ミュージカル俳優でカメラマンの木南清香さんは今年の初めに第1子を出産しました。出産直後は、寝かしつけに苦戦したそうです。そんな木南さんに劇団四季時代の話から、結婚、出産、現在までの生活について聞きました。

劇団四季から会社員へ、ガラリと生活が変わった20代


――木南さんは幼いころからミュージカル教室に通い、学校では音楽を学び夢に向かって着実に進んでいる印象があります。

木南さん(以下敬称略) 大学卒業後はニューヨークに短期留学しました。そして、帰国後は劇団四季の入団試験を受けることにしました。東京でレッスンを受けるにしても知り合いがいなかったので、まわりの友だちに情報をもらい、24歳で合格。しかし、ミュージカルは声の出し方が難しく、何度ものどをつぶしてしまいました。

――劇団四季を退団後はまったく違う仕事をしていたそうですね。

木南 退団後は3年ほど一般企業で働いていました。簿記と秘書検定、PCスキル向上のためExcel、Wordの資格を取得しました。そのときは舞台の仕事をやるつもりがなかったので、レッスンも受けず、とにかくキャリアアップに努めていました。けれどある日、舞台に誘われて観劇したところ「やっぱり舞台に立ちたい」と気持ちが再熱しました。そこから28歳でミュージカルスクールに入り、オーディションを受け、いくつかの作品に出演しました。

――しかしそこから新型コロナウイルスが流行し、舞台関係の仕事が止まってしまったそうですね。そのときはどのようにして過ごしていましたか?

木南 コロナ禍でいろんな仕事がストップしてしまい、この時間に何かを学びたいと思いました。もともとヘアメイクやカメラに興味があったので、どちらかをきちんと学びたいなと思い、いろいろと調べていくうちに、カメラ学校で基礎を学ぶことにしました。その後、舞台と両立しながらフォトスタジオにてカメラマンとして2年ほど働きました。2022年の9月には自分の会社を設立し、現在はおもにカメラマンとして活動しています。

夫との出会いのきっかけは妹からの誘い

――34歳で結婚されたそうですが、夫さんとのなれそめや出会いのきっかけを聞かせてください。

木南 妹の晴夏が参加予定だった食事会に当日、風邪で来れなくなった人がいて、「お姉ちゃん、代わりに来てくれない?」と頼まれて参加することになりました。その食事会に居合わせた男性が夫です。

――その後、結婚。そして、第1子を妊娠されましたが、妊娠がわかったときはどんな気持ちでしたか?

木南 子どもがほしいな、とは思っていましたが、妊娠がわかったとき、最初は半信半疑でした。40歳を過ぎての妊娠だったので、うれしいという感情はもちろんあるものの、無事に出産までいたってくれるかどうか不安のほうが大きかった面もあります。

――妊娠中の生活は順調でしたか?

木南 安定期に入るまではやっぱり不安でした。妊娠中は頭痛と眠けとの戦いでしたが、吐きけはなかったので比較的楽だったように思います。妊娠後期は仕事をしながら元気に動きまわっていました。元々オーバーサイズの洋服が多かったので出産までマタニティーウエアを買わずに過ごせそう・・・と思っていましたが、かなりおなかが大きくなったので結局、購入しました。

母子共にぐっすり眠るためのルールとは?


――今年の初めに赤ちゃんを出産された木南さんですが現在、育児の悩みはありますか?

木南 産後すぐは初めてのことばかりでかなり戸惑いました。なんで泣いているのかわからず、とにかくずっと抱っこをしていました。寝たあともそっと置くと、またすぐ泣くので、「どうしたらいいんだろう」と途方に暮れることもありました。

――現在はその悩みは解消されましたか?

木南 そこから育児経験のある友だちにアドバイスをもらったり、本を読んだりして研究しました。うちの子の場合、置いた状態で寝かしたほうがぐっすり寝てくれることがわかったのでおなかの中にいたときのように体をまるく保つ「まんまる育児」を試しました。さらに朝は8時に起きて、20時に寝るということを習慣化させたところ、朝までぐっすり眠ってくれるようになりました。

――ほかにも試したことはありますか?

木南 とにかく抱っこで寝かせない、置いた状態で寝かせる、を徹底しました。また、寝室のカーテンを遮光カーテンにしたこともよかったと思います。夜中は、一度だけ起きる日もありますが、ルーティーン化してからはしっかり寝てくれるので私も睡眠時間が取れて、体調がすごくいいです。

――赤ちゃんが受けなければならない予防接種もたくさんありますね。

木南 初めての予防接種は私が先生に「痛いですよね?やっぱり泣いちゃいますよね?」と、いろいろ質問したので、「お母さんのほうが泣きそうだね」と言われてしまいました。普段あまり泣かない子ですが、さすがに注射では大泣きしていました。

節目の行事はスタジオで撮影


――子どもが生まれたことで、社会の見方が変わったことはありましたか?

木南 ベビーカーで移動するようになってから、この建物はベビーカーに優しいなと感じたり、バリアフリーのありがたさを感じたりするようになりました。また、赤ちゃんを見ると自然と頬がゆるみ、かわいいな・・・と、感じるようになりました。電車で一緒になった子どもを見て、「何か月くらいかな?」と目で追うようにもなりました。

――パパは育児に協力的ですか?

木南 協力的です。忙しい中でも子どもと触れ合う時間を作ってくれるので助かっています。最近はリズム遊びの動画を見て研究して子どもと一緒に遊んでくれています。

――カメラマンとしても活躍している木南さん。赤ちゃんの写真もたくさん撮っていますか?

木南 カメラマンなので、よくそのようなことを言われますが、うちの子は私がカメラを向けると無表情になってしまうんです。私がカメラを持っているからかもしれません。やはり子どもは、ママやパパがあやすとよく笑いますよね。だから、節目の祝い事はスタジオで撮ってもらっています。近々、「百日祝い」があるのでいろいろと準備の真っ最中です。

――現在は子育てが大変かと思いますが、この先また舞台に復帰する予定はありますか?

木南 今のところ予定はないです。自分の会社の運営とカメラマンの仕事、そして育児に専念して頑張っていきたいなと思っています。カメラマンの仕事は、すでに再開しています。両親が大阪から東京に引っ越してきて東京で生活をしているので、仕事があるときには子どもを母に預かってもらうこともあります。

――これからどんな子育てをしていこうと考えていますか?

木南 自分が幼いころ、バレエやピアノを習わせてもらったので、私も子どもが興味を持ったことは習わせてあげたいです。そして将来、自分のやりたいことがみつかるといいなと思っています。

お話・写真提供/木南清香さん 取材・文/安田ナナ、たまひよONLINE編集部

狭き門である「劇団四季」の門を突破し、入団したあとも努力を積み重ねた木南さん。コロナ禍により舞台の仕事が少なくなったものの、とどまることなくカメラマンという新しい職を手に入れて輝いていました。赤ちゃんを出産したばかりなのでしばらくは育児で大変かと思いますが、今後も活躍を応援したいと思います。

木南清香さん(きなみさやか)


カメラマン、ミュージカル俳優。1981年7月生まれ。大阪府出身。京都市立芸術大学音楽学部声楽専攻卒業後、劇団四季へ入団し、ミュージカル「オペラ座の怪人」や「ライオンキング」へ出演。その後は一般企業で働くも、再度舞台へ戻りミュージカル「ミス・サイゴン」や「レ・ミゼラブル」などの人気作品へ出演している。今年の初めに第1子を出産し、現在は主にカメラマンとして活躍中。