2020年から始まったコロナ禍を経て、さまざまな部分で生活様式が変化した。そのなかでも、特に注目されたのが「自動水栓」の導入だ。これは、近赤外線センサで人の手を感知し、その信号で電磁弁を開閉することにより非接触で水が出る手洗い蛇口のこと。

手をかざすだけで水が出るという利便性はもちろん、蛇口ハンドルに触れる必要がないという衛生的なメリットが認知され、コロナ禍を機に全国の小中学校を中心とした公共施設に一気に普及した。

今回は、自動水栓の製造・販売を手がける株式会社バイタル(以下、バイタル)の代表取締役 土屋智宏さんに、コロナ禍前後の自動水栓の動向や、小中学校からの需要が急増した理由などについてインタビューを行った。

■コロナ禍で売り上げ激減…バイタルが直面した危機
コロナ禍で公共施設を中心に一気に普及を果たした自動水栓。バイタルが製造する後付け自動水栓ブランド「デルマン」は、コロナ禍以前にも全国コンビニエンスストアのシェア率80%以上、JR東日本の新幹線シェア率100%を獲得している、日本で暮らす人なら必ずと言ってもいいほど、一度は使ったことのある製品だ。

「セブン-イレブンさんへの導入台数は5万5000台で国内シェアNo.1で、ローソンさんやファミリーマートさんでも全店で標準採用となっております。全国のコンビニエンスストアへの導入台数は9万8500台にのぼります。また、航空機用のシェア率は全世界の25%以上、JR東日本の新幹線(トイレ個室内)では必ず使用されているなど、さまざまな場所で活躍しています」

順調に事業を展開していたバイタルだったが、2020年に起こったコロナ禍により営業活動を自粛せざるを得なくなり、しばらく何もできない状態が続いた。また、新幹線や飛行機が動かなくなり、人々も外に買い物に行く機会が少なくなったことで、需要がなくなって売り上げが激減するという事態に陥ってしまった。

しかし、しばらくすると小中学校からの注文が一気に増えたそうだ。特に、日本の公立の小中学校は予算の都合上古い設備の蛇口を使っていることが多く、自動水栓がほとんど普及していなかった。しかし、蛇口のハンドルからのウイルス感染が起こってしまったこともあり、急遽自動水栓を導入することに決めた学校が多くなったのだとか。

「これまで教育現場では、自動水栓はぜいたく品という見方がされていましたが、感染対策の必要性が出てから自動水栓の需要が急激に高まりました。弊社はもともと、学校の水道に簡単につけられる自動水栓を開発していたのですがあまり売れ行きはよくありませんでした。ですが、コロナの集団感染を防止するために、全国の学校で弊社製品が必要とされるようになりました」

■集団感染を防止!自動水栓が守った学校現場
感染対策の必要性で、学校を中心に一気に広がりを見せたデルマン。小中学校を中心に広がったのには、コロナ禍の感染対策のために予算が配分されたことも要因のひとつだった。現場では先生たちが必死に子どもたちへの感染を食い止めていた状態。そのような際に取り付けられた自動水栓は、まさに救世主的な存在だった。

「感染対策の基本である手洗いが集団感染の元凶となっては意味がありません。だからこそ、学校現場にて弊社の自動水栓が導入することに意味があったと思います。実際に、最前線でコロナ対策をしていた先生方はすごく怖かったと思います。そのような状況において、弊社製品が活躍できたことをすごくうれしく感じています」

また、バイタルは所在地である長野県佐久市の小中学校に自動水栓の寄付も行ったという。その際には子どもたちは自動で水が出る蛇口に大興奮して、我先にと長蛇の列ができたり、手をかざして遊んだりと、思い思いに楽しんでいたのだとか。

コロナ禍には学校だけでなく病院や公民館などの公共施設からの需要も多く、一時は製造が追いつかない状態が続いたそうだ。それでも自動水栓を全国に配備し続けた結果、学校向け設置台数は約4万5000台に上り、2021年は2020年と比べて6倍もの製品の導入を達成。学校現場の手洗い風景は一変し、今では自動水栓が主流となった。

「コロナ禍を通して、自動水栓の認知が一気に高まりました。以前は営業をする際に『自動水栓とはどんなものか』を説明しなくてはいけませんでしたが、現在はほとんどの人が知っている状態です。国中が感染対策に追われることになった結果、自動水栓が一般化してみなさまに浸透しました。ですので、昔とコロナ禍がいったん静まった今とでは営業の感触が全然違いますね」

■「新しい手洗いの習慣を作っていきたい」コロナ後の自動水栓の動向は?
コロナ禍も落ち着きを見せ、外出や旅行ができるようになった今日このごろ。学校への導入も一通り終了した現在、自動水栓の需要はどのように変化しているのだろうか。土屋さんは「コロナ禍で製造が止まっていた新幹線や航空機など、インフラを中心に販売台数が伸びている」と話す。

「学校や病院などの公共施設からの需要は一旦落ち着きましたね。現在では、特に航空機からの需要が高まっています。やはりコロナ禍が過ぎ去ってみんなが遠出するようになりましたからね。また、円安の影響もあってインバウンドも復活してきているのも関係していると思います」

現在は航空機を中心に、コンビニエンスストアやファミリーレストランなど、コロナ前の営業先に軸を戻しつつあるという。また、意外にも病院は自動水栓を導入していない場所も多いそうで、現在は病院を含めた公共施設への営業にも引き続き力を入れているそうだ。

最後に、土屋さんに今後の自動水栓の展望について聞いた。

「これからも新しい手洗いの習慣を作っていきたいですね。今後は、誰がどのくらい手を洗ったかがわかる『スマート自動水栓』の開発に力を入れていきたいです。考えている導入先はスーパーマーケットやレストランのバックヤードですね。このような業界は手洗いがマニュアル化されていることが多いのですが、実際にキレイに洗えているかは確認できません。そのため、スマート自動水栓でキレイさを可視化できるようにするのを目標にしています」

「現状の手洗いからさらに一歩踏み込んだ、手がキレイになったことがわかる自動水栓を実現したい」と野望を話す土屋さん。手洗いの重要性が再確認されたコロナ禍での経験を経て、バイタルはさらに手洗いの市場を開拓し、進化を続けていくだろう。新しい手洗いのあり方を作ることを目標にしているバイタルの挑戦に、今後も注目していきたい。

この記事のひときわ#やくにたつ
・ピンチをチャンスに変えるのが成功の道
・需要がどのような形で生まれるかわからないこともある
・誰もがすることは一定の需要を生み出している

取材・文=福井求(にげば企画)