5年前の夏、甲子園で準優勝を果たした金足農業。近年は低迷が続き、昨夏は上級生の下級生に対する暴力が明らかに。3カ月の対外試合禁止処分も下された。そんな金農が今秋、23年ぶりに秋田県大会を制覇。カナノウ旋風から現在まで、何があったのか――。ノンフィクション作家・中村計氏が取材した。〈全4回の#4〉

◆◆◆

 大一番、東北大会の準々決勝で、金足農業は学法石川(福島)に1−3と惜敗してしまう。7回途中からリリーフした吉田大輝は1失点の好投を見せたものの、来春の甲子園出場への道は、あと一歩のところで途絶えてしまった。

 吉田大輝は目に涙をためて言った。

「兄は(甲子園に)1回しか出られなかった。自分的には入学したとき、(甲子園に出場できるチャンスのうち)5回全部、出る気持ちだったんですけど、もう、2回のチャンスは潰れてしまった。なので、次は死に物狂いで勝ち取りに行きたいと思います」

じつは主将も「あの準Vメンバーの弟」だった

 実はキャプテンの2年生・高橋佳佑は、2018年夏の甲子園準優勝メンバーで現コーチ・高橋佑輔の弟でもある。眼光の鋭さと、打席の中でバットを持った腕を投手方向に突き出したときのシルエットは、兄にそっくりだった。

「中学生の頃から、兄の打ち方を真似してやってきたんで」

 彼もまた偉大な兄の背中を追っていた。

 準V戦士の弟たちが投打の中心となったこの秋、彼らが一つの壁を破ったのは偶然ではない。高橋佳佑は何かに挑むような口調で言う。

「あのときのことは奇跡って言われることが多い。もう二度と、あんなことはないんじゃないかって。でも、自分も兄に負けたくはない。兄を超えるには、甲子園で優勝するしかないじゃないですか。チームとしても、選手としても、絶対に兄を超えてやろうと思ってます」

 この巡り合わせを、関係者は密かに心待ちにしていた。

「金足の原点は精神野球」

 2018年の準優勝当時、コーチを務めていた伊藤誠は、そのときすでにこんな風に語っていたものだ。

「昭和59年(1984年)に金農がベスト4に入ったとき、僕は小学5年生だった。子ども心にものすごい感動しましたよ。吉田の弟が今、小学5年生なんです。大輝たちも小学5年生のときに、この準優勝を目撃した。小学5年生なら、まだまだ時間がありますから。今、甲子園の試合が植え付けられて、いつか自分たちも金足で……って思ってくれれば」

 伊藤はこんな話もしていた。

「金足の原点は精神野球。練習でも試合でも、全力疾走と、声を出すことは絶対です。戦術は、送りバントとスクイズ。バッティングは水物なんで、時間があればノック、ノック、ノック。どこの高校もやらなくなった野球をひたむきにやってさえいれば、何か起きんじゃねえかなって思えるんですよね。甲子園で見せた野球は、金足じゃなきゃダメだと思うんです。あの紫のユニフォームで、(胸に)『KANAKO』ってないと。あと、吉田輝星がいないと」

 吉田輝星はもういない。だが、代わりに吉田大輝がいる。

変えなかった「頭髪」「戦い方」

 金農は変わったし、今も、変わろうとしている。だが、変わらないものもある。頭髪に関しては選手たち自身で話し合って決めた。従来通り、今も大会前になると部員全員が自ら五厘刈りでそろえる。

 高橋佳佑は「自分たちは自分たち」ときっぱり言った。

「むしろ、どこの高校よりも短くすることで気持ちが入るっていうか、俺らはそれだけ野球にかけてんだ、という表現の一つだと思ってやってます」

 愚直な戦い方も今まで通りだ。東北大会の準々決勝で、金農のスクイズを外すなどして競り勝った学法石川の監督、佐々木順一朗は呆れているようでもあり、感服しているようでもあった。

「金農はランナーが三塁にいたら150パーセント、スクイズですから」

 コーチの高橋佑輔は可能な限り変化を受け入れつつ、しかし、譲れないところは自分なりの方法で選手たちに圧力を加えた。

「内野ノックの最初の1本でエラーした選手は、その日、二度とノックは受けられないことにしたんです。そうしたら、1本目から足がガタガタ震えますから。でも、そういう中での練習でなければ試合で役立ちませんよ。この秋は僕は守備の勝利だと思っているんで。そこだけは妥協しないでやってきましたから」

地獄の合宿は廃止も…

 金農と言えば、かつては五日間程度の日程で行われる「地獄の田沢湖合宿」が冬の名物だった。年明け、秋田県内でもっとも雪深いところの一つ田沢湖で、朝5時半から夜までひたすら体力トレーニングを行なうのだ。最終日、最後のメニューが終わると、感極まった選手たちは涙を流した。吉田輝星らの時代は場所を変えて実施されていたが、現在は、その合宿自体もなくなった。

 だが、冬のトレーニングの量と質がものを言うことを身を以て知っているコーチの高橋佑輔は「この冬は、地獄を見てもらいますよ」と不敵に笑った。

 牙も取り戻すつもりでいる。現キャプテンの高橋佳佑は言う。

「兄の代の選手たちは、よくうちに遊びにきていたんですけど、輝星さんとかはちょっと怖くて、話しかけられませんでしたね。でも、自分もそこを目指しているんで。あのオラオラ感というか。今のチームは、絶対に自分が決めてやるというタイプの選手が少ない。根は負けず嫌いな選手が多いんですけど、その表現の仕方がわかっていないんだと思います。なので、そこをうまく引き出せたらなと思っています」

不変と変化の狭間で…もがく今

 佳佑が言ったように、私も「もう二度と、あんなことはないんじゃないか」と思っていたクチだ。あの夏の出来事は取材をすればするほど、本当にいろいろな偶然が奇跡のように折り重なっていた。

 ところが、この秋、金農が県大会で優勝したという報せを受け、また、あの奇跡が目撃できるのではないかと居ても立ってもいられなくなり、東北大会に駆けつけた。だが、伊藤にこう窘められた。

「まだまだっすよ。来るの、まだ早いって」

 金農は令和という時代の中で、もがき苦しんでいる。まだ、新たなスタートを切ったばかりの段階だった。

 金農の野球は、慶応の野球とは正反対のようにも見える。でも、2018年の金農に関しては、これだけは確信を持って言うことができる。ルートは違えども、たどり着いたところは慶応とまったく同じだった。なぜなら、近年の甲子園で、吉田輝星たちほど楽しげにプレーしている選手を見たことがなかったからだ。

 高橋佳佑や吉田大輝が、彼らなりの道を見つけたとき、きっと兄たちの背中が見えてくるはずだ。そして、客観的にどう映ろうとも、それこそが金農流の「エンジョイ・ベースボール」になる。

文=中村計

photograph by Kei Nakamura