乃木坂46、1期生の高山一実が2016年に発表した長編小説デビュー作が、「ぼっち・ざ・ろっく!」や「SPY×FAMILY」など人気アニメを手掛けるスタジオ、CloverWorksのスタッフによって待望の劇場アニメ化!『トラペジウム』のタイトルで5月10日(金)から全国公開される。アイドルを題材にしたストーリーなだけに音楽が大きな意味を持つ本作。高山自身が作詞したエンディングテーマ「方位自身」、テレビアニメ「うる星やつら」シリーズの全テーマソングや数多くのCMソングで知られるMAISONdes(メゾン・デ)による主題歌「なんもない feat. 星街すいせい, sakuma.」が、公開前から話題になっている。
MAISONdesとは、「どこかにある六畳半アパートの、各部屋の住人の歌」をコンセプトに、楽曲ごとに「歌い手」「作り手」を替えて発表している新しいタイプのアーティスト。今回、『トラペジウム』の主題歌「なんもない」を作るにあたって、どのようなクリエイティブが行われたのか?そのプロセスを突き止めるため、プロデューサーを務めるソニー・ミュージックエンタテインメントの廣瀬太一に直撃インタビューを敢行!楽曲の制作秘話や音楽制作にかける思いなどを語ってもらった。
■「“遊び”に全力で取り組むところが『トラペジウム』に惹かれる理由」
主人公は、城州東高校に通う1年生の東ゆう(声:結川あさき)。密かにアイドルを志す彼女は、地域の東西南北から美少女を集めてグループを結成すことを画策する。かくして、ロボット研究会に所属する大河くるみ(声:羊宮妃那)、お嬢様学校に通う華鳥蘭子(声:上田麗奈)、ボランティア活動に熱心な亀井美嘉(声:相川遥花)といった魅力あふれるメンバーを集めたゆうは、計画通りアイドルグループとしてめでたくデビューを果たすことになるが、しだいにメンバーの心はすれ違い始めていく。
「言い方を選ばずに言うと、物語のなかで東ゆうがやっていることは、子どもの遊びのようなものです」と原作小説や台本を読んだ感想を率直に振り返る廣瀬。一方で、この“遊び”に全力で取り組むところが作品に惹かれる理由だとも説明する。
「だけど、そこに全時間と全エネルギーをかける姿、アイドルやエンタメなどのまったく合理的じゃないものに、なにかを捧げられる瞬間こそが、人間が人間を魅力的だと感じる要因なのだとも思いました。生きることに目的や意味を持っている人間なんてほんの一握りで、でもゆうはそれを持っていて『なんでそんなことをやっているのか?』と言われても、構わずそこに向かって突き進むことができる。そういう女の子の物語だからこそ、感動ポイントがいたるところに発見できました」。
■「子どもの遊びほど難しいものはない」
ゆうは自らアイドルグループのメンバーとして活動しながら、どうすれば人々の目に留まり、デビューできるかを考えるなど、リーダーとしてもグループを導く存在だ。その姿は言わばプロデューサーであるが、ゆうは躓いてしまう。彼女はプロデューサーとしてなにを間違えたのか?MAISONdesのプロデューサー目線で原因を検証してみてほしいとお願いすると、「初期設定を固くすることが大事」という答えが返ってきた。
「初期設定とは、友達でもなければ家族でもない相手と、なんのためにこれから一緒に頑張るのか、それぞれの役割や、どんな利益を求めるのかといった目指す方向性を決定することです。ゆうたちは、最初は友達同士で楽しかったけど、しだいに誰かの利益のために自分の意思を曲げなければいけなくなります。そうならないために、各々が役割分担などを明確にしておくべきでした。でも、友達同士でそんなことはできないので、だから子どもの遊びなんです。そして、子どもの遊びほど難しいものはなく、大人になったら経験できないこと。作品を通してそれを体感できるところも魅力の一つではないでしょうか」。
■「物語やキャラクターがアーティストとして一人歩きできるのがMAISONdesのストロングポイント」
MAISONdesと言えば、2021年に「ヨワネハキ feat. 和ぬか, asmi」がTikTokでの楽曲再生回数25億回を超え、日本記録を更新。音楽STサービスやYouTubeでのMusic Videoの再生回数の合計も2億5千万回を超えている。その後も、「うる星やつら」の第1期エンディングテーマ「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ feat. 花譜, ツミキ」は音源、Music Videoの再生回数2億回超を記録。ヒット曲を次々と生みだしている。映画の主題歌を手掛けるのは今回が初めてとのことだがどういうことを意識していたのだろうか。
「作品をメタ的に表現するのが主題歌で、基本的に広告的な意味合いも大きいと思っています。映画の広告はおもに映像ありきだから広告を打てる場所が限られているけれど、音楽なら有線放送などでいろんなお店や商業施設でも流してもらえます。音楽ニーズが映画を広げることも多々あるし、逆に映画を観た人の印象に音楽が残れば、その後も何度も聴いてもらえます。外に拡販していく量がこんなにずば抜けたメディアは、音楽以外にありませんね」。
続けて、MAISONdesにおける楽曲制作で軸にしているものについて聞くと、一つの成功例といえる「うる星やつら」になぞらえて説明してくれた。
「なにかの作品とタイアップする際には、その作中の人物の感情やストーリー上の人間関係を“因数分解”することを意識しています。『うる星やつら』ではメインヒロインであるラムちゃんの感情を因数分解して楽曲を制作し、ラムちゃんのビジュアルを二次創作させていただいたこともあって、ラムちゃんという存在をアーティストにすることができたと思っています。作品が持っている物語やキャラクターを、アーティストとして一人歩きできるコンテンツにできることは我々のストロングポイントだし、ほかのクリエイターが持っていない部分です」。
■「『トラペジウム』の感情の揺れ動きと、VTuberがなりたいと思う自分になろうとする“エモさ”は一緒」
“感情やストーリーの因数分解”とは、物語やキャラクターを構成する要素を分類し整理する作業。それによって物語やキャラクターにとって重要な要素が絞られ、そこに最適な歌い手やクリエイターを選定していくこともできる。『トラペジウム』は「アイドルになりたい女の子の青春譚」であり、そのなかで巻き起こる人物の感情や人間関係の機微を因数分解することで浮かび上がったイメ―ジにはまったのが、ホロライブに所属する人気VTuberの星街すいせいと、作詞・作曲・編曲を担当したクリエイターのsakuma.だ。
「今回はアイドルを目指して青春を謳歌する物語で、そこには悔しい思いや達成感なども含まれます。さらにアイドルの不合理性と、“十代の青春の美しさ”をエッセンシャルした楽曲を表現しようとした結果、VTuberの星街すいせいさんに辿り着きました。そもそもバーチャルはとても不合理な世界で、本来的には人間が生きるうえで必要ないものなのに、そこに強烈に憧れてしまう人がいて、自分の姿、形を変えてまで表現活動を行っています。『トラペジウム』で描かれている感情の揺れ動きは、VTuberの方々がなりたいと思う自分になろうとして活動していることに通じる部分があり、煮詰めていった先の感情の種類は一緒なんじゃないかと考え、星街さんにお声掛けしました。原作者の高山一実さんも、楽曲を聴く前は親和性があるか想像がついていなかったようですが、実際に歌声を聞いたら腑に落ちたようでした」。
■「sakuma.さんは一瞬を切り取ることに長けていている」
一方のsakuma.は音楽ユニット「終電間際≦オンライン。」というプロジェクトでも活動している気鋭のクリエイターで、ClariSなどのアーティストにも楽曲提供を行っている。
「終電間際≦オンライン。は、“終電間際”という一瞬をいろんな角度から切り取って表現しているユニットです。sakuma.さんはアイドルグループを作ろうと思った経験はないかと思いますが、”誰かの一瞬“を切り取ることに長けていて、きっとアイドルの“青春”に寄り添った楽曲を作っていただけるのではないかと思いお願いしました。そうして生まれた楽曲を聴いた純粋な感想としては、メロディと言葉がすごくいいのはもちろん、“せつないけど暗くない”が特に印象的でした。このような相反するものが同居していることは、何回でも消費してもらえる要素の一つで、sakuma.さんと星街さんの手腕にとても感謝しています」。
■「“なんもない”という言葉の持つ解釈性の広さからタイトルにしました」
「なんもない」という、ネガティブな印象を与えかねない楽曲タイトルもユーザーを強く惹きつけそう。しかし、歌詞を読み、楽曲を聴くと、なんとなく寄り添ってくれていて、自己肯定感が上がるものになっている。
「sakuma.さんが書いた『僕がいちばんなんにもないんだろう。君もいちばんなんにもないんだろう』というサビの歌詞を読み、“なんもない”という言葉の持つ解釈性の広さから、魅力的な言葉だと思ってタイトルにしました。でも僕は、“なんもない”ことは、そんなに悪いことではないと思っています」。
■「1人でなにかを聴きたくなった時、支えにしてもらえるような音楽をMAISONdesは作っていきたい」
「六畳半ポップス」をコンセプトに、一人一人に寄り添う音楽を創作してきたMAISONdes。いまはインターネットから自分の気分や趣味趣向に合った音楽を探して聴くことができる時代であり、誰もがより自分にマッチした音楽を追い求めている。そのニーズは以前よりもさらに細分化されているそうで、その一つ一つに応えたいと廣瀬は語る。「うる星やつら」のラムや『トラペジウム』の東ゆうなど、キャラクターの感情を因数分解することで生まれる、“あなたたち”ではなく“あなた”のための音楽。それがMAISONdesのポップスだ。
「MAISONdesの音楽は、道の真ん中をまっすぐ前を見据えて歩いている人よりも、もしかしたら道の端っこに自然と寄ってしまって目線も下向きの人たちのためのものかもしれません。そういう人は小さい路地やその向こう側など、前を向いている人には気づけないことに気づくことができる。アニメでも映画でも、世界を救うために敵をなぎ倒すような音楽は作れないかもしれないけれど、世界を救うヒーローも日常を生きている我々も共通して持っている一人の時間にしか思いを馳せないような感情の歌は作れると思います。一人でなにかを聴きたくなった時、支えにしてもらえるような音楽を作っていければ嬉しいです」。
取材・文/榑林史章
星街すいせい、sakuma.が参加!MAISONdesプロデューサーに聞く映画『トラペジウム』主題歌へのアプローチとは?
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