今夏に迫ったパリ五輪への出場を目指す山本有真(24歳)。インタビュー第2回では、中継でも度々話題になり、山本の個性のひとつとなっているメイクや美意識への思いを聞いた。《NumberWebインタビュー/全3回》

 名城大学で全日本大学女子駅伝6連覇、大学女子選抜駅伝5連覇に貢献した山本有真は、2023年4月、積水化学工業陸上部に入社した。

 大学で駅伝8回出走中、4回区間賞、2回区間タイ、1回区間新、さらに1500mや5000mで結果を残すなど、駅伝力に優れ、学生屈指の走力を持つ山本は、実業団からすれば喉から手が出るほど欲しい選手だが、本人のなかには葛藤もあったようだ。

山本が走る“モチベーション”

「大学3年の頃は、陸上を続けようと思っていなかったんです。特に結果を残しているわけではなかったですし、実業団でつづけていける自信がなかったからです。でも、4年生になって成長して、注目されて、そこで初めて実業団に行きたいと思って監督に相談しました」

 山本が選んだのは積水化学工業だった。

「監督の野口(英盛)さんとお話をさせていただいた時、監督自身も怪我で一時チームを離れた期間があったらしくて、『一度離れたことはプラスに捉えている。俺は、そういう経験をした方が強くなれると思うし、めちゃくちゃいい経験をした選手だと思っている』と言ってくださったんです。監督がすごく理解のある人でしたし、チームの自由な雰囲気もすごく良かったです」

 積水化学は、山本の個性に理解を示してくれたわけだが、同時に山本も活動ベースが関東にあり、寮に門限がなく、ヘアカラーやメイク、ネイルなどが自由で、おしゃれに制限はないチームに好印象を抱いた。

「自由な環境がありがたかったです。特におしゃれができるのがすごく重要で、今、私が陸上を続けるうえで大きなモチベーションになっています」

「ドアップで映されるのに、メイクなしなんて無理です(笑)」

 山本は、笑顔でそう語るが、この「おしゃれ」が、山本という選手を紐解く際、ひとつのキーワードになる。

「名城大や積水で駅伝を走っていると、その姿が全国中継されるんです。ドアップで映されるのに、メイクなしなんて無理ですよ(苦笑)。私は、おしゃれをして、自分が一番自信を持てる姿でスタートラインに立ちたいんです。そうするとモチベーションが上がるし、堂々と走れるんです」

 今や陸上界の「おしゃれ番長」になった山本だが、それでも「メイクしている暇があるなら練習しろ」「メイクに使う金があるなら陸上に使え」とSNSなどで苦言を呈されることもあるという。

「いろいろ言われても私は、あまり気にしないですね。だって、気にしてもメイクは落とせないですから。長距離選手がおしゃれをしちゃいけないわけじゃないので」

「“前髪直す人”みたいに言われていますけど…」

 メイクされた表情がテレビに映り、「かわいい」と評判になるにつれ、心ない声は徐々に少なくなっていった。最近は、選手を始めいろんな人に「どんなメイクしてるの?」と聞かれたり、「メイク、素敵ですね」と言われることが増えた。山本は「めちゃうれしいです」と表情を崩す。

 メイク術はYouTubeを見て、参考にし、自分なりにアレンジしている。メイクの時間は15分、髪の毛のセットを合わせて30分程度。試合の際は、ホテルでセットしていくが、ストレッチ、アップに再度、メイク直しの時間を考慮して競技場に移動する。

「メイクしていると自然と戦闘モードに入って、気持ちが盛り上がってくるんです。レースの直前もメイクチェックが欠かせないですね。トイレに行って、鏡で確認し、リップを塗ってスタートするようにしています。表彰式では、前髪を揃える櫛が欠かせないです。前髪、崩れていたらいやじゃないですか。なんか、私だけ櫛で前髪直す人みたいに言われていますけど、これはみんなやっていますからね(笑)。今は、練習の時もメイクしています。寮にいる以外、すっぴんで外には出ないです」

 最近はヘアカラーにこだわっており、インナーカラーを入れて髪の毛全体を軽く、立体的に見せていると語る。

駅伝中継にも見えた“走りを楽しむ姿”

 山本は、美意識を高めることと競技力を高めていくことに同じ熱量をかけている。どちらも自分の人生に不可欠なもの。だから、誰に何を言われても自分を貫いてきた。自分軸を持ち、ブレないメンタルを持つ選手は、しぶとく、強い。

 昨年、優勝したクイーンズ駅伝では2区に出走した。襷を受けて600mで3チームを抜き、トップを走る資生堂に喰らいつき、区間賞を獲得。サングラスを装着しての快走で表情やメイクは分かりづらかったが、区間賞のインタビューでは前髪と顔周り(こめかみ)の髪の毛を巻き、メイクを整えて、受け答えをしていた。

 その表情以上に、伝わってきたのは、走りを楽しんでいる姿だった。

「駅伝は、今まで一度も緊張したことがないですし、本当に楽しく走れるんです。チーム戦なので、責任もあるし、次の人のために走ろうというのがすごく自分のパワーになります。ただ、今は個人種目でトラックを走る方が好きです。自己ベストに挑戦して、記録を出すのはすごくワクワクします。大学の時はトラックも駅伝のためにという感じだったんですけど、積水では自分の好きなレース、好きな種目に挑戦させてくれています。世界で戦える選手を作るというのがチームの目標でもあるので、個人種目に特化した練習メニューをいただいて陸上に打ち込める。今、すごく充実しています」

 美と走力の二兎は、追うものではなく、両立できるもの。

 山本が実証してきたことは、陸上界の新たな風になり、今後を担う女子アスリートたちに大きな影響を与えていきそうだ。

《インタビュー第3回に続く》

(撮影=杉山拓也)

文=佐藤俊

photograph by AFLO/Takuya Sugiyama