3月に行われた競泳パリ五輪代表選考会の200m個人メドレーで2位に入り、自身初となる大舞台の切符を獲得した早稲田大学4年の松本信歩(しほ)選手(東京ドームスポーツ)。父母はともに東大卒で、弟も東大水泳部の3年生。自身も全国屈指の進学校から早大へと進学し、現在はスポーツビジネスを専攻する。かように「文武両道」を地で行く活躍を見せている松本選手だが、限られた時間をどう活用しているのだろうか。<前後編の後編/前編から読む>

 松本が早大に入学した2021年の夏。コロナ禍の影響を受け、1年延期となった東京五輪で大橋悠依(イトマン東進)が200mと400mの個人メドレーで2つの金メダルを獲得した。未知のウイルスとの戦いや、過去類を見なかった延期など逆風も多かった東京五輪で、大橋の泳ぎは大会を通じてのハイライトのひとつにもなった。

早大入学後に急成長した松本

 同種目のライバルが脚光を浴びる姿を見て尊敬の念を抱く一方で、3年後のパリ五輪を見据えた時、松本自身も日本ランキング上位に入っていることにも気がついた。高校まではおぼろげだった目標の輪郭が、その頃からにわかに現実味を帯びることになった。

 そしてそれをきっかけに、松本は急成長を見せる。

 大学日本一を決めるインカレでは、1年時から昨年まで200m個人メドレーで3連覇。今年の年明けには同種目で派遣標準記録も突破するなど、一気に五輪代表入りを射程圏内に収めていた。3月の代表選考会でも勢いそのままに、自己ベストのタイムで大橋に次ぐ2位。念願だったパリ五輪出場権を手中にした。

 加えて、大学入学後の松本の活躍はスポーツ分野だけに留まらなかった。

 日本トップクラスのスイマーでありながら、学業面も疎かにしたくないという思いから、毎年のように資格試験にも挑戦してきた。

 早大では学部の成績優秀者数名しかもらえない奨学金を受けながら、1年時には簿記2級、2年時にはスペイン語検定5級と宅建の資格を取得した。3年時に受験した行政書士試験はわずかに得点が足りなかったため、パリ五輪後に時間が合えば再挑戦しようと考えているという。

 日本トップクラスのアスリートでありながら、学業との両立をハイレベルでできる選手はそう多くはない。日頃からどんな部分を心掛けているのだろうか。

「意識しているのは『まず目標を決めてしまうこと』ですね。資格の勉強に関して言えば、試験を先に申し込んじゃう。それで、その日までの期限を決めて、『そこまでにやらなきゃいけないことはこれだ』というのを明確にする。

 意外と寝る前とか、練習への移動中とか、時間はいくらでも作れるものです。あとはそこで何をやるかがハッキリしていれば、効率よく吸収できるかなと」

 松本はそんな風に時間の使い方の「コツ」を語る。

 また、どの資格試験を受けるかを考えるときには両親からアドバイスをもらうこともあるという。

「『何の試験を受けようかな』とかは相談しますね。やっぱり勉強面では親に敵わないので、アドバイスは参考になります」

学業と競泳、結果を出すための共通点とは…?

 意外にも学業と水泳、全く違うフィールドのように見えて、共通することもあるのだという。

「どちらの分野にも言えるのは、『できないことにちゃんとこだわって、できるようにする』のが大事ということですかね。これは私の性格的な部分もありますが、水泳でも勉強でも『あれをやらなかったな……』という思いを残して本番に望むのがすごく嫌なんです。

 不安を抱えて泳ぎたくないし、試験に行っても『この問題、やったことあるハズなのにわからない』となるのが本当に嫌で。自分でやると決めた以上は、『やれることはやった』と思えるまで繰り返しやることは意識しています」

 また、自分の中に全く違う分野で力を懸けられるものが複数あるということは、「精神面でも大きな意味がある」と松本は言う。

「水泳の方はどうしても調子の波があるので、常に好調の時ばかりではありません。そういう時に、資格取得や学業という全く違う軸の打ち込めるものがあるというのは、気持ちを切り替える意味でもプラスになる気がします」

 実際、今夏の五輪を控え大学を一度休学する案もあったそうだが、上記の理由で学業と水泳の両立を決めたという。

「一意専心」という言葉に代表されるように、特に日本ではまだ「何か1つのことに集中することへの美学」が根強くあるように思う。ただ、本当にそれは、選手たちの生きる道を広げて行くことになるのだろうか。

 松本はいまの若い選手たちの進路に関して、こんな風に考えているという。

「別に競技と勉強と、どっちかを捨てる必要なんて全くなくて。まずは今しかできないことを優先すれば良いだけだと思うんですよね。例えば私にとっては水泳が今しかできないことだと思うので、まずはそれが1番にできる環境を選んでいます。

 でも、当たり前ですけど水泳以外の時間もあるんです。そこの時間で自分のやりたいことや、勉強をすることって全然できるので。練習の合間とか、夜寝る前、移動時間とか考え方次第でいくらでも時間は作れると思います」

五輪では「何より競技の結果」

 そんな揺るがない自律のメンタリティを武器に、8月に松本は自身初となる大舞台へと挑む。

 現在は国内の高地合宿施設でトレーニング中。5月下旬から欧州グランプリシリーズを回る予定で、その後は一度帰国してから最終調整を行い、五輪事前合宿地の仏・アミアンに入るという。

「やっぱり国の代表として戦うことになるので、なにより競技の結果ですよね。泳ぎの内容は二の次かなと思います。準決勝で自己ベストを出して、決勝進出が目標です」

 文と武の二刀流アスリートは、フランスの地での大躍進を虎視眈々と狙っている。

文=山崎ダイ

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