日本初の女性弁護士のうちのひとりであり、戦後は女性で初めての判事・家庭裁判所長を務めた三淵嘉子さんをモデルに、主人公・猪爪寅子の半生を描く連続テレビ小説『虎に翼』(NHK総合ほか)。三淵嘉子さんをモデルにした経緯や、主人公を演じる伊藤沙莉、尾野真千子のナレーションなどについて、制作統括・尾崎裕和さんに訊いた(取材・文/佐野華英)。

■「当事者に寄り添って考えること」がテーマ

──まず企画の成り立ちについて伺いたいのですが、三淵嘉子さんをモデルに、というのはどういうかたちで決まったのでしょうか。

2024年度前期の朝ドラを私が担当することに決まって、まず脚本は『恋せぬふたり』(2022年)でご一緒した吉田恵里香さんにお願いしました。『恋せぬふたり』はアロマンティック・アセクシュアルの当事者の方を主人公にしたドラマ。私を含め、作り手側はまずアロマンティック・アセクシュアルについて知ること、学ぶことから始まりました。

吉田さんは、多くの取材を経たうえで繊細な題材を丁寧に扱いつつ、物語として、エンタテインメントとして成立させることのできる、筆力のある方という印象がありました。

それから「どんな題材にしましょうか」という話になり、いろんな案が出ては消え、出ては消えて。「主人公は女性にしよう」というのが吉田さんと私の間の共通了解で、モデルを探すなか、三淵嘉子さんに出会いました。

──『恋せぬふたり』の制作を通じて、尾崎さんが吉田さんに感じた「自分とは違う環境下にいる人、違う属性の人への想像力や共感力」が、『虎に翼』にも注入されているということでしょうか。

吉田さんは常に、一見、違う立場の人であっても、自分と地続きのところがあると感じているのではないかと思います。「まったく違う人」というよりは、たぶん吉田さんのなかで「この人のこういうところに共感できる」とか、「この人のこういうところがすごくいいよね」とか、それぞれの立場にある登場人物に対する「共感」を持ちながら書かれているのではないかと。

だからこそ、吉田さんの書かれるドラマは、それぞれのキャラクターが立っていて、見ていただく方たちにとって、何かしらの「引っかかり」や「共感」が生まれるのかなと想像します。

──そうした「想像力や共感力」というのは、寅子のパーソナリティにおいても重要である気がします。

そうかもしれないですね。モデルの三淵嘉子さんは、弁護士から裁判官になられた方で、家庭裁判所の設立にも携わり、「家裁の母」と言われている方。民事や刑事の裁判官は、あくまでも公平な視点から「ジャッジする」という立場だと思うのですが、家庭裁判所の裁判官の仕事は、「白か黒かはっきりさせる」のとは少し違うと思うんですね。家裁が扱うのは少年事件や家事調停で、裁判官は当事者、そしてその家族も含め、その人たちが今後、よりよく生きるためにはどうしたらいいかを考える、という立場なのではないかと。

そうした、「当事者に寄り添って考えること」が家庭裁判所の役目であり、『虎に翼』のテーマであるとも言えます。寅子が今後進む道として、「寄り添い」の視点を育てながら法曹として成長していく布石が、物語序盤にもあると思います。

■ 朝ドラフリークの脚本家が書く「あるある」と「新しさ」の塩梅

──脚本の吉田恵里香さんは、かなりの「朝ドラフリーク」だと伺いました。

吉田さんは本当にたくさんの朝ドラをご覧になっていて、朝ドラのいいところをご存知です。その「いいところ」を受け継ぎながら、今の時代に吉田さんが書く「必然」も加えられています。「朝ドラあるある」みたいなことに対する「批評性」というか、「朝ドラをずっと見てきたからこそ、ここはこうでもいいのかな」というような、吉田さんなりの個性がプラスされていると感じます。

プロデューサーの私としては、朝ドラという枠ではあるけれども、より幅広い視聴者の方に見ていただける、ドラマとして大きなフレームを目指したいという思いがありました。そんな願いもこめつつ、このチームだからこそできる新しいことをやろう、という思いで作っています。

■ 伊藤沙莉だからこそ実現した、寅子という主人公

──第13回で、寅子がよねの身の上話を、本人不在のところで第三者から聞き出すのは「違うと思うんです」と断るシーン。第14回で、よねの壮絶な半生を知った寅子が何か言葉をかけたいのだけれど、「同情と謝罪」「発破をかける」「議論に持ち込む」というパターンを脳内でシミュレーションして「どれも違う」と思い至るところなどは、一昔前の朝ドラ主人公の行動パターンに対する「批評」になっていました。猪爪寅子という、唯一無二の「朝ドラ主人公」を造形するにあたって、いちばん気をつけたところはどんなところでしょうか。

モデルの三淵嘉子さんに近づけるというよりも、吉田さんのなかの「こういう主人公 だったらいいな」という部分を多分に盛り込んでいます。そしてやはり、伊藤沙莉さんが寅子を演じてくださることがとても大きいと感じます。伊藤さんを主演にと決めたのはまだ企画の初期段階で、物語の大きな流れについて考えているタイミングでした。なので寅子は、吉田さんから伊藤さんへの完全なる当て書きということになります。

寅子は「はて?」と言いながら、わりと物事をはっきり言う主人公ですが、「どこまで踏みこめるか」については、伊藤さんだから、ここまでできているのだと痛感します。「伊藤沙莉さんが演じる寅子がこの台詞を言う」ということをベースに、そこを信頼して、「視聴者のみなさんは受けとめてくださるだろう」と想像して作っているところがあります。

──これまでの朝ドラで見たことのなかった表現としては、寅子の生理が、大学を4日休むほどに重いという描写(第11回)や、ソフトな表現ではありましたが、よねが弁護士を名乗る男から性被害にあったという描写(第13回)などがありました。この意図は?

吉田さんと私と、何人かのディレクターを含むチームで台本の打ち合せをするんですが、「こういう描写をしないほうがいいんじゃないか」とか、逆に「これは絶対に入れなきゃダメだ」という感じで議論になったりはしませんでした。「ごく自然に」というか。

吉田さんから「こういう流れでどうですか」という案が出て、「そうですよね」「そうなりますよね」と。ドラマのテーマとしても、台本の作りとしても、女性のキャリアを描く作品ですし、ディレクターのなかにはもちろん女性もいるので、「当然こういうことも描くだろう」という感じでした。

■「自分事」と思ってもらえる朝ドラになれたら

──尾野真千子さんがつとめる、本作のナレーションも特異です。1980年代あたりの朝ドラではナレーションが非常に多弁でしたが、ここ最近の朝ドラの潮流としては「野暮になるのでナレーションをなるべく控えめに」という傾向にありました。『虎に翼』はこの「朝ドラあるある」を「逆利用」したと言いますか、ものすごい量のナレーションで、「物語の回し」「解説」「説明」のほかに、寅子のモノローグまでも請け負ったりと、大忙しです。このナレーションの「立ち位置」はどこなのでしょうか。

「変幻自在なところにいる声」という感じでしょうか。憲法を読み上げたり、判例の説明をしたり、時代についての解説をしたり、時には寅子のモノローグとして心情を語ることもある。これもひとえに、尾野真千子さんだからこそ実現できたことだと思います。

裁判の話が入ってくるので、ただでさえ情報量が多いのですが、さらに情報を足している。でも、情報が多くても視聴者のみなさんにはちゃんと受け取っていただけるのではないか、と思っていまして。たしかに、初期の台本への意見として「ナレーション多すぎない?」という議論もあったのですが、これはこれで、ドラマのキャラクターとしていいんじゃないかな、という結論に至りました。

──第1回で家出を試みた寅子が、その理由として「梅丸少女歌劇団に入りたかった」と語り、前作『ブギウギ』(2023年後期)にまつわるキーワードが出てきて、朝ドラファンとしてはうれしかったのですが、これはどなたのアイデアなのでしょうか。

モデルの三淵さんが、とても歌劇がお好きだったという資料が残っていまして。「推し」のブロマイドもお持ちだったそうです。そんなこともあり、台本打ち合わせの時にスタッフから「『ブギウギ』とつなげるのはどうですか?」「あ、いいですね」と、アイデアが出てきました。

──最後に、視聴者にメッセージをお願いします。

私はいつもドラマを制作する際、「現実と地続き」であることを意識して作っているところがあります。この作品をご覧になった視聴者のみなさんが、何か少しでも「自分事」として捉えられる部分があればうれしいです。フィクションであり、エンタテインメントではありますが、見ていただいた方にとって、ちょっと立ち止まって、世のなかについて考えるきっかけになれば、こんなに幸せなことはありません。

物語はまだ序盤、寅子の歩みは始まったばかりですが、これから寅子が弁護士となり、裁判官となるところまで、寅子と一緒に歩んでいただければ幸いです。