長らくテレビを見ていなかったライター・城戸さんが、TVerで見た番組を独特な視点で語る連載です。今回は『上田晋也のいる族!いらない族!』(フジテレビ)をチョイス。

■スマホは必要すぎる『上田晋也のいる族!いらない族!』

”世の中に当たり前に存在するものに対して「いる?」「いらない?」を「立ち止まって考える」哲学バラエティー”、『上田晋也のいる族!いらない族!』。どうやらこれが初回放送であるらしく、テーマはスマホ。スマホいる族といらない族に別れ、討論を重ねていく。スマホを捨てて数ヶ月が経過した私にとっては、非常に興味深い番組であった。

とはいえ、私は”いらない族”である自覚もない。それどころか、断然”いる族”である。スマホの必要性についての議論になると、いらない側の主張はどうしても、たとえばアナログの温かみこそが素晴らしいというような、感情的なものになりがちだ。確かに、スマホ自体があまりに便利でインフラ化している以上、他に言えることもないのだ。ただ私は、こういった主張でスマホの不必要性を唱えるのは少々難しいと思う。というより賛同できない。スマホで便利に解決せずしっかり手順を踏むことが尊い、というのも、分からなくはないんだけれども、手軽に解決できるならそうしたい。手順をすっ飛ばしてすぐさま解決するのが、私にとっての尊さだ。スマホは、あらゆる手順を省略できる装置に他ならず、その結果、使用者の時間を増やしてくれるシロモノだ。アナログに手順を踏んだら30分かかることを1分でできてしまうスマホの偉大さは計り知れない。

問題は、時間をもたらしてくれるはずのスマホに、それ以上の時間を費やしてしまうことである。スマホが、30分の手続きを1分で終わらせてくれ、私に自由な29分をもたらしてくれたとしよう。その29分で私は何をするだろう。スマホを見るだろう。29分どころではなく、1時間、2時間、10時間は見るだろう。スマホがもたらしてくれたものがスマホに吸い込まれていく。時間というものが、ゲーム内通貨のように扱われてしまうのだ。

スマホの不必要性を見出すことは本当に難しい。あまりに便利すぎる。アナログの温かみを説いたところであの便利さには敵わない。うまく使えば、人生にはより時間があふれ、豊かな暮らしを送れるかもしれない。でも私は、一日に平均8時間もスマホを使ってしまった。休日も朝から晩まで家でスマホを見ていた。そういうときって本当に嫌な気分になるでしょう。だから2023年をもって、スマホには別れを告げることにした。スマホを持たなくなって数ヶ月ほど。今は一日8時間、パソコンを見ている。

■文/城戸