ディズニープラスで独占配信され、ワールドワイドに高い評価を獲得した「スター」オリジナルシリーズ「SHOGUN 将軍」。ハリウッドを拠点に活躍している真田広之が主演とプロデュースを兼ねた本作は、群雄割拠の戦国時代を舞台にした壮大な歴史絵巻。関が原の決戦を目前に、徳川家康や石田三成、細川ガラシャ、淀殿ほか歴史上の人物にインスパイアされた人々が陰謀と欲望渦巻くドラマを繰り広げる超大作だ。そんな本作で真田演じる吉井虎永に仕える戸田広松を演じたのが西岡徳馬。虎永の懐刀として数々の窮状を乗り切り、壮絶な最期を遂げる広松の役作りからハリウッドの撮影スタイル、多くの作品で共演してきた真田とのコンビネーションなど作品の舞台裏を語ってくれた。

※以降、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。

■「真田広之と西岡徳馬がいてこれか、と言われることがないようにしますと決意を聞かせてくれました」

西岡が演じた広松は長年虎永に仕えてきた忠実な家臣で無二の友。家康に重用された細川藤孝をベースに様々な人物を混ぜ合わせた人物ととらえたという。「虎永が幼いころから仕えてきた兄弟のような存在なので、彼の目を見ればなにを考えているかわかるんです。広松は細川藤孝にインスパイアされたそうですが、この人物は茶道や歌人としても知られるインテリジェンスの持ち主で、武術にも長けています」。そんな広松を演じるために意識したのは、当たりの柔らかさだったという。「僕は特に時代劇では胸を張った強面な役が多いんですが、今回はソフトに演じようと考えました。ソフトだけれど腹は座っている、そんな人物を目指したんです」。

広松役が決まるまでに、2度にわたってリモートのオーディションを受けたという。「まず最初に映像を送ったところ最後のほうの選考まで残ることができて、次は虎永との関係性を表現した演技を送ってほしいと言われました」。その際に製作陣が例としてあげた作品が、ニューシネマの代表作としていまだ高い人気を誇る『明日に向って撃て!』(69)のブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)の関係だった。「ああそう、だったらニューマンとレッドフォードが詐欺師を演じた『スティング』も同じだなと思い、その線で演じてみました。誰にもばれないように、2人がアイコンタクトでやり取りをするツーカーなところは、虎永と広松にぴったりですから」と振り返る。そして西岡はみごと広松役を射止めた。

虎永を演じた真田とは、時代劇を含め何度も共演してきた仲。出演が決まりカナダで再会した時に、本作に対する並々ならぬ想いを知ったという。「日本の武士道を海外にきちんと伝えたいと。真田広之と西岡徳馬がいてこれか、と言われることがないようにしますと決意を聞かせてくれました」。美術から所作の指導まで、時代劇に精通したスタッフを日本から呼ぶことを条件に本作のオファーを受けた真田。西岡も現地でスタッフィングの重要性を実感したという。「衣装はよかったけれど、着付け担当があまり慣れていなかったんです。そこでヒロ(真田広之の愛称)は、何十年も時代劇をやってきた古賀博隆さんを京都から呼び寄せたんです。帯ひとつ取っても、どこを締めどこを緩めたらよいかまで熟知しているベテランですからまったく違いましたね」とこだわりの舞台裏を明かしてくれた。

本作で圧倒されるのが大坂城の大広間や按針らの船など、壮大なセットの数々。撮影に使われたのは「あれだけ大きなスタジオは初めて」という規格外の大きさだった。「まるで飛行機の格納庫のように、広いだけでなく天井も高いんです。日本の撮影所の大きなステージと比べても5、6倍はあったんじゃないでしょうか」と言い、「大きな船が波に揺れるシーンでは、船は動くしものすごい量の水をジャバジャバかけられるし、本当に大変でした」と笑う。

撮影スタイルも日本とは異なり、ワンシーンワンカットを基本に組み立てていたという。「セットに入り位置についたら、テストもなしで『ロールイン』とカメラを回しだすので最初は面食らいました。すばらしいカットが撮れるかもしれない、ということですね。ですからシーン全部のセリフを覚え、まずメインの画を撮ってからそれぞれのアップや抜きを撮るんです。しかも同じシーンを何度も撮るので、体力も必要でした(笑)。撮るたびに『ラブリー』『グレイト』『ファンタスティック』と言ってくれるんですが、何度聞かされたことか(笑)」。撮影は2021年8月から2022年4月まで。パンデミックのため帰国すれば自主隔離が必要など手間がかかるため8か月にわたりカナダで過ごしたという。

■「広松も悲しみや悔しさではなく、自分ができる最高の役割を果たせたという、ある種の喜びを持って死んでいくわけです」

真田が目を配っていただけでなく、ジャスティン・マークスらプロデューサー陣も「日本についてすごく研究していましたよ」と称賛する西岡。そんななか、自ら脚本に修正を求めたこともあったという。それが第8話、降伏を決めた虎永に異を唱えた広松の切腹シーンだった。「脚本では、虎永が署名を拒む家臣全員に死を命じ広間が血の海になるという流れでした。でもそれはおかしいとヒロとジャスティン、宮川(恵理子プロデューサー)さんを交え話し合いをしたんです。切腹には責任をとったり無念のためなど様々な形がありますが、石堂に『虎永はもう終わり』と思い込ませるためなら、広松1人でいいと。真相を知るのは虎永と広松のみ。まさに『スティング』ですね」と西岡。その提案にマークスも納得し、脚本は書き換えられた。

切腹シーンを演じるうえで、西岡がイメージしたのは三島由紀夫の遺作となった長編小説だった。「三島さんの『豊饒の海』の最後で、本多という主人公が自分の使命を全うし切腹をするんです。そのくだりに『日輪は瞼の裏に赫奕と昇った(脳裏に日の光が輝いた、の意)』とあって、初めて読んだ時からずっと頭の中に残っていたんです。広松も悲しみや悔しさではなく、自分ができる最高の役割を果たせたという、ある種の喜びを持って死んでいくわけです」。割腹の直前、広松は虎永に「今生のお別れにございまする」というセリフを口にするが、これは修正脚本にもなかった西岡のオリジナル。マークスに「この世界ではお別れですが、あの世でお待ちしています」という意味があることを告げ、採用された。

久しぶりに真田と共演した西岡は、俳優・プロデューサーとしての真田の存在が「SHOGUN 将軍」を支えていると考える。「俳優として共演者に演技のサジェスチョンをするのは難しいが、プロデューサーという立場もあるので楽でしたと笑っていたけど、出番がなくてもずっと現場についていたので、『おまえが休む時間ないだろう』って。あのエネルギーは本当にすごかったですね。いまこのドラマは世界的に高い評価を受けていますが、よくやったという真田広之へのご褒美ですよ。まじめに頑張ったなという勲章だと思います」という西岡に、本作で印象に残っている出来事を聞くと、広松が切腹をする最終日の撮影をあげた。「ヒロと2人で、『徳さんとうとう最終日ですね』なんて話をしながらスタジオ入りしたんです。僕と彼の関係性が広松と虎永とダブったまま撮影が始まって…あんな経験はめったにないことですからね」。

取材・文/神武団四郎

※西岡徳馬の「徳」は旧字体が正式表記