当時、中国人旅行者はツアーで日本を訪れ、SNSや友人の口コミを元に、限られた時間で特定のブランドを指名買いするスタイルが主流だった。「神薬」を求めて旅行者がドラッグストアに押し寄せるようになると、小林製薬はインバウンドを照準に据えた製品を強化していった。

気管支炎やせきの症状を改善するとうたう小林製薬の漢方薬「清肺湯ダスモック」は、販売時は日本の喫煙者をメインターゲットにしていたが、PM2.5など大気汚染対策として中国人がまとめ買いしているとわかると、インバウンド向けへの生産増強に動いた。

中国人にとっての神薬は、小林製薬にとって神風だった。

2016年3月期決算発表資料には、「12の神薬」の文言とともにインバウンド・中国市場戦略が初めて登場した。インバウンド需要はその後順調に拡大し、売れ筋も医薬品から日用品に広がっていった。

小林製薬 インバウンド 神薬 紅麹 12の神薬(写真:小林製薬の2016年3月期決算発表資料より引用)

小林製薬が中国の月収6000元(約12万円)以上の20〜39歳を対象に実施した調査では、小林製薬の名前を「よく知っている」「聞いたことがある」との回答が84%に達した。

2018年12月期は、インバウンド市場が「想定以上に好調」だったほか、2015年から強化していた中国市場での店頭、EC販売が前期比50%前後伸びた。

転売ヤー規制とコロナ禍で爆買い失速

爆買いの神風はその後、中国の規制と新型コロナウイルスの拡大によって消失した。

中国政府は2019年1月、免税で購入した商品を中国向けに転売する代理購入業者(転売ヤー)を取り締まるため、電子商務法(EC法)を施行。転売目的で商品を大量に購入していた個人バイヤーの減少で、小林製薬のインバウンド需要は縮小し、翌2020年以降のコロナ禍で蒸発した。

だが、小林製薬はインバウンド客のリピート買いを照準に、2010年代後半から中国の実店舗やECでの販売強化を続けており、取り組みの成果が徐々に現れ始めた。

2022年からは、中国でアンメルツヨコヨコを本格的に販売し始めた。コロナ禍で熱さまシートがヒットしたことなどもあり、2023年12月期は海外市場売上高422億円の25%に相当する105億円が中国市場によるものだった。

ちなみに2023年12月期の決算で、日本市場の中国からのインバウンド需要は低調なままだったが、香港は中国からのインバウンド需要が急拡大し、売上高が28.5%増(為替要因除く)と大きく伸びた。