この馬が勝てば、史上初の父仔3代制覇となると同時に、史上8頭目の無敗のクラシック二冠馬が誕生する。そして、管理調教師は自身の持つ同レース現役最多勝記録を「4」に伸ばし、主戦騎手の言葉を借りると、「2人のダービージョッキー」が生まれる――。
今週末の「競馬の祭典」第91回日本ダービー(5月26日、東京芝2400m、3歳GI)で本命視されている、ジャスティンミラノ(牡、父キズナ、栗東・友道康夫厩舎)である。
藤岡康太が戸崎圭太に伝えていた“ミラノのすべて”
ジャスティンミラノは昨秋の新馬戦、今年初戦の共同通信杯、そして前走、4月14日の皐月賞を3戦全勝で制した。
皐月賞の1週前追い切りまでこの馬に調教をつけていたのは、4月6日のレース中に落馬し、同10日に35歳の若さで亡くなった藤岡康太騎手だった。
藤岡騎手は仕事熱心で礼儀正しく、一度でも話した人はみな好きになってしまう、本当にいい男だった。
腕もよかった。デビュー3年目の2009年のNHKマイルカップでGI初制覇を遂げ、昨秋、急きょ乗り替わったナミュールでマイルチャンピオンシップを勝ち、GI2勝目をマーク。今年もハイペースで勝ち鞍を重ねていたさなかのアクシデントだった。
彼が世を去ってから4日後に行われた皐月賞のゴールを、先輩騎手の戸崎圭太が騎乗したジャスティンミラノが先頭で駆け抜けた。
検量室前でジャスティンミラノと戸崎を迎えた友道康夫調教師も、友道厩舎のスタッフも、泣いていた。戸崎も、ゴーグルで涙を隠していた。
「ゴール前で、最後にひと押しあったのは、康太のおかげだと思っています」
そう振り返った戸崎に、藤岡騎手は、自身がジャスティンミラノの調教に乗って得た感触を、競馬場で会うたび細かく伝えてくれたという。走り出してから何完歩目で折り合ったかの完歩数まで、具体的に。
「ジャスティンミラノがこんなに強くなったのも、康太のおかげです」
そう話す友道調教師によると、藤岡騎手が友道厩舎の調教をサポートするようになったのは、藤岡騎手がフリーになった2013年ごろからだという。
友道調教師は、16年マカヒキ、18年ワグネリアン、そして22年ドウデュースで、現役最多となるダービー3勝を挙げている。これら3頭とも、藤岡騎手が稽古をつけていた。ジャスティンミラノにも、新馬戦の前から調教で騎乗していた。
友道師が語るダービー「自分の力だけでは勝てない」
その藤岡騎手からバトンを受け、ダービーの2週前と1週前追い切りに騎乗したのは、荻野琢真だった。藤岡騎手とは競馬学校騎手課程の同期生だ。荻野は、藤岡騎手の紹介により、友道厩舎の調教に乗るようになったのだという。
荻野は、先週19日の京都6レースのゲート内で馬が暴れて右足を負傷し、休養することになった。だが、その4日前に行われたダービーの1週前追い切りでは、きちんと職責を果たしていた。
2週前と1週前にしっかり負荷をかけ、レース週はソフトに仕上げるのが「友道流」の調教である。
レース週の22日、栗東の坂路コースで行われた追い切りには調教助手が騎乗し、エネルギーをたっぷり溜めたままでの最終調整がプランどおりに行われた。
これだけ外厩の施設と調教技術が進化したこの時代でも、友道厩舎では、皐月賞からダービーに向かう馬はすべて在厩で仕上げている。前出のダービー馬3頭も、ジャスティンミラノもだ。馬にとっては一世一代の晴れ舞台に向け、ほんの僅かな変化も見逃さないための手法である。
皐月賞から距離が400m延びることに関して、戸崎と友道調教師は「心配していません」と口を揃える。
共同通信杯では向正面で動いて2番手まで進出した。普通ならそのまま抑えが利かなくなり、掛かってしまうところだが、戸崎が手綱を引くと、すっと折り合った。皐月賞でも、ゲートからある程度出して行ったのに、まったく掛からなかった。日本の競馬で距離がもつかどうかは、イコール、どんな流れでも折り合えるかどうかだと言っていい。この馬は、前に馬を置かなくても、鞍上の指示を受け入れて折り合う頭のよさと、高い操縦性、機動力、爆発力といった、ビッグレースを勝つために必要なものをすべて持っている。
もともとストライドが大きく、東京芝2000mの新馬戦と、東京芝1800mの共同通信杯を完勝していたので、早くからダービー向きだと言われていた。取りこぼすとしたら小回りの皐月賞だと思われていたのだが、そこを1分57秒1というコースレコードで制した。いわんやダービーをば、という状況なのだが、友道調教師に油断はない。
「2009年の皐月賞をアンライバルドが勝って、ダービーで1番人気になったのですが、当日、ものすごい雨が降って不良馬場になり、12着に負けたんです。あんな豪雨はそうあるものではない。自分の力だけでは勝てないんだな、と思い知らされました」
どんな馬がダービーを勝てると思うかと問うと、こう返ってきた。
「やはり、精神力が強く、気持ちが落ちついた馬、オンとオフがはっきりしている馬なのかな、という気がします」
「康太と一緒というのがすごく心強いんです」
2006年にサクラメガワンダー(10着)で初参戦した友道調教師にとって、今回が10回目(14頭目)のダービー出走となる。そのうち3勝しているわけだが、一方、同じく今回が10回目のダービー参戦となる戸崎は、18年のエポカドーロと19年のダノンキングリーでの2着が最高着順で、いまだ勝利はない。
Number本誌の取材で4月末に話を聞いたときの戸崎は、本命馬でダービーに向かうことができ、緊張感が高まっていく状況を楽しんでいるかのようだった。競馬場やトレセンでの囲み取材を除き、私が彼にロングインタビューをしたのはそれが2度目で、1度目は、彼が地方競馬の大井からJRAに移籍したばかりの13年3月だった。人当たりのよさや、こちらの問いかけに向き合う真摯さ、親しみやすさなどはあのころのままだが、この11年での経験がそうさせたのか、ちょっとやそっとのことでは動じない、いい意味での不敵さを身につけたように感じられた。
「ここ1、2年で、レースへの臨み方が変わってきているのを感じます。5年前の大きい怪我も含め、いろいろあったなかで今の自分があって、ダービーで1番人気になるほどの馬に出会うことができた。こういうタイミングだったのかなと、自分では感じています」
大レースの前に眠れないことなどはないが、自分はすごくあがり性なのだと笑う。が、その笑顔からは余裕が感じられる。
「これほどの馬なので、すごく大きな責任を感じています。でも、今回は、やっぱり康太と一緒というのがすごく心強いんです。勝ったら康太も喜んでくれるでしょうし。だから、2人のダービージョッキーが生まれる、という思いで、そこを目標にしています」
勝てば、祖父ディープインパクト、父キズナにつづく、史上初の父仔3代ダービー制覇となる。
記録にも記憶にも刻み込まれる、特別なダービーとなるか。
スタートの時が近づいている。
文=島田明宏
photograph by Keiji Ishikawa