるようになりました。だったらこれを提供してもいいのでは……というレベルでは関係しています。

―― なるほど。将来の見通しが立って、音声定額オプションの提供や無料通話の値下げができるようになったということですね。逆に、シンプル290プランだけ提供されていなかったのはなぜでしょうか。

福田氏 他のプランにつけて、コストが見えてきたということがあります。こういうのは、やってみないと分からないこともあります。290円のような安いプランにつけ、平均が赤字になってしまうともとが安いのでカバーができません。もう少し高いプランだと吸収できる余地があります。5分間かけ放題といったときに、どのぐらい使われるのかの十分なサンプルが出たので、これならいけるというのが1つの理由です。もう1つは、先にお話しした契約条件の先が見えたことですね。

―― やはり、繰り返し何度も電話をかけるユーザーが多いと、元は取れなくなってしまうんですね。

福田氏 全体で見れば、赤字の人はいっぱいいます。平均値を取ったときに成り立つかどうかですね。原価割れのリスクが高くなると、290円のプランでは特に厳しくなります。このプランだけ遅れていたのはそのためですが、要望として結構な数があったので、どうにかしないといけないとは思っていました。

 ただ、2月14日の発表がなければ、従来のままだったと思います。私も、あの合意は、本当に合意に達したのかどうか、書類を見るまでは信じていませんでした(笑)。資金調達で言えば、口座にお金が入るまで分からないようなものですね。

●音声とデータは本来、一体となって提供されるもの

―― その音声接続という仕組みを改めて教えてください。

福田氏 データ通信と音声通話を分けて考えるのでややこしくなりますが、一般的には、携帯電話網があり、そのオプションとしてデータ通信があります。歴史をさかのぼれば分かりますが、データ通信はもともと存在していないものでした。音声とデータというように分けると誤解が生じますが、携帯電話の基本機能はあくまで音声側に入っています。ですので、私の頭の中では「音声網=携帯電話網」で、データ通信はそこにひも付いているものになります。

 例えば、携帯電話を呼び出す機能や、どこにいるかという位置情報の機能も全てそちら側に入っています。緊急通報もそうですね。携帯電話を携帯電話たらしめている機能は、全て音声側にあると言ってもいいでしょう。その意味では、ようやく本格的に携帯通信網に参入できるということです。

―― データ通信のみのフルMVNOでも、加入者管理機能を持つ必要はありました。

福田氏 それだと、何もできないですよね。キャリアの圧倒的多くの売り上げは、スマホ用の回線からの収入です。確かに(データ通信のみの)IoTはありますが、単価は小さい。音声を使えるようにすると高いというからという人もいますが、本来は一体となって提供されていいものです。世界的に見ても、IoTを除いたデータ通信だけのサービスをやっているのは日本だけではないでしょうか。普通は、データ通信がオプションとしてついているからです。

 また、IoTも厄介で、確かにデータ通信だけでできる部分はありますが、実際には呼び出してから通信するようなことが必要になるケースもあります。ずっとつなぎっぱなしだと、リソースを食ってしまうからで、バッテリーの問題も出てきます。必要なときだけ呼び出しをかけ、データ通信に持っていく方がはるかに効率がよくなります。

 そういった意味では、音声通話の部分を持っているのが大事です。それがないと、スマホ向けの通信サービスの市場には参入できない。日本通信も、日本通信SIMで初めてスマホ向けの市場に参入できたと思っていますし、過去から示している通り、成長を続けています。

●契約した海外キャリアで全ての機能が使えるようになる

―― SIMカードを作れるのも、音声接続の利点としてあると思います。

福田氏 これが大きいですね。今の最大の弱点は、海外で使えないことです。音声は卸なので大丈夫ですが、自分たちのSIMになれば、契約した海外キャリアで全ての機能が使えるようになります。ただし、今はSIMを買ってきて売っているという状況なので、それができません。認証情報まで全て自分たちが持つことになって、初めてサービスが作れるようになります。

 通信事業者とは何屋なのかというと、私は認証屋だと思っています。それをしているからこそ、利用した分だけを請求できます。今のMVNOは、その認証に関する部分を自分たちでマネージできていません。私たちまで「だったら通信事業者と言うな」と書かれてしまうので、今までこれはあまり言ってこなかったのですが(笑)。冷静に言えば、そういうことです。

 (音声接続をすることで)初めて自分たちの鍵や番号を入れ、それを使って認証できるものをSIMという形で届けることができます。認証が全てなのは、何も通信に限った話ではなく、いろいろなサービスで必要になります。日本通信では、FPoS(※)のビジネスとして、地域通貨の「めぶくPay」をやっていますが、それも同じことです。どちらもやっているのは安全な認証で、認証によって通信ができたり、決済ができたりする。それが一番重要なことですが、ようやく2年後にビジネスにすることができます。

―― データローミングできないことは、やはりユーザー獲得の障壁になっているのでしょうか。

福田氏 できないと言われることはありますね。特に法人契約ではそれが多いです。今、インフレが始まってコスト削減する企業は増えています。大手企業はキャリアがタダのような価格で(端末を)配っているのでいいのですが、中小企業には来ないのでショップで通常の契約をしています。それと比べると、日本通信の方が安くなります。ただ、今のままだと海外出張のときに対応ができません。一般消費者は海外向けのWi-Fiルーターを借りればいいのですが、今後のことを考えると、やはり海外ローミングは必要です。

―― 逆にインバウンド用のSIMカードを出したりもできるのでしょうか。

福田氏 先日出した「VISITOR SIM」は、トータルで何GBにするかをカスタマイズして作れるものですが、結構人気がありますね。ああいったものは増えると思います。これは総務省にも言っていますが、本人確認の規制は何とかしないと、海外から来た人が音声付きの契約ができません。彼らだって、レストランの予約をするようなときには電話をします。首相の方針でもその部分の対策は言われていました。

 FPoSではマイナンバーカードを読み取っていますが、パスポートにもICチップは入っているので、同じようなことはできます。あれで確認すれば本人確認とどの国の政府が発行しているかの確認ができるので、重大な事件になれば捜査は可能です。総務省なのかデジタル庁になるのかはありますが、それによって契約できた方がいいという話はしています。

●マイナンバーカードでの本人確認を入れていなかったら、パンクしていた

―― マイナンバーカードをNFCで読み込んで本人確認するという方法は楽だと思いますが、日本通信以外だと導入しているMVNOは少ないですね。

福田氏 この部分のノウハウは、アメリカでローカル4G(sXGP)をやってきて培ったものです。そのノウハウが大変なのではないでしょうか。うちも米国事業があったからできていることです。

 マイナンバーカードの認証は、去年(2023年)1月に始めていますが、結構な率がそこに行っています。読み取ってデジタルIDを発行するといったことをビジネスとしてやっているからこそで、多くのMVNOはどうすればいいのか分からないのではないでしょうか。昨年、あれを入れていなかったら、うちもオペレーションがパンクしていたと思います。

―― IMS(IP multimedia subsystemの略で、キャリアの持つサービスを実現するための設備)を持ち、電話もやるとなると、アクセスチャージの支払いも受けられるようになると思います。それを生かした値下げも可能でしょうか。

福田氏 そういう可能性もあると思っています。キャリアからすると、音声は完全に無料で提供している感覚だと思います。ナローバンドで帯域を取らず、データを使うよりも音声で話をしてもらっていた方がよっぽど安くなる。アクセスチャージがありますが、あれもかける側と受ける側を平均すればイコールになるはずで、イコールだとすれば接続料の支払いと受け取りが“行ってこい”になります。

 残るのは維持コストですが、それは基本料に含まれているので、従量部分は0円に近くなるはずです。うちの場合は受ける方の回線も借りているので、イコールにはなりません。その意味で他社より高く設定する可能性はありますが、本来であれば通話料は極めて0円に近くなってもおかしくないと思っています。

●ネオキャリア化までにかかる2年は、「予想していたよりも早かった」

―― ちなみに、ネオキャリア化に2年かかるのは、主にドコモ側の網改造に時間がかかるからでしょうか。

福田氏 そこには縛られます。ただし、正直なことを言えば、僕らが予想していたよりも早かった。もっと時間がかかると思っていました。もう日程は出てしまったので、逆にこちら側が大変になってしまいます(笑)。とはいえ、合意に達するかどうかは分からないことなので、達してからでないとスタートしようがありません。下調べはずいぶんやってきましたが、ベンダーを選んで機器を購入してというところまで終わっているわけではありません。

 ドコモ側もそれなりの網改造は必要になるはずですが、それを2年でやるとういのは異様に速いペースだと思います。接続を申し入れて、大臣裁定なしで合意に達したのも初めてでした(笑)。

―― (笑)。いつもバチバチやってましたからね。まだ選定は終わっていないとのお話でしたが、設備は仮想化されたものになるのでしょうか。

福田氏 基本はそうでしょうね。実は、仮想化はミャンマーでもやろうとしていました。当時、丸紅がOrangeと組んで候補になっていましたが、うちは丸紅と合弁で丸紅無線通信という会社を持っていたので、そこで仮想化をという話にはなっていました(最終的にはノルウェーのテレノールと、カタールテレコムが落札、KDDIと住友商事は敗者復活でMPTと共同事業を行っている)。

 専用ハードウェアが絶対に嫌だというわけではありませんが、コストも仮想化でかなり安くなっているので、初期投資は抑えられますし、ソフトウェアをサブスクリプションの形で導入することも可能になります。また、専用ハードだと、東京と大阪それぞれを冗長化すると、同じ機械を4つ買わなければなりません。仮想化した際には、ここにもコストメリットが効いてくるので、選択肢にしつつ、技術サイドと詰めています。

●KDDIやソフトバンクと接続する可能性も? データ通信だけなら「あり」

―― 発表会では、ローカル4G/5Gとパブリックな4G/5Gを1枚のSIMで使えるようになるというお話もありました。

福田氏 今、それをやろうとするとできるのはキャリアですが、そもそもキャリアはローカル4G/5Gをあまりやろうとはしていません。そこに関しては、うちであれば両面でやることができます。いまだに病院などの構内PHSからの置き換えニーズは強いですからね。

―― やはり、院内だけで完結していると不便なのでしょうか。

福田氏 電話をかける方がからすると、どちらの電話番号にかければいいのか分からないので大変になりますからね。あるいは、内線としても使えるようになるので、利便性は上がります。

―― 音声接続をするのはドコモですが、同じようにKDDIやソフトバンクとも接続すれば、1枚のSIMカードで2回線を使い分けるといったことも可能になりそうです。エリア的には“最強”になりそうですが、そういったサービスはお考えですか。

福田氏 接続をしていないので、まずはそれが必要になりますが、データ通信だけの冗長化はしたいですね。音声網まで含めて全てをもう1社と接続しようとすると先方も大変ですが、データ通信だけは2キャリアでできるというのはアリだと思っています。(ドコモとの接続が終われば)IMSなどの基盤は持っている状態になるので、それもできます。完全にダブルにしてしまうとコスト的に大変なので、その必要はない。また、自分たちの電話番号を持てるので、卸でローミング契約するといったこともできると思います。自治体の方からは、必ずそれをやってくださいと言われています。

―― 音声通話をやるとなると、緊急通報も整備していく必要があると思います。こちらについては、いかがでしょうか。

福田氏 緊急通報網もやらなければいけないと思っています。また、今の緊急通報には、高さ情報が届いていないという問題もあり、それはどうにかしたいと考えています。それとは別に、調べていくと緊急通報は本人しかつないではいけないというルールがありますが、消防署の場合、OKが出ればそうでないケースにも対応ができます。例えば、群馬県の前橋市では、「めぶくID」でどこの誰かや生年月日も分かっているので、倒れてしまって動かないときに自動でつながるといったこともできます。こうした例が出てくれば、広がるのではないかと思います。

●取材を終えて:キャリアが実現できないようなサービスの登場に期待

 ドコモとの音声接続に合意できたのは、日本通信にとっても予想外だったようだ。音声通話の卸料金値下げでは、総務大臣裁定まで求め、その後もドコモ側の料金提示が遅れるなど、ひともんちゃくあっただけに、外野である筆者から見てもスムーズな決着には意外感があった。日本通信もこれを受け、急ピッチでサービス提供の準備を進めているようだ。

 福田氏が述べていたように、国際ローミングや1つのSIMで2キャリアの回線に接続できるサービスが出れば、MVNOならではの存在感を示すことができそうだ。特に後者は、大手キャリアには基本的に不可能なサービス。ローカル5Gなどと組み合わせた法人向けサービスはもちろん、通信品質によって接続先を切り替えるような仕組みはコンシューマーにも受け入れられそうだ。2年後に、どのようなサービスが登場するかを、期待して待ちたい。