フリーランスの労働者性

 近年、物流のラストワンマイル(顧客にモノ・サービスが到達する最後の接点)を担う存在として注目されているのが、個人事業主(フリーランス)として業務を行う配達員である。

 アマゾンはこうした配達員を急速に増やしており、ネットスーパーでも個人事業主に業務委託をする形が増えている。また、ウーバーイーツの配達員もアルバイトやパートではなく、個人事業主に対する業務委託という形になっている。

 こうしたフリーランスには、労働者にあるような

・最低賃金
・労働時間

などについての規制がなく、

・労災保険の適用
・労働者としての団結権

なども基本的にはない。

 労働者が使用者側の指揮監督のもとで働くのに比べ、フリーランスは仕事を請けるも請けないも、仕事の進め方も自由であり、労働者に対するものと同じような保護は必要ないと考えられてきたのだ。

 しかし、「フリーランスのカメラマン」のように自らのスキルを売りにするフリーランスと違い、アマゾンやウーバーイーツの配達員に高度なスキルは必要なく、また、仕事の進め方にも裁量があるとはいえない。形式的にはフリーランスでありながら、

「実態としては労働者に近くなっている」

のだ。

 こうした状況を指摘し、フリーランスの「労働者性」に注目して、その保護を図るべきだと主張しているのが、今回紹介する橋本陽子『労働法はフリーランスを守れるか』(ちくま新書)である。

 本書では、海外の法制度や判例なども交えながら、プラットフォーマーを介する形で仕事を受けるギグワーカーの保護のあり方と、今後の雇用社会のあり方を展望している。

フリーランスのイメージ(画像:写真AC)

“自由”なフリーランスの実態

 2021年に内閣官房や公正取引委員会(公取委)、中小企業庁、厚労省が公表したガイドラインでは、フリーランスを

「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者」(18ページ)

と定義している。このように定義されるフリーランスは2020年の時点で462万人(本業214万人、副業248万人)と試算される。

 フリーランスの特徴はどの仕事を受けるのかが自由であるという点だが、実態を見ると、専属契約をしている場合が12.3%、特定の依頼者に90%以上の売り上げを依存しているのが27.5%、50%以上の売り上げを依存しているのが5割を超えるという。実態としては、フリーランスは必ずしも「フリー」とはいえないのだ。

 どの仕事を受けるかという自由が十分ではなく、しかも、仕事の進め方にまで指示が出るとなると、フリーランスも一般の労働者と変わらなくなる。それにもかかわらず、先ほど述べたようにフリーランスには

「労働者に与えられている保護」

がない。ここに大きな問題があるのだ。

 実は物流の世界では、トラックの持ち込み運転手をめぐって、その「労働者性」が争われてきた。労働者性とは働いている者が労働法の保護を受ける「労働者」であるか否かを表す言葉である。

物流トラック(画像:写真AC)

「労働者性」のずれ

 トラックの持ち込み運転手は、自らトラックを所有し、運送業者として登録を行っているが、実際には取引会社が1社しかないというケースもあり、運送会社の従業員とほとんど変わらない働き方であることも多い。

 1980年代からこのようなトラック運転手の労働者性を争う裁判が行われたが、最高裁は1996(平成8)年のトラックの持ち込み運転手が労災の適用を求めた裁判で、

・トラックを保有している
・他の従業員に比べてはるかに時間的拘束が緩やかだった

ことなどを理由に、その労働者性を否定している。

 この労働者性だが、本書では

・労働基準法(労基法)における「労働者性」
・労働組合法(労組法)における「労働者性」

が少しずれていることを指摘している。

 例えば、自転車で書類を配達する「ソクハイ」のバイシクルメッセンジャーやNHKの集金スタッフについては、労基法上の労働者性は否定されたものの、労組法上の労働者性は認められているのだ。

 労基法上の労働者性も、労組法上の労働者性も、認められるかどうかのポイントは、

・事業組織への組み入れ(労務提供者が、事業遂行に不可欠な労働力として会社の組織に組み入れられていること)
・業務の依頼に応ずべき関係
・広い意味での指揮監督下の労務提供
・機械や器具の負担関係

などであるが、労組法における判断のほうが、業務の依頼に応ずべき関係、広い意味での指揮監督といった要素をより緩やかに解釈しているという。

 ウーバーイーツの配達員に関しても、東京都労委は2022年に労組法上の労働者性を認め、ウーバーイーツ・ジャパンに対して団体交渉に応じるように命じている。

フードデリバリーのイメージ(画像:写真AC)

運転手の労働者性を認めた米国

 ウーバーイーツではほぼすべての配達を配達パートナーが行っており、事業組織への組み入れが認められた。また、契約内容が一方的・定型的に決定されているとし、業務を行うか否かの自由はあったものの配達員の裁量は小さく、広い意味での指揮監督下にあることも認められた。

 しかし、団体交渉については労務提供者の労働者性とともに、交渉相手の「使用者性」も問題になる。

 例えば、アマゾンの宅配では、アマゾンの下請け会社が配達員と業務委託契約をするという形をとっている。個人事業主である配達員は、アマゾンのアプリで配達先や労働時間を管理されているが、配達員はアマゾンと直接契約しているわけではない。

 この場合、形式的な使用者は下請け業者だが、

「実質的な使用者はアマゾン」

だとも考えられる。そこでアマゾンこそが使用者であることを認めさせる必要性がある。これが使用者性の問題である。

 配達員が労働組合をつくってアマゾンと団体交渉をしようとする場合、まずは運転手と下請け会社の間の契約に労働者性が認められることが必要で、さらにアマゾンの使用者性が認められることが必要になるのだ。

 では、海外ではどのようになっているのだろうか。ギグワーカーの問題が最も早くから問われてきたのが米国だ。米国では、2018年にカリフォルニア州の最高裁が宅配便の配送を行う運転手の労働者性を認め、基準として「ABCテスト」を提示した。

 ABCテストとは次の三つの基準に基づき労働者性が推定され、使用者が労働者でないことを立証しなければならないというものである。

・A:委託者による指揮監督を受けていないこと
・B:委託者の通常の事業過程に含まれない仕事を提供していること
・C:独立の事業者として当該職業ないし事業を行っていること

 例えば、宅配ドライバーやウーバーの運転手は、まさにBの通常の事業に含まれるサービスそのものを提供していることになるので労働者性が推定されることになる。

カリフォルニア(画像:写真AC)

欧州での労働者保護の動向

 しかし、このABCテストの基準が2019年にカリフォルニアで立法化されたが、ロビー活動の結果、多くの職業が適用除外になった。

 ウーバーやリフトやドアダッシュといった配車サービスや配送サービスを行っている会社も大々的なキャンペーンを行い、プラットホームを通じてサービスを提供する運転手については、一定の保護を与える代わりにこの法の適用から除外された。いわば、労働者と自営業者の間の

「第三のカテゴリー」

がつくられた形になっている。一方、欧州では、ギグワーカーをはじめとするフリーランスの労働者性をより広く認めていこうという動きもある。

 ドイツでは、2020年にネット上の画像の加工やアンケートへの回答などを行っていたクラウドワーカーの労働者性を認め、解雇制限法の適用を認めた判決が出ている。

 同じくドイツでは、2021年にフードデリバリーの配達員の自転車とスマートフォンの費用を使用者が負担すべきだとした連邦労働裁判所の判決が出ており、イタリアでは、2020年にボローニャ地方裁判所で、デリバリーの配達員に対し、病気や「正当な理由」(ストライキ)により欠勤を考慮しないアルゴリズムは

「間接的差別」

に当たるとされた判決が出ている。

 日本では2023年にフリーランス新法が公布された。同法によって、フリーランス側に責がないときの受領の拒否、報酬減額、返品、買いたたき、物品を強制的に購入させること、不当なやり直しなどが禁止された。基本的に発注者の資本金が1000万円以上でないと適用されなかった下請法の保護が広くフリーランスにも拡張されたといえる。

橋本陽子『労働法はフリーランスを守れるか』(画像:筑摩書房)

物流業界におけるフリーランスの未来

 しかし、著者によれば、こうした保護の実効性に関しては疑問も残るとのことで、著者はフリーランスを広く「労働者」として扱い、保護していくことを主張している。

 今後、人手不足や高齢化によって、今までのようにフルタイムで働く人材を潤沢に確保することはどの業界でも難しくなっていくだろう。

 そこで注目されるが

「好きなときに、好きなだけ働く」

というフリーランスの働き方であるが、本書を読むと、その問題点や課題も見えてくるだろう。

 新書にしてはやや専門的な本であるが、今後の物流業界の雇用を考えていくうえでも有益な本となっている。