コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は、ののもとむむむさんがX(旧Twitter)に投稿した『世界のバグを発見した女性の話』をピックアップ。
作者のののもとむむむさんが3月10日に本作をX(旧Twitter)に投稿したところ反響を呼び、6.9万以上の「いいね」が寄せられ話題を集めている。この記事では、ののもとむむむさんにインタビューを行い、創作の裏側やこだわりについて語ってもらった。
■バグの直し方とは…
トモは階段を下りていくと真っ黒な世界に入っていった。スマホの電源も入らない。絨毯の踏み心地とお香の香りを目安に「この辺かな」と感じると、スマホの電源が入った。お香の香りはある扉の中からだった。扉の中にはネスミスがいた。ネスミスはトモが日本から送ったお香を燻らして待っていたという。トモは「2日会わなかっただけなのに寂しくて寂しくて仕方なかったの」と言うと、ネスミスは「昨日も来なかったっけ」と言うのであった。トモは昨日はネスミスには会っていなかった。
トモとネスミスはFacebookで知り合って、話していくうちに恋に落ちた。しかし、ネスミスはチリでトモは日本に住んでいるためすぐには会えないのだと2人は思っていた。そんな時に見つけたのが「世界のバグ」であった。いくつかの工程を踏むと世界のバグが発生し、階段以外の視覚が真っ暗になり、あとは前に進むだけでトモはネスミスに簡単に会いに行くことができるのだ。
その後2人は世界のバグやお互いのことについて沢山話した。そして、トモは「あなたに出会えた」こと、その喜びがあるからみんなこの世界で遊んでいるのかもと考えた。トモが眠り、起きた時にはいつも自分の部屋に戻っているのだった。気だるい余韻や心地よい疲れが昨日のことが嘘ではなかったことを証明している。ここで一つの疑問が生じる。トモはどうやって自分の部屋に戻っているのか。ずっとスマホのビデオを回していたが、そこには何も映っていなかった。
トモの知らない実際の世界はこうだった。トモを部屋に運んでいたのはもう2人のトモだった。私はトモ2であったということだ。世界は3つの平行世界でそれぞれの私が存在している。世界のバグを発見したトモ2の行為は世界の法則を乱すため、トモ1とトモ3にはペナルティが課せられる。それを防ぐため、創造主であるトモ自身のもとへトモ1とトモ2は向かった。創造主はゲームのプレイヤーで、トモ1-3はプレイヤーの思想を反映する分身なため、創造主はゲームに介入できない。そのため、トモ2を戻す役割をトモ1とトモ3が担っていたのだ。昨日ネスミスが会ったのもトモ1であった。
創造主はこのバグを早く直さなくてはいけなかったが、過去の私は適当な修正をしていたため簡単には直らない。そこで創造主が考えたのは、既存のものを直すよりゼロから始めた方が早いということ。創造主はトモ2のデータを消してしまったのだった。
世界のバグを発見し、彼に会いに行ったことで不思議な展開に巻き込まれてしまう本作。ネット上では、「ラストでゾッとした」「なんだか恐ろしいなぁ…」「私たちも知らない間にバグってるかも」「すごいSFだ!」「めちゃくちゃ面白い」といった本作に魅了された声が多く寄せられた。
■「私という存在は想像以上に曖昧なのかもしれない」作者・ののもとむむむさんの語る創作の裏側
――『世界のバグを発見した女性の話』を創作したきっかけや理由があればお教えください。
この漫画を描いたのは確か去年の2月だったと思います。
この漫画の着想元となった作品が2つあります。1つはMOTHER2、もうひとつはロベルト・ボラーニョというチリの小説家の、『アメリカ大陸のナチ文学』という不思議な小説です。
MOTHER2はもちろん子供の頃やっていて親しみもあったのですが、偶然Youtubeで見つけたRTAの動画で階段バグという存在を知りました。 実はMOTHER2はステージが全て1枚の画像になっており、その構造を利用してあるエリアの階段で所定の動作を行うと、ステージ外の黒いスペースに入り、そこから自由自在に好きな場所に移動することができます。私が観た動画はそのバグを用いて通常では考えられないルートからゲームをクリアしていました。自分の普段見知っている世界の裏側を垣間見ているようで、とても面白かったです。
一方『アメリカ大陸のナチ文学』という小説は、極右的な思想を持った30人ほどの詩人、小説家の評伝の体裁を持った小説です。もちろん全て架空の人物なのですが、この小説は少しSFの要素も絡んでいます。何故なら、1996年に発表されたこの小説の中には2030年に亡くなった人物も紹介されているためです。2017年に亡くなった人物もいました。
この漫画にもモノローグが続く件があるのですが、あの辺の文体はボラーニョを意識して書いたものです。また、私2がチリの男性と逢瀬を重ねるというのも、彼がネオナチについての小説を書くというのも、ボラーニョの小説からインスパイアされたものです。
私はこうした不思議な体裁を持った小説を読みながら、同時に階段バグの動画も流し見していたのです。これらの2つの異物を掛け合わせて、かき混ぜてできたのがこの作品でした。大体3週間くらいで描いたと思います。
この作品をコミティアという、東京ビッグサイトで年4回行われているコミティアと呼ばれるイベントで、『エラ・ムンディアル』として頒布しました。ちなみにコミティアでは「ティアズマガジン」と呼ばれる、参加者のリストをまとめたカタログが毎回配られるのですが、『エラ・ムンディアル』を配った回は私がティアズマガジンの表紙を担当させていただいたこともあり、とりわけ印象に残った回でもあります。
このタイトルはスペイン語で「世界のバグ」という意味ですが、実はこれは誤りで、本当は「エラ」ではなく「エロール」、もしくは「エルォール」と読むのが正しいです。これは敢えてそうしました。何故なら「エロール」としてしまうと昨今のTwitterではセンシティブな言葉に過敏に反応してシャドウバンになってしまう可能性があったし、かといって「エルォール」にするとちょっと収まりが悪いし、異国感がありすぎるなと感じました。そのため「エラ」という英語の読み方に寄せて、個人的にいい塩梅のタイトルにしようと試みました。
この作品を頒布した直後は、そこまで話題になったイメージもありませんでした。よくて100人単位の人に読んでもらえればそれでいいと思っていたので、今回のようなことになってとても驚いています。
――『世界のバグを発見した女性の話』 の中で気に入っているシーンがありましたら、理由と共にお教えください。
1の私と3の私が会話していたり、2の私を運んで部屋に持って行ったりの問答です。
とても感覚的な言い方になってしまうのですが、1と3の私が話しているのを書いているにつれて、だんだんキャラクターに血肉が通っていくような感じがしたのが楽しかったです。漫画を描かれる方ならおそらく感じたことのある感覚かもしれませんが、そのキャラのことについて考えるのは、キャラクターに命を吹き込んでいるようなものなのだと思います。
でもだからと言ってキャラクターが私自身を投影した操り人形のようになるかというと、そういうわけでもなくって、自分が想像していたのとは全く別の方向に動いてゆくことすらあります。
何で自分自身が作り出したのに、紙の上のキャラクターなのに制御できないの?って思うかもしれませんが、私にもそんなに腑に落ちるような回答があるわけではありません。
無理矢理言うのならば、自由とは制約のなかで自分にとって有益かつ多彩な選択肢を持つ状態ですが、キャラクターは私という制約ルールの中で私の中で見過ごしていた、そのキャラクターにとっての有益な選択肢を都度選んでいる…と言う状態なのかもしれません。
キャラクターが意思を示すのではなく、キャラクターというある種客観的な視点から明示された選択肢を私が掬い取っている。これは不思議なことです。私由来なのに、私の選択肢のように思えない。「私」という存在は想像以上に曖昧なのかもしれないです。
――『世界のバグを発見した女性の話』には多くの反響が寄せられていますが、印象に残っているコメントがありましたら理由と共にお教えください。
最後に「作り直した方が早い」というセリフをがMOTHER2の開発現場にプログラマとして途中参加した岩田聡元任天堂社長の発言と解釈していらっしゃる方がおられましたが、これは偶然です。自分が前職でやっていた時に上司によく言われていたことです。上司がその言葉を知っていたのかもしれません。
あと、さまざまなSFの解釈を用いてこの漫画の考察を行っている方がいてすごく興味深く見ていました。当人は全くそんな深い意図はなかったので、むしろこちらの方が「なるほど〜」と感心してしまいました。
――ののもとむむむさんの作品は、生き方について改めて考えるきっかけになっています。メッセージを伝えるにあたって、作画の際に意識していることなどありましたらお教えください。
この漫画は前述の通り年4回行われているコミティアというイベントで頒布した本に収録された物なのですが、コミティアで発表する作品に関してはそれほど何かを伝えようと意図して描いたことはありません。提示された物が何か読んでくださった方々にフィットする何かがあったのだと思います。今回はたまたまMOTHER2と階段バグという慣れ親しんだものとそうでないモチーフが同居しているという面白さに興味を持って下さったのかなと感じています。
作画に関してですが、存分に黒く塗るということを心がけています。黒は二元的に言えば1であり、情報の塊です。逆に白い画面が0です。コミティアで私がよく行く場所には、そうした情報が氾濫しているような漫画がたくさんあって、ずっとそういうものを好んできました。ただ、黒く塗り過ぎてしまうとそれはそれで読み手の処理すべき情報量が多くなってしまい、漫画として重くなってしまう。なので最近はいい落とし所を模索しながら漫画を描いています。ボリュームもありつつ、さらっとした読み応え。
でもコミティアに出す漫画はその時のテンションで決めたりもするので、蓋を開けるとまた真っ黒な画面がたくさん出てくる、なんてこともあると思います。
――ののもとむむむさんの今後の展望や目標をお教えください。
今まで私はキャラクターを軸に漫画を描いたりするのが不得手でしたが、ここ最近はキャラクターを駆使して世界を広げてゆくやり方の面白さを感じられるようになったので、そうした方向性の漫画も描きつつ、『エラ・ムンディアル』のように世界を邪険に扱うタイプの漫画もその時のテンションで気軽にかけたらな〜って思います。
また、今回の『エラ・ムンディアル』はもう紙で手元に残っていなかったのですが、この漫画を公開してからありがたいことに紙媒体でも欲しいというご意見をいただき、自分の中でもこの漫画に関するアイデアも浮かんだので、来月行われるコミティアにて後日談もしくは前日譚を描き加えて完全版のような形で頒布しようかなと思っています。再販ということもありそんなに多くの数を刷らないと思うので、ご興味のある方は5月26日に東京ビッグサイトで行われるコミティアというイベントに足を運んでみてください。余裕があったらそれ以外にも新しい漫画を描いて、本にしようと思っています。
――最後に作品を楽しみにしている読者やファンの方へメッセージをお願いします。
今月20日に発売する『青騎士』という雑誌で新しい連載が始まります。
Twitterで定期的に更新している漫画に登場するネルネという夢魔を主人公にした、
『寝る寝るネルネ』というコメディ漫画です。
なんか魔女のお婆さんが知育菓子を混ぜながら出てきそうなタイトルですが、今のところ登場予定はありません。
このバグの漫画で注目いただいた方にとっては全然方向性が違うのでびっくりすると思いますが、画面などを見てもらえると、あ、階段バグの人の漫画だなあ、こういうのも描くんだなと感じてもらえると思いますので、よければお買い求めいただけると幸いです!
私の他にも青騎士には魅力的な作品がたくさんあるので、漫画好きの方もそうでない方もよろしければ読んでみてください。
(個人的に好きなのはBe-con先生の『お姉様と巨人』、熊倉隆敏先生の「つらねこ」、こかむも先生の『クロシオカレント』、幌琴似先生の『針と羊の船』、三浦晴海先生原作、三卜和貴先生作画の『屍介護』、江ノ内愛先生の『ギミーアグリー』・・・エトセトラ…。)
【漫画】この世界にもバグが生じているのかも…バグを見つけ遠い彼に会いに行った女の子に起きた不思議な展開に「ゾッとした」の声
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