バイオリニスト、久保田巧が「バイオリンは歌う 続・オペラの愉しみ」と題したリサイタルを行う。ウェーバー「魔弾の射手」、チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」など自身の思い出に残るオペラでバイオリンを歌わせる。「作曲家の国も雰囲気も違いますが、どれもすごくすてきな曲です。楽しんでいただければ」と話す。

日本と正反対のモーツァルト

久保田は名匠、江藤俊哉らに師事。桐朋女子高校を経て、ウィーン国立音楽大学に留学。戦前から戦後にかけてウィーン・フィルのコンサートマスターを務めたヴォルフガング・シュナイダーハンに師事した。

「ウィーンに行くまでシュナイダーハン先生の名前しか知りませんでした。クラスレッスンが週2回です。リズム、ハーモニー、様式感など私が悩んでいたことはシュナイダーハン先生について解決したのです。ある意味日本とは正反対でした。モーツァルトは日本ではきれいにきちんと弾きますが、先生は大きな体でしっかり、テンションが高いままに弾きます。モーツァルトはかなり激しい感情を持っていたからです。私にはカルチャーショックでした」と話す。

ウィーン生活が長い久保田の日本とヨーロッパの文化の違い、クラシックのとらえ方などについての話が続く。

「ヨーロッパのクラシック音楽のとらえ方は立体で、日本は平面なのです。日本人は音楽を写真のコピーのように練習します。ですが、いくらコピーしてもそれはだれかのコピーになってしまいます。ヨーロッパと日本の文化の違い、言葉の作られ方が違うからでしょう。音楽は立体という認識があれば応用がいくらでもきくのです。立体だから前からだけでなく後ろからも横からもみることができるのです。先生には楽譜をよく読めといわれました。作曲家が何を書いて、何を書かなかったかが浮き上がってきます。年齢を重ねると以前よりよく見えるようになりました」

小澤征爾の思い出

1位をなかなか出さない1984年のミュンヘン国際コンクールにおいて18年ぶりの1位、日本人で初優勝した。内外のオーケストラと共演する一方、サイトウ・キネン・オーケストラや水戸室内管弦楽団で小澤征爾の指揮に接した。

「桐朋学園のオーケストラの練習で小澤さんが指揮をしに来ていました。レスピーギの『ローマの松』でした。ワッと振り下ろした瞬間音が違いました。一番若かった私は一番後ろに座っていました。小澤さんは注意をするときに一番後ろに向けて話すのです。だからしょっちゅう目が合っていました。みなでやろうという気持ちの表れだったと思います。温度が高い、エネルギーを感じる方でした」と思い出を話す。

歌うってどういうこと?

「バイオリンは歌う」は2021年から始めた。第1回が「ウィーン わが故郷の歌」と題してクライスラーやモーツァルトなどを取り上げた。2回目は「となりの国から」でベートーベンやドボルザークなど。今年は昨年の「オペラの愉しみ」の続編。

「よくレッスンで先生から『歌って』といわれます。歌うってどういうことなのか、どういうふうに弾けばいいのかと思うでしょう。歌詞はないけど裏には言葉があり、考え方は裏に流れています。大事そうに弾くのではなく大事に弾かなければいけません。その音がどういう役割を果たしているかを把握し、その音が主役なのか脇役なのかを楽譜から読み込むのです」

プログラムは「魔弾の射手」からアガーテのアリア「まどろみが近寄るように…静かに、清らかな」、「エフゲニー・オネーギン」から「手紙のアリア」、ドニゼッティの「ラ・ファボリータ」からなど。もともとバイオリンの曲ではないが、ボーカルスコアをそのまま演奏する。

「『手紙のアリア』はロシアの高名なバイオリニストが、この曲を知らずしてチャイコフスキーのバイオリン協奏曲は理解できないといった曲です。1971年に来日したイタリア歌劇団の『ラ・ファボリータ』を見てはまってしまいました。ものすごく思い出に残っています。声は出ているだけですごいのですが、バイオリンはどう聴いてもらうかが課題です。共演するピアニストは河原忠之さんです。声楽伴奏のスペシャリストで河原さんが弾いてくれるだけでオペラチックになります」と話した。

「続・オペラの愉しみ」は6月16日、トッパンホール(東京・文京)。詳細は、www.kajimotoeplus.com。

(江原和雄)