プレミアリーグのルートン・タウンFCへ電撃移籍――驚きのニュースから3カ月が過ぎた。サッカー日本代表・橋岡大樹(24歳)は世界最高峰の舞台で懸命にもがいている。来季の行方を占う激しい残留争いに身を置く中で、着実に掴みつつある手応え、そして微かに芽生えた自信とは……。後編は、“大物”にもビビらない底抜けの明るさとコミュニケーション力に迫った。〈全2回の2回目/前編から読む〉

 長いストライドを活かしてダイナミックに縦へ仕掛け、クロスを狙う。これがサイドバック・橋岡大樹の代名詞だ。ただし、彼が積極的に仕掛けるのは、試合中だけではない。

 今年3月30日、プレミアリーグ第30節トッテナム戦終了直後のことだった。相手の大エースであり、昨季、アジア人として初めてプレミアの得点王に輝いたソン・フンミンが主審と雑談をしていた。そこに背後から、橋岡が忍び寄った。トントンと肩を叩いて耳元で何やら囁くと、ソン・フンミンも笑顔で振り返る。そのまま互いに肩を抱いて、楽しそうに話していた。

「会話の中身について、いろんな人に聞かれるんですけど、本当にたわいもない内容なんですよ。直前の代表ウィークのことを話しただけで。僕が勘違いして、『韓国、ホームでタイに負けちゃったね』って言ったら、ソン・フンミン選手に『いやいや、引き分けだよ』ってつっこまれました(笑)」

 たとえ相手がどれだけ有名な選手でも、自分より年齢が上でも、物怖じせずにコミュニケーションを取る。この姿勢も、橋岡がファンやチームメイトに愛される理由なのだろう。

「だってソン・フンミン選手は、同じアジアの、しかも隣国のプレーヤーですから。せっかくの機会なんで『話さなきゃ』と思って。僕は周りから社交的なキャラだと思われて、よく『どうしたら人と仲良くなれるか』と相談されるんですけど、本当に何も考えてないんです。自分がしたいことをしてるだけなんですよね(笑)」

 あくまで自分らしく、自然体で。余談だが、ファッションに対してもスタンスは同じなのだそうだ。常にファンやメディアから注目される職業だから、見た目にはこだわるタイプ。洋服選びも好き。ただし、その基準は自分に似合うかどうか。最もカッコイイと憧れる男性有名人は、あの人だ。

「長瀬智也さん。バイク好きとして有名ですけど、そのこだわりや生き方がファッションにも現れていて、すごく似合っている。長瀬さんみたいな服装が好きということではなくて、自分のスタイルを持っていることがカッコイイ。生き方や人間性と服がマッチしているんですよね」

 橋岡は、ナイスガイだ。敗戦後の悔しさも、オウンゴールしたときの心境も、はたまたサッカーとは関係ないファッションのことも、練習への行き帰りに車内で『酒のツマミになる話』の音声を聞いているというエピソードも。屈託のない表情と声色で素直に話してくれる。

 ただし、これはあくまで表の顔である。当たり前だが、みんなに愛される「ハシ」にだって、悔しさと絶望感にまみれた誰にも見せたくない表情になることがある。

「悔しくて、悔しくて…」TVで見たアジア杯

 今年2月、橋岡は自宅のテレビの前で眉間に皺を寄せたまま、拳を握りしめていた。目の前の画面には、アジアカップ準々決勝でイランに敗れる日本代表の姿が映し出されていた。

「2022年にカタールW杯が終わったときに、次の国際大会では絶対に俺も代表に入るんだと誓いました。でも、入れなかった。それが悔しくて、悔しくて」

 日本はイランの高さと強さに屈した。両サイドから次々とクロスを放り込まれ、逆転負けを喫した。もしもあの場に、高さのある橋岡大樹がいれば……そんな筆者の空想を伝えると、それまで饒舌だった184cmの長身サイドバックは、口をつぐんだ。

「いや、僕はチームの外にいた人間なんで、アジアカップでの戦い方について言うことはないですね。ひとつだけ言えるのは、自分のプレーをチームに還元したかったということ。でも、それができなかった。シンプルに、自分の力不足です」

 妬まず、腐らず。最善の準備と心構えをして、チャンスが来る日を待つ。これが、初めて日本代表に選ばれたときから貫くスタイルだ。2021年10月、カタールW杯アジア最終予選でもそうだった。このとき橋岡は、アウェーでのサウジアラビア戦とホームでのオーストラリア戦に臨む日本代表に招集された。しかし、2戦ともベンチメンバーから外れ、スタンドから観戦した。

 それでも練習では誰よりも声を張り上げ、全力でボールに食らいついた。試合後にはすぐさまピッチに降りて、スタッフの後片付けを手伝った。合宿中のある日、当時の正GK権田修一から言われた。

「俺もベンチ外の時期が長かったけど、今はこうやって試合に絡めている。気を落とさず、練習から一生懸命に手を抜かずにやることは大切だし、それが今後、絶対に生きてくるから。腐らず頑張れよ」

北朝鮮戦のピッチで光った“自信”

 今年3月、橋岡は北中米W杯アジア2次予選の北朝鮮戦で日本代表復帰を果たした。日本が1−0でリードする後半29分、森保一監督に呼ばれた。同点ゴールを狙ってパワープレーにシフトした北朝鮮を、5バックにシステム変更して迎え撃つ。逃げ切り要員。橋岡が担ったタスクは明確だった。右ウイングバックに入ると、敵のサイドアタッカーにガツンと体を寄せて、クロスを許さない。逆サイドから飛んでくるクロスは、高くて強いヘディングではね返した。

 ただし、プレミアリーガーは、それだけで終わらなかった。ボールを持てば、縦へ、縦へ、突き進む。そうやって、前に出たい北朝鮮を押し返した。

「やっぱり自信が大切なんだと思います。ルートンで、プレミアリーグで、普段から高い強度でやっているからこそ、北朝鮮戦でも自信を持ってプレーできた。失点しないことを最優先にしながらも、攻めるべきところでは思いきって前に出る。イングランドで一番成長したのは、そういうメンタルの部分なのかなって思います」

 日本代表とルートンでは、戦術が大きく異なる。ミドルゾーンで守備ブロックを組むことが多い森保ジャパンに対して、ルートンは常に前に出て、相手を捕まえる。その違いに、戸惑いはないのだろうか。

「たしかに難しさはありますね。特にルートンの場合、敵陣ではマンツーマンでどんどんプレスに行くので。ただ、これは僕に限らず、全員の難しさだと思うんです。それぞれのクラブで戦術は違いますから、代表の活動期間は頭の中を擦り合わせて、共通意識を持たないといけない。それがスムーズにできたら、日本は本当に強いチームになると思います」

 今、橋岡とルートンは崖っぷちにいる。下位3チームが2部に降格するプレミアリーグで、現在20チーム中18位。残り2試合で、残留圏の17位ノッティンガム・フォレストとは勝ち点3差だ。

「来季、自分の力をプレミアで見せつけるためにも、とにかく残留したい。いや、残留します。いけます。僕は、目標を公言した方がいいタイプなんです。小学生のときも、『将来、絶対に埼玉スタジアムでプレーする』と言い続けていた。プロになってからも、『プレミアに移籍する』と言い続けて、現実になりました。だから絶対、残留します」

 幼い頃、橋岡は自室の壁に紙を貼り、でっかい文字でこう書いていた。

「世界で通用するプロサッカー選手になる」

 間もなく、25歳を迎える。W杯にも、チャンピオンズリーグにも、まだ出場したことはない。世界で通用する男への道は、まだ途中だ。

〈前編から続く〉

文=松本宣昭

photograph by Yudai Emmei