NHKアナウンサーの村上里和さんには2人の子どもがいます。「息子が生まれたとき、不安とプレッシャーでつぶされそうになりました」という村上さんは、ラジオ「みんなの子育て☆深夜便」を立ち上げ、アンカーおよび制作を担当しています。「今、育児に奮闘しているママ・パパに寄り添いたいんです」と話す村上さんに話を聞きました。
全2回のインタビューの2回目です。

出産後3カ月で仕事復帰。育児も仕事も自信がなく、謝ってばかりの日々


――村上さんは現在、29歳の息子さん、15歳の娘さんの母親でもあります。

村上 札幌放送局に勤務していた29歳のとき、息子を出産しました。息子が生まれた日、「うれしい」という気持ちより、プレッシャーと不安のほうが大きかったことを覚えています。私の元にやってきてくれてこの子を、きちんと育てなければいけない。それは私に与えられた責任だ。でも、私のような人間にそんな重要なことができるんだろうか・・・。そんなことを考えて眠れなくなりました。
抱っこも上手にできないし、息子をベッドに寝かせた横でぼう然としていました。

今なら気負いすぎているとわかりますが、当時は子どもを育てることへの重圧につぶされそうになっていました。

「ママの言葉はわかる」と言ってくれた保育士さん。そして始めた読み聞かせ


――子どもを育てることへの過度のプレッシャーを、変えるきっかけはあったのでしょうか。

村上 転機となったのは、保育園の先生の言葉でした。保育園で息子のおむつ替えなどをするとき、私は無言でただ手だけ動かしていたみたい。しかも相当暗い顔をしていたらしく、「ママの言葉はちゃんとわかるから、たくさん話しかけてあげてくださいね」と、先生が声をかけてくれたんです。

絵本の読み聞かせもしていると聞き、「赤ちゃんに絵本を読むんだ!」と驚きました。でも、絵本を読むことなら私にもできると思い、4カ月から絵本の読み聞かせを始めました。それは私と息子の日課になり、小学校高学年まで続けました。絵本は私と息子をつなぐ、とても大切なものとなったんです。

――「みんなの子育て☆深夜便」には絵本を朗読するコーナーがあります。

村上 絵本は子育てを応援してくれるツールだと身をもって経験しているので、リスナーにも「絵本っていいな。子どもに読んであげたいな」って思ってもらえたらと思い、このコーナーを作りました。

朗読をしてくださるのは、子育て中の俳優さんやタレントさん。たとえば、DAIGOさん、市原隼人さん、谷原章介さんなどです。ご自身のお子さんに読み聞かせをするように朗読してくださるので、聞いていると心がぽかぽかして、とっても優しい気持ちになれます。毎日忙しいママの癒やしにもなれたらいいな、と思いながら放送しています。

――村上さんは番組の中で、育児の専門家や育児中のタレントさん、さらに、番組リスナーの声を届けることで、育児に奮闘するママ・パパを応援しています。

村上 悩みながら息子の子育てをしていたとき、のちにアナウンス室長になった女性アナウンサーの先輩が、親身になって「一緒に子育てしましょう」と励ましてくれました。家族じゃない人に頼ってもいいんだと思うと、気持ちがこんなにも軽くなるんだと初めて知りました。この経験も、「みんなの子育て☆深夜便」の立ち上げにつながっていると思います。

番組初回ゲストは山崎ナオコーラさんしか考えられない!自ら出演依頼に出向く

――村上さんは制作も担当しているので、ゲストの出演依頼もしてるとか。印象に残っているエピソードを教えてください。

村上 ぜひママたちにメッセージを送ってほしいと思う方に、「深夜の子育て応援団になってください!」って直接お願いしに行っています。出演してくださった方すべてに感謝しているのですが、やはり、2018年5月に特番として放送された「ママ☆深夜便」の初回に出演してくださった山崎ナオコーラさんは印象深いです。

子育て真っ最中の山崎さんにぜひ1回目に出てほしいと考え、自宅近くまで出向きました。待ち合わせの店に向かいながら、1回目のゲストは山崎さんしか考えられない、でも、当時2歳のお子さんがいて、育児に仕事にとても忙しい山崎さんに、深夜の生放送ラジオ番組に出演してほしいなんて、依頼していいものだろうかと、相反する考えが頭の中でぐるぐるしていたんです。
ところが、山崎さんはニコッと笑って「スタジオに行きますよ!」。本当にうれしかったです。

――山崎さんは1回目の放送に続き、2回目と4回目に出演され、さらにその後も定期的に出演されていますね。

村上 そうなんです。「ナオコーラさんの子育ての話を聞きたい!」というママからの声もたくさん寄せられ、番組のカラーを作るのに山崎さんにはとっても力を貸していただきました。3回目がお休みだったのは、下のお子さんを妊娠中だったから。その後、コロナ禍で自宅からのリモートになったときには、放送中に2人目のお子さんの授乳タイムをはさんでの出演となりました。授乳後はお子さんをひざにだっこしてご参加くださり、「お子さんが起きてしまったのに、ごめんなさい。お子さんを優先してください」と謝ると、「子育てに理解のある職場でよかったです」と。子育て応援番組なのに、子育ての負担になっていないかと心配だったのですが、山崎さんのひと言でほっとしました。

――番組中に山崎さんが話したことで、多くのママに届けたいと思われた言葉はなんでしょうか。

村上 毎回、「さすが!」と感心してしまうコメントをたくさん残してくださるので、一つだけ選ぶのは難しいのですが・・・。「(子どもを)怒りそうになるときは『まだ3歳』と唱えるようにしています」という30代の女性からのおたよりを読んだとき、「『まだ3歳』とあきらめるのはすごくポジティブな感じがする」と答えてくださったことがありました。「『まだ3歳。まあいっか』とあきらめるのはポジティブな感じがしていいなと思います」って言ってくださったんです。この言葉に、多くのママが勇気づけられたと思います。
私は息子をガチガチに型にはめた育児をしてしまいました。当時、山崎さんのこの言葉を知っていたら、違っただろうなと感じました。

専門家の的確な助言とリスナーの温かい励ましで、「1人じゃない」と思える


――子育てに関する専門家もたくさん出演されています。

村上 専門家ならではの視点の的確なコメントには、毎回納得するばかり。たとえば、こんなことがありました。

夫が海外赴任中に日本で出産、夫の帰国まで1人で育児を頑張ってきたママからのおたよりには、「出産直後に一時帰国した夫。赤ちゃんと3人で過ごすのを楽しみにしていたのに、夫は毎日義理の両親を連れて面会にきて帰っていく。毎晩赤ちゃんと泣いていました。今は夫が帰国して一緒に暮らしているが、このことをずっと引きずり、許せなくて、まったく幸せと思えない。自分の黒い気持ちをどうしたらいいのか、助けてください」といったことが書かれていました。

この回のゲストの恵泉女学園大学学長で発達心理学がご専門の大日向雅美先生は、「あなたの気持ち、とてもよくわかります。つらかったですね。命がけで子どもを産むんですから」と肯定してくださったあと、「生後8カ月で体が落ち着いてくるころに、出産前後のトラウマみたいなものがフツフツしてくるもの。“夫婦の関係も成長する”と信じて、少しずつパートナーの方に打ち明けたらいいかもしれません。ご自分1人でだめだったら、安心できる所にご相談されるのもいいでしょうね」と、アドバイスをしてくれました。リスナーからの反響もすごくあったので、とてもよく覚えているエピソードです。

――相談したママから、その後おたよりはありましたか。

村上 1カ月後に「たくさんのみなさんからの励ましで、『1人じゃないのかな』と涙が出ました。みなさんの言葉を思い出し、少しずつ前に進めるといいなと思います」と知らせてくれました。さらにそれからしばらくたって、「仕事に復帰しました!」という前向きな報告も。

育児の専門家が応援団にいてくださるのは本当に心強いです。でも、それだけじゃないと思っています。番組のリスナーも自分の身内のように、このママのことを心配していたんです。そんなリスナーの気持ちも届き、「孤独じゃない」って感じてもらえたのではないでしょうか。

閉塞感を感じながら子育てしているママが、ほっと息をつける場所をつくりたい


――村上さんが2人目のお子さんを出産したのは2008年、村上さんが42歳のときです。

村上 息子が10歳になったころ、もう1人子どもがほしいと夫婦で話し、妊活を始めました。でも、私は39歳だったこともあり、自然に妊娠するのは難しく、不妊治療をすることに。それでもなかなか妊娠には至らなくて。年齢的にそろそろ限界かな、あと半年だけ頑張ってみようと夫婦で決め、そのタイムリミットぎりぎりに授かったのが娘です。「プレゼントのような子」だと感じています。

――1人目と2人目の育児はどのように違いましたか。

村上 息子でひと通り子育てを経験しているし、仕事も自分のペースでできるようになっていたので、娘の場合は、肩の力を抜いて育児をできました。息子のときのように、「きちんと育てなければ!」みたいな必死さはありません。

――息子さんは現在29歳ですが、子育てが終わったと感じたのはいつでしたか。

村上 大学を中退して劇団に入ると息子が決めた、大学3年生のときですね。機械やロボットが好きで、理系の大学に通っていたのに、いつの間にか演じることに魅力を感じるようになったらしく、「演劇の世界で生きていくことを決めたから」って報告されました。

せめて大学を卒業してからにすればいいのにとか、言いたいことはたくさんありました。でも、息子が決めた道を応援しよう、それがこれからの私の役目だと思えたとき、息子の子育ては終わったんだなと感じました。もちろん心配はつきませんが、息子育ての卒業証書を受け取った気がしました。

私の子育てはとてもほめられたものではなく、失敗と後悔ばかりです。でも、そんな私だからこそ、子育てに奮闘しているママ・パパに寄り添えることがあるはず。閉塞感を感じているママが、少しでも息をしやすくなってほしい。そんな願いを込めて「大丈夫、1人じゃない」と、深夜のエールを送り続けています。

お話・写真提供/村上里和さん 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部

子育ての苦しさも楽しさも、仕事と育児の両立の大変さも知っている村上さん。育児中のママ・パパが、さまざまな世代の人とゆったりつながれる場をつくり、応援しています。

●この記事は個人の体験を取材し、編集したものです。
●記事の内容は2024年5月の情報であり、現在と異なる場合があります。
●記事の一部を修正しました(2024年5月24日)

村上里和さん(むらかみさとわ)


PROFILE
NHKアナウンサー。「ラジオ深夜便」アンカー。津田塾大学卒業後、1989年NHK入局。ニュースや生活情報番組のキャスターやリポーターのほか、ナレーションや朗読番組も数多く担当。編書『子育ての不安が消える魔法のことば』(青春出版社)、共著書『子どもを夢中にさせる魔法の朗読法』(日東書院本社)。

記事の一部を修正しました(2024年4月15日)