【注目の人 直撃インタビュー】

 菅谷齊さん(スポーツライター)

 取材歴50年以上のベテラン記者が上梓した「日本プロ野球の歴史-激動の時代を乗り越えて─」(大修館書店)が、2023年度「ミズノスポーツライター賞」の優秀賞を受賞した。プロ野球の歴史を丹念にひもときながら、歴史の中の野球、社会の中の野球という視点を持って書き上げた410ページ超に及ぶ労作だ。東京プロ野球記者OBクラブ会長も務める筆者に改めて話を聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──本書の執筆のきっかけは?

 2023年は3月のWBCでの日本代表の優勝に始まり、夏の甲子園では107年ぶりに慶応高校が深紅の大優勝旗を手にし、プロ野球では阪神タイガースが38年ぶりに日本一となりました。日本の野球の歴史や伝統について改めて考えさせられたシーズンでした。執筆のもととなった歴史取材のきっかけは私が30歳ごろ、既にスーパースターだった長嶋茂雄さんの誕生日を調べてハッとしたからです。

 ──長嶋さんの誕生日は1936(昭和11)年2月20日ですね。

 その6日後にあの二・二六事件があり、その2カ月後の4月29日に日本のプロ野球は初めての公式戦をスタートさせている。時代の混乱、激動の中で始まり、発展を遂げてきたプロ野球の歴史、社会的背景に改めて思いを馳せるきっかけになりました。

 ──取材記者として、王貞治がハンク・アーロンの世界記録を破った756号や金田正一の400勝、福本豊の1000盗塁、張本勲の3000安打などプロ野球史に残る瞬間を実際に現場で目撃している。今のプロ野球をどう見ていますか。

 今の選手はお行儀が良くプレーがきれい。技術的レベルは間違いなく上がっていますが、迫力という点には欠ける。選手みんなが同じように見える。個性が失われているように感じます。

 ──原因はなんでしょう。

 ひとつは、アマチュア時代から勝つことに力点を置かれた指導をされていることでしょう。教科書通りというか、型にはまった指導です。指導者からすれば、その方が都合がいい。確率的に選手はうまくなるし、チームも勝てる。半面、その弊害として、個性のある選手が生まれにくくなっているのではないか。メディアも同じです。

 ──といいますと。

 50点、60点の平均的な記事が多い。昔は選手の良い悪い、采配の良し悪しを忖度なくはっきり書いた。長嶋、王のONであっても、ミスや凡打を厳しく指摘したものですが、長嶋さんは「そうやって厳しく書くのが君らの商売。で、きょうはなんて書くんだ?」と楽しみにしていたくらい。選手の方もおおらかで懐が深かったですね。選手とメディアが刺激し合う関係にありました。

■SNSで加速する没個性

 ──没個性で言えば、SNSの影響も大きい。

 メディアからだけではなく、一般の人にも監視されているような時代ですからね。プロ野球は客商売ですから、社会通念に反することをすれば処分されてしかるべき。ですが、今は不倫などでも、処分以上の傷を負う。ネットの書き込みなどで袋叩きに遭いますからね。他者の目を気にし、小さくまとまってしまうということはあるでしょう。

 ──現ソフトバンク球団会長の王貞治さんも現役時代はヤンチャだった。

 一本足打法を極めた努力の人ですが、グラウンドを離れれば決して真面目一辺倒ではなかった。門限破りもやった。王さんのことで言えば、印象的な出来事があります。江川卓が例の「空白の一日」で巨人に入団した際のことです。結局、入団が認められず、ドラフトでは阪神が指名。超法規的措置として、巨人が当時のエースの小林繁を阪神に放出して、江川とのトレードが成立した。巨人内には江川に対する複雑な思いがあり、迎える春のキャンプで江川との同宿を嫌がる選手が続出した。江川との同宿に否定的なニュアンスで応えた王さんについても各メディアが報道し、大騒ぎになりました。巨人が宮崎に出発した1月31日のことで、午前中に小林が羽田空港からフロントに都内のホテルに連れて行かれ、そこで阪神トレードの説得をしています。同室拒否の取材はその日の午後、必勝祈願した神社でのことでした。翌日以降、共同通信にも巨人の広報担当が本社まで抗議の電話をしてきたほどです。私は2月中旬に宮崎キャンプ取材に入り、その夜に巨人の宿舎で王さんと会いました。王さんは「記者諸君にとっていい勉強になったと思いますよ」と言い、抗議のようなものは一切なかったし、同室拒否の報道について否定はしませんでした。記者の仕事を理解していましたね。むしろ理不尽な結果に強い違和感を持ったように私は感じ取りました。

日本の球団は個人商店の集まり

 ──著書ではコミッショナーの問題にも言及している。

 例えば、今季のプロ野球はボールが飛ばないと話題になっている。実際に昨年、一昨年に比べて本塁打数が激減している(編集部注:対戦相手が一巡した時点での本塁打数は82試合で66本。一昨年は80試合で108本、昨年は79試合で98本)。変化球全盛時代で打者が当てにいくような打撃が増えているのも理由のひとつだと考えますが、これが大リーグだったら“投高打低”のときには、ストライクゾーンをボール1個分、高くするでしょう。投手は高めに投げざるを得ないから、必然的に本塁打数も打率も上がる。本塁打が出過ぎれば逆にストライクゾーンを下げる。大リーグは迅速にそうした施策を打ち出して、ファンの興味をつなぎ留める運営をします。コミッショナーがリーダーシップを発揮するのです。

 ──日本の場合はなにかとコミッショナーのリーダーシップが俎上に載ります。

 日本のコミッショナーは顔も姿も見えないのは確か。アメリカはコミッショナーをトップにして30球団が大きな企業体としてMLBを運営しているのに対し、日本は個人商店の集まり。各商店がNPBというスーパーに出店しているようなもので、コミッショナーの権限より最終的には各商店がそれぞれの利益を優先する。MLBはぜいたく税を導入するなど全体の経営と運営の均衡化を図りますが、日本は各球団が自分たちの利害ばかりを主張する。そうした体質、構図がこれから日本プロ野球の弱みになるのではないか。球界の危機感の希薄さにも懸念を持っています。

 ──危機感とは。

 日本の人口が加速度的に減少している。当然、高校や中学の野球競技人口も減っています(日本野球協議会の調査によれば、2022年の高野連の選手登録者数は13万1259人、中体連は13万7384人。2010年時はそれぞれ16万8488人、29万1015人だった)。特に中学生の競技人口の減少がひどい。底辺の縮小は、プロ野球を直撃します。

■球史にあった3つの革命

 ──日本のスター選手の多くは、ドジャースの大谷翔平を筆頭にメジャーに流出する。その流れは止められません。

 後ろ向きな話が続きましたが、大谷翔平が出現した今の球界は歴史的転換期です。球史を振り返ると、3つの革命があった。1つは、王貞治さんによるホームラン。2つ目はスイッチヒッター。これは、1番打者として巨人のV9を牽引した柴田勲が道を開いた。もともと投手で右打者だった柴田は川上哲治監督の勧めで左打ちにも挑戦しましたが、最初は「なにをバカげたことを」と周囲は冷笑していた。3つ目はもちろん、大谷による二刀流です。柴田の成功によってスイッチヒッターが当たり前になったように、今後は大谷に続く二刀流選手が間違いなく出る。個性的な選手の台頭によって、日本の野球がその魅力を取り戻すことを願っています。数多い試合を含め、1年を通じて話題を提供するスポーツはプロ野球だけです。それをメディアもファンも再認識して欲しい。そういう願いを込めた一冊でもあるんです。

(聞き手=森本啓士/日刊ゲンダイ)

▽菅谷齊(すがや・ひとし) 1943年、東京都生まれ。共同通信社でV9時代の巨人をはじめ、阪神などを担当。1970年代からメジャーリーグも取材した。野球殿堂選考代表幹事を務めたほか、三井ゴールデングラブ賞設立に尽力。現在は東京プロ野球記者OBクラブ会長。