熊本県菊陽町に工場を建てた半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が地元の就職事情に地殻変動をもたらしている。破格の好待遇と半導体への関心の高まりは、学生はもちろん転職希望者も吸い寄せる。ただ、賃金相場の上昇に中小企業からは悲鳴が上がる。(共同通信=小松陸雄)

 2023年12月に同県益城町で開かれた半導体関連企業の就職合同説明会。TSMCの工場を運営する子会社JASMのブースは用意した席が埋まり、立ち見で説明に聞き入る求職者も。熊本市の看護師上園加奈(うえぞの・かな)さんは「半導体がいま熱い。30半ばになって、世界を広げてみたいと思った」と興奮気味に話した。

 JASMの大卒初任給は熊本県職員より約7万円高い28万円。2024年4月1日には昨春の約2倍の256人が入社した。2024年内に建設を始める第2工場は、九州を中心に1200人程度を雇用する予定だ。

 熊本県教育委員会は2月、半導体業界の就職人気を受け、高校教員向けの半導体の勉強会を催した。進路相談に乗る教員側の知見を高めるのが狙いで、29人が参加した。

 宇土高普通科の井芹洋征(いせり・ひろゆき)教諭は「進学先は資格が手に入る医療系の人気が高かったが、今は工学部だ」と指摘。熊本工業高電子科の大橋貴幸(おおはし・たかゆき)教諭は「入試で面接する中学生の9割が半導体企業への就職を希望している」と舌を巻く。

 「TSMC工場周辺の親御さんから『半導体業界について教えて』とよく頼まれる」。半導体製造装置の販売などを手がけるアスカインデックスが同県水俣市に持つ研修施設の丸山翼(まるやま・つばさ)所長は語る。菊陽町、隣接する大津町の小学校のPTAから出前授業の要請を受けており「業界の未来や待遇を聞かれる。子どもより熱心だ」と苦笑い。

 熊本県の最大地銀、肥後銀行は4月、全行員を対象に5.8%の賃上げを実施。大卒初任給も24万円と2万円上積みし、2025年4月には26万円にする。メガバンクとの人材獲得競争に加え「TSMCの水準に追いつかないといけない」(笠原慶久(かさはら・よしひさ)頭取)

 一方、中小企業は人手不足に悩むが、簡単に賃金を上げられない。「TSMC関連の時給が高い先に人が流れているが、ウチはこれ以上高くできない」と熊本市のビル清掃会社の担当者。「人が集められず、新規の仕事は断っている」とため息をつく。

 TSMC工場から車で10分ほどのホテルビスタ熊本空港は2023年、初任給を20万円に引き上げた。不足するフロントスタッフを8週間募ったが、採用できたのは1人。成田規人(なりた・のりひと)支配人は「周りのホテルも応募が少なくなっているようだ。給与はもう限界まで上げている」と漏らす。

 熊本県商工会連合会が2023年12月末に地元企業を対象に行ったアンケートで、TSMC進出に伴う負の影響として58%が人手不足、47%が人件費上昇をそれぞれ挙げた。